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病名(びょうめい)とめろんぱん  作者: 雛まじん
第1章 柳瀬優の殺人
19/79

病名とめろんぱん その19


 『白縫(しらぬい)病院』での生活に、それほど不自由はなかった。

 思いがけず、故郷である日本に帰って来てしまったけれど、発展途上の国で何かを奪いながら過ごす日々は、終わりを迎えた。あの国での生活に比べれば、『白縫病院』は天国のような所だった。

 食べるものがある。

 生活に必要なものが揃っている。

 もう、奪わなくていい。殺さなくていい。

 そう思うと、蓮鳥(はすどり)の心は、ほんの少しだけ軽くなった。

 少し大きくなってくると、蓮鳥は「正しさ」というものに疑問を持つようになった。あの国にいた頃は、みんなが私のことを悪人と言っていたけれど、本当にそうだったのだろうか?

 みんなが正義で、私が悪だったのだろうか?必死になって生きることは、悪いことだったのだろうか?

 蓮鳥は、周りの大人たちに聞くことにした。医者に、看護師に、ときには正常な患者に、質問することにしたのだ。


「正しいって、何?」


 大人たちは言った。


 「うーん・・・どういうことなんだろうねぇ?」と、苦笑を浮かべた。

 「そんなことを考えてるなんて、(はと)()ちゃんは賢いわねえ」と、話題を逸らした。

 「きっと、大人になったら分かるよ」と、はぐらかした。


(なんだ)


 と、蓮鳥は肩を落とした。


(みんな、知らないんだ)


 あの白い人なら、知っているのだろうか?私を助けてくれた、あの白いヒーローなら、「正しさ」が何かを知っているのだろうか・・・?

 ある日、噂を聞いた。『白縫病院』の職員たちが噂しているのを、聞いてしまった。

 (やな)()(ゆう)、という男の噂だった。


「暴走するエレベーターや、燃え盛るマンションの中で、人命救助を行った。」

「暗殺者に命を狙われながらも生き残った。しかも情けから、その暗殺者を生かした。」

「子どもを助けるために、命を賭けて戦った。」

「暴力的な父親の手によって誘拐されそうになった子どもを、助け出した。」


 今思えば、偏った噂だったのだろう。尾ひれ背びれのついた、根も葉もない噂だったのだろう。

 しかし、蓮鳥は信じた。

 この人だ、と彼女は思った。


(この人ならきっと、「正しさ」を教えてくれるはず・・・) 


 正義を体現するような、そんな行動をとる人ならば、「正しさ」が何なのかを知っているはずだ。


(その人に会いたい。柳瀬優さんに会いたい・・・)


 蓮鳥は、お世話になった『白縫病院』を抜け出した。自分に食べ物と居場所をくれた人たちと別れるのは、惜しい気がしたけれど。

 それを差し引いてでも、柳瀬優と会いたかった。会って、「正しさ」を知りたかった。

 それを知ることが出来たならば死んでもいいとまで、彼女は思い詰めていた。

 「柳瀬優」の名前を名乗り、マンションに火を放ち、少女を誘拐し、柳瀬の気を引こうとした。

 派手な事件ではない。死人が出るような、大事件ではない。だが、それで充分だと思った。柳瀬に関係ある事件を起こせば、彼が目の前に現れると思っていたのだ。

 しかし・・・彼は現れなかった。


(もっと大きな事件を起こせば・・・もっと、「正しくないこと」をしなきゃ。あの国での生活を思い出して、「間違ったこと」をすれば・・・)


 彼の関係者を殺すことが出来れば、あるいは。

 殺した。

 生きるためではなく、ただただ自分の私利私欲のために、人を殺した。・・・・欲を満たすために。

 柳瀬優に会うためという、ただそれだけのために、『シンデレラ教会』のリーダーである、機桐(はたぎり)()()を殺した。

 『シンデレラ教会』への侵入も、機桐孜々の殺害も、難しいことではなかった。盗人時代の知識と経験があれば、容易(たやす)いことだった。

 殺して、満足した。

 殺して、納得した。

 自分はやっぱり「悪」なのかもしれないと、そう思った。

 「正しく生きること」。

 それは自分にとって、人を殺すよりもよっぽど難しいと感じた。

 そうして・・・・・ようやく、彼に会えた。

 ようやく、会えたというのに・・・・・。


(結局・・・)


 蓮鳥は死んだ目で、柳瀬を見つめる。


(結局、この人も駄目だった・・・・・)


 柳瀬は、蓮鳥の期待には応えなかった。

 いや、それどころの話ではない。

 彼ははっきり、「知らない」と言ったのだ。誤魔化すでもはぐらかすでもなく、はっきりと「正しさ」を否定した。

 蓮鳥を失望させるくらい、はっきりと。


(誰も・・・誰も「正しさ」なんて知らない)


 ならば、なぜ私は否定されなければならなかったんだろう?

 盗んだくらいで、殺したくらいで・・・・・生きようと必死になったくらいで。

 なんで、「お前は正しくない」と、後ろ指を指されなければならなかったんだろう?


(もういいや。・・・・もう、悩むのはやめた)


 「正しさ」を教えてくれる人なんて、どこにもいない。

 私が探していた「正しさ」の答えなんて、どこにもない。

 正しさを知らない奴なんて、死んでしまえばいい。間違えている奴なんて、生きていちゃいけない。

 まず、目の前の男を殺そう。

 「正しいこと」が何なのかも知らずに「正しさ」を装う、目の前の男を殺そう。

 ゆっくりと歩を進める。焦る必要はない。彼に、私の姿は見えない。

 先ほど数歩進んだ時点で、蓮鳥は『海沿(かいえん)保育園』の建物の影に入っていた。つまり、『(とり)()(やまい)』はすでに機能している。

 機桐孜々と同じだ。わけも分からず、理解も出来ないままに、柳瀬優は死ぬ。


「・・・・・すまなかったよ」

 

 蓮鳥が柳瀬の目の前まで進んだとき、彼は呟いた。視線は、相変わらず定まっていない。蓮鳥を見つけようと、キョロキョロと辺りを見回していた。


「君の期待に応えられず、本当に申し訳なかった。『正しさ』を教えてあげられなくて、すまなかった」


 柳瀬は(うな)()れた。


(・・・・・なんだ?謝罪のつもり?)


 蓮鳥は不信そうに、柳瀬を見つめた。


「『正しさ』を、もっときちんと考えながら生きるべきだった。そうすれば、君を傷つけることもなかった・・・」


 項垂れたまま、彼は言う。


「けれど・・・頼む。お願いだ。僕を、助けてはくれないかな?」


 殺さないでほしい。

 どうか、命だけは助けてほしい。


「お願いだ・・・僕は、死ぬのだけは嫌なんだ」


 死にたくない。死ぬのだけは、怖い。

 そう懇願する柳瀬の姿は。

 蓮鳥には、身に覚えがあった。

 


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