騒音 and So on
第117回フリーワンライ
お題:
黙らせる
ほんの数cm
「もう、疲れた」をギャグで
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
譜面を広げ、ギターを調律し、オーディオにヘッドホンのプラグを差し込む。
彼は義居田一至、職業ロックミュージシャン――志望の男。今はこんな四畳半の安普請に甘んじているが、いつかメジャーデビューして万年床から高級マンション住まいへの華麗なる転身を企てている。
とはいえまだまだインディーズの身分。ミュージシャンの命たるエレキギターとオーディオこそ身銭を切って高い物を揃えようとしたが、そこで力尽きた。もとい底を突いた。耳が隠れきらないヘッドホンは安物だ。
(いや、どんなミュージシャンも最初の一歩は貧しかったんだ)
ここからのし上がれば良いのだ。ハングリーこそ挑戦者の特権。
義居田は気を取り直して、録音音源に合わせてギターの練習を始めた。
――すると。
(……今日もか)
壁を隔てた隣から、渾身の一曲を打ち砕く不協和音が響いてくる。ほんの数センチとはいえ、壁を隔てているため、元々の音は歪んでわからない。
いつもそうだ。彼が練習を始めるタイミングで、隣人が邪魔をしてくる。
(確か乙成とかいう男だったか。人の良さそうな顔して、近所迷惑なことしやがる)
あまりにもしつこいため、騒音被害を訴えてやろうかと思った。話し合いをする気は最初からなかった。“ロックな男”がご近所と円滑な付き合いなどしていいはずがない。イメージ的に。
だが、ふらりと立ち寄ったホームセンターで面白いものを見付けた。
(早速使ってやる)
それは手のひら大の平たい円錐形スピーカーか、あるいは漏斗のような形状をしていた。使い方は壁に貼り付けるだけ。
トライモン社の便利グッズ、その名も『騒音許しま栓』。
音というものは平たく言えば空間や物体の振動現象だ。『騒音許しま栓』は壁に設置すると、そこに伝わってくる振動を検知し、吸収して打ち消してくれるのだ。
しかも拡張機能として吸収した騒音をそっくり送り返すことも出来る。
(思い知れ騒音野郎)
義居田は『騒音許しま栓』の目盛りを「0」から「2」に設定した。つまり吸収した音を倍にして返す。
これで乙成も騒音に懲りただろう。話し合いより、こうやって豪快に黙らせて解決した方がロックだ。
ここ最近悩まされた騒音も消え、仕返しも完了し、義居田はすこぶる気分良く練習を再開しようとした。
……ところが。
ギイイイン
「な――!」
『騒音許しま栓』の吸収設定値を越えて、再び騒音が義居田と彼の部屋を襲う。
隣人の常識のなさを疑った。騒音に懲りるならまだしも、さらに大きく鳴らしてくるとは。
(ふざけやがって!)
義居田は『騒音許しま栓』の目盛りを一つ上げた。途端に四畳半を騒がせる怪音が消えてなくなる。
一息ついてヘッドホンの位置を直した時、
ジャイイイイイン!
さらなる爆音。
向こうも折れなかった。
「この野郎!」
義居田は『騒音許しま栓』の目盛りを最大に回した。フッ、と爆音がかき消えた。ようやく静寂が訪れる。
(まったく、とんでもねえ野郎だったな)
迷惑甚だしい話だった。騒音に逆ギレしてやり返してくるとは。
しかしまあ、この名曲が完成して、メジャーデビューを果たした後、インタビューを飾るエピソードの一つとして語るネタにはなるだろう。
義居田がギターに指をかけたその時、インターホンが連打された。
煩わしいが、灯りを付けている以上居留守を使うわけにもいかず、義居田は万年床を立ち上がった。
扉を開ける。呼び鈴を鳴らしたのは、誰あろう隣人の乙成だった。『騒音許しま栓』最大出力が開いた扉から微妙に聞こえてくる。
「いい加減にしろ、何時だと思ってる!」
乙成が掴みかからん勢いで捲し立ててきた。
勿論『騒音許しま栓』のことだろう。
「うるせえ! 最初に騒音しかけてきたのはそっちの方だろう! お前こそ練習の邪魔すんな! 何度も何度も嫌がらせしてきやがって、もう疲れたわ」
乙成は一瞬ぽかんとした後、本当に義居田に迫った。ただ、掴みかかることはせずに、部屋の中の何かに指を向け、さらに義居田に何かを突き付けた。
乙成が突き付けたのは『騒音許しま栓』だった。
「お前から始めたんだよ!」
そして隣人の指さしたのは、薄い壁に隣接し、開放型ヘッドホンに繋がったオーディオシステム――と、アンプに繋がっていないエレキギターだった。
『騒音 and So on』了
吸収はともかく、振動を打ち消す機能でなら『騒音許しま栓』出来そうよね。
あ、タイトルはダジャレです。