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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第1章 柳瀬優の殺人
23/79

病名とめろんぱん その23


「・・・・()(ばた)さんは、どう思う?」

「はい?」


 場所は『海沿(かいえん)保育園』のホール。時間帯は夕方。

 透明人間との命を賭けた戦いを終え、一息ついた頃だった。(おき)さんと()()ちゃんが彼女の手当てを行い、その間、僕と炉端さんはホールで雑談を繰り広げていた。

 沖さんと炉端さんの協力でなんとか生き延びたとはいえ、思い返してみると、本当に無茶な戦いだった。

 消える人間と(あい)(たい)するだなんて。

 もう、二度とやりたくない。


「あの子が言っていたことだよ。えーっと・・・」


 と、ここで初めて、僕は彼女の名前すら知らないことに気付いた。

 名前も知らない人間に、命を狙われることになるとは。

 世の中、どこで誰の恨みを買ってしまうか、分かったもんじゃない。


「『正しさ』が何か・・・みたいな話ですか?」

「うん。それ」


 正しさって、なんですか?

 彼女の質問だ。

 僕が答えることが出来ず、そして、おそらく一生、答えることの出来ない質問だ。・・・・・いや、正確には、最低限の答えは返したのだけれど。

 「知らない」と。

 正直に返答をしたんだけれど。

 僕と一緒に彼女の質問を聞いていた炉端さんは、一体、どんな感想を持ったのだろう?


「あの子と年の近そうな炉端さんなら、あの子があんなにも『正しさ』に執着していた気持ちが、分かるんじゃないかと思ってさ」

「年が近そうって・・・・・(やな)()さんだって、そんなに年は離れていないでしょう?せいぜい、5、6歳の差じゃないんですか?」

「5、6年も違ったら、全然違うさ」


 僕はすでに、高校生のときの記憶なんてほとんど残っていない。楽しい思い出も、辛い思い出も、とっくの昔に忘却の彼方(かなた)だ。

 僕に、高校生だった頃なんてあったっけ?

 それくらいの感覚だ。

 それに僕には、彼女の気持ちがまるっきり分からない。

 『正しさ』だかなんだかのために、罪を犯し、人を殺す。それに何の意味があるのか、僕にはさっぱり分からないのだ。

 どうかしている、狂っている、とさえ思ってしまう。

 若さ故の過ちとは、ああいうことを言うんだろうか?


「私にだって、彼女の気持ちは分かりませんよ。『正しさ』が何かなんて、私も考えたことがありませんし」

「・・・まあ、そうだよね」

「でも、彼女にとっては、それが自分の全てだったんじゃないですか?『正しさ』を追い求めることが、彼女にとって、唯一無二の青春だったのかもしれません」

「青春、ね・・・・」


 だとすれば、随分と無駄な青春を過ごしたものである。そんな答えのないものを追い求めることよりも、もっと有意義なことがたくさんあっただろうに。


「そういう青春は、炉端さんにはなかったのかい?」

「なかったですねー。私の青春は・・・・もっと、なんていうか・・・・無気力な感じでした」

「無気力?」

「無気力で、無意味。そんな感じです」

「・・・ふーん」


 炉端さんは炉端さんで、複雑な青春を送ってきたようだ。

 ・・・そういえば炉端さんは、少し前まで、「死にたがっていた」んだっけ?

 前に、(しん)(じょう)さんがそんなようなことを教えてくれた気がする。

 今、聞くべきこと・・・・・ではないんだろうけど、気になることではある。一体、どんな経験をすれば、「死にたい」だなんて思えるのだろう?

 それも、僕には分からない感覚だ。


「第一、柳瀬さん。彼女の気持ちが知りたいだなんて、本当に思っていますか?」

「いや、全然」

「・・・・・やっぱりですか」


 「そうでしょうね」とばかりに、炉端さんは苦笑いを浮かべる。

 別に、彼女の気持ちを理解してあげようとか、彼女の思いをきちんと知ろうとか、そんな殊勝なことを考えているわけではないのだ。

 ただ単純に、彼女のことを少しは分かっていないとマズいと、そう感じたのだ。僕の身が危ないと、そう思った。

 『正しさ』を求めた末に、彼女は僕に襲いかかってきた。「知らない」と言われたのがよほど悔しかったのか、あまりにも僕に失望したのか・・・・・本当のところは、本人に聞いてみないと分からないが。

 だが、彼女が僕を殺そうとしたのは、紛れもない事実なのである。その上、彼女はまだ、この『海沿保育園』の屋根の下にいるのだ。沖さんがいる限り、彼女をここから追い出すような真似はしないだろう。

 ならば、警戒を怠るわけにはいかない。

 彼女のパーソナリティを、少しだけでも知っておかなければ。

 今度こそ、殺されかけない。


「まあ、私にも、彼女の質問に答えることは出来ませんけど・・・・・それでも、あんな言い方をされれば、やっぱり、怒るのは当然だと思います」

「・・・・・やっぱり?そうかな?」

「はい。折角ここまで来たというのに、『知らない』なんて(いっ)(しゅう)されたら、そりゃ怒っちゃいますよ」

「うーん・・・・そういうものかな?」

「そういうもの・・・・・なんだと思います」


 やはり、あの受け答えはマズかったのか。

 失敗。失敗。

 またしてもああいう展開になったときは、もう少し真剣に話を聞く・・・・・フリをしよう。それで寿命が延びるというなら、儲けものだ。


「・・・・なんか柳瀬さんって、少しだけ似てますよね」


 苦笑いを引っ込め、少し真面目な顔になりながら、炉端さんは言った。


「うん?似てるって、何に?」

「あの・・・・・怒らないでくださいね。先に謝っておきます」


 ペコリと頭を下げる、炉端さん。

 なんだ?

 一体、何を言うつもりなんだ?


「・・・・・()()(おり)さんに」


 少しトーンを落として、彼女は言った。


「氷田織さんに少しだけ似てるなって・・・・そう、思ったんです」


 ピクリと自分の眉毛が動くのが、僕には分かった。


「それは・・・・・それはどうかな。炉端さん」


 僕も、少し声を低くして言う。


「気のせい・・・・・じゃ、ないかな?」

「ええ。多分、気のせいなんだと思います」


 言いながら、炉端さんは肩を(すく)める。


「忘れてください」

「うん・・・。そうするよ」


 いくら、僕が不誠実であろうと。

 他人の気持ちを理解できない奴であろうと。

 自分のことしか考えていない奴であろうと。

 氷田織さんに似ている、なんてことはない。

 決して。

 


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