第十七話 統合基地奪還戦 その5
ガーゲルン統合基地奪還戦の間、ルフト司令官とフリーデリヒ副司令官が何をしていたのかと言えば、実のところ何もしていなかった。
最初の方陣を組んだ防衛戦の時こそ、中央で指揮を取っていたが、その後、追撃戦に至るに当たってこの2人は集落の南側に残っていたからだ。
彼らがしていたのは主に全体の進捗状況の確認と、万が一に備えた準備であった。
大まかな状況は上空のシャトルが送ってくる動画で確認できるし、その動画にはレギンレイヴによって進捗状況が重なるように表示されている。
誰かのバイタルに異常が生じれば表示されるようになっているが、今のところその徴候は無し。
幽霊部隊は全員無事だ。
午後に入り、ガーゲルン統合基地奪還戦はおおよそ予定の範疇で行程を消化していた。
第六小隊の遅れこそあるものの、このまま行けば日が沈む前に全工程を消化し終えることだろう。
その第六小隊も遅れを取り戻しつつある。
全ては順調であった。
順調ではあるのだが、フリーデリヒの心には靄のようなものがかかっていた。
それは遅れを取っていた第六小隊の様子を彼らのカメラを通じて見ていたことによるものだ。
見ていただけではない、彼らの会話も、独り言もフリーデリヒは拾っていた。
オーガの赤子を救おうとした第六小隊の士官――。
(デボラ少尉です)
デボラ少尉の判断は、士官としては間違っていただろうが、人としては正しかった。
少なくともフリーデリヒはそう思う。
フリーデリヒが指揮官としてあの場にいて、彼女のように判断できたかは分からない。
おそらくルフト司令官に判断を仰いだのではないだろうかと思う。
射殺を命じられると知りながら、だ。
それを考えると、彼女の行いを人として許す誰かがいてもいいはずだと思う。しかしそれは副司令官であるフリーデリヒの役割ではなかった。彼女には副司令官としてこの任務を滞り無く進める義務と責任がある。
だからもしデボラ少尉が一縷の望みを託して、ルフト司令官ではなく、フリーデリヒ副司令官に判断を仰いだとしても答えは同じだっただろう。
いっそそうしてくれていたら彼女の苦しみは少しは和らいだのだろうか? と、フリーデリヒは思う。
「ルフト司令官、第六小隊の先ほどの件ですが」
「専用チャンネルのときくらい普段通りで構いませんよ。フリーデリヒさん」
ルフト司令官がいつも通りの様子であることにフリーデリヒは少し苛立った。
「そういう問題ではありません。第六小隊の様子、見ていたんでしょう?」
「不自然に遅れていましたからね。様子を見るのは当然でしょう?」
「なら、もう少し言い方があったのではないですか? あんなまるで責めるような言い方をしなくとも」
「第六小隊は遅れていました。遅れを取り戻してもらわなくてはならなかった。他にどんな言いようがありました? 作戦を指揮している以上、すべての責任は俺にあります。彼らが赤ん坊を殺そうと、その責任は俺にある。彼女らだってそのことは分かっているはずです。実際、他の小隊はそうしています」
ルフト司令官の言う通りだ。
実際、他の小隊でも似たような事態には陥っていた。オーガとは言え赤ん坊を殺すなど簡単なことではない。
しかし大抵の士官はそう言った状況に陥ると、ルフト司令官に指示を仰いだ。
そして一度の例外もなく、ルフト司令官は射殺を命じ、兵士たちはそれを実行した。
「そのことを伝えてあげればよかったんです。もう一度、再確認させてあげればよかった。それで彼女はずっと楽になれたはずなんです」
「いえ、自分で思い出してもらわないと困ります。それに彼女らは今後もっと大きな部隊の指揮も取ることになります。俺やフリーデリヒさんが不在の状況も考えられる。自分の判断で事を進めた。その点で俺は、私はデボラ少尉を評価していますよ」
「でも彼女には心の癒やしが必要です。赤ん坊を殺す命令を下したんですよ」
「基地内に教会でも設営しますか? 神父を手配しましょう。お父上ならどうにかしてくれるでしょう」
「……そうね、それも考えておいてください」
懺悔がデボラ少尉の心の救いになるのなら、それもひとつの手段ではあるだろう。
(各施設の管理者はカウンセラーとしても機能します。デボラ少尉が心の問題を持つのであれば、相談してみるように勧めてみてはどうですか)
ドレスの中でフリーデリヒは口元だけで少し笑った。
そういう問題では無いのだ。
それにしても古代の人々は神を持たなかったのだろうか? だとすればどんなに強い人々だったのだろうかと思う。現代の人々は神の許しがなければ生きていけない。そういうものなのに。
(神を信じる人々もいました。ですがそうでない人々のほうが多数派でした)
そしてレギンレイヴもそうでない側だということだろうか。
(人工知能に神はいません。創造主という意味ならそれは人です)
まさしく人工知能というわけだ。フリーデリヒは尋ねた相手が間違っていたことに今更ながらに気付いた。
とにかくこの問題は後回しにしよう。レギンレイヴにTODOリストの更新を命じて、フリーデリヒは当面の作戦に向き直った。
午後4時前、日がかなり傾いてきた頃になってついに作戦の進捗は100%に達した。遅れを取っていた第六小隊も途中で第二、第四小隊を追い抜き、全体では六番目に作戦を終了させた。
今も燃え盛るオーガの集落はすべて燃え落ちるのを待つしか無い。そこでルフト司令官は一度観測基地に帰還することを選択した。
「諸君、我々の勝利だ。ガーゲルン統合基地は我々の家になった」
ルフト司令官の言葉に兵士たちが歓声を上げた。ドレスが自動的に音量を下げてくれなければ耳鳴りがしたことだろう。
「だが引越し作業はまだまだ残っているぞ。今日のところは観測基地に帰還する」
第1シャトルがまずルフト司令官とフリーデリヒ副司令官を拾うために集落の南側に着陸する。ハッチが開き、2人はシャトルに乗り込んだ。それから集落の北側に移動し、第1シャトルはすでに着陸していた第2シャトルの隣に着陸し、兵士たちを収容し始めた。
先に兵士を収容し終えた第2シャトルが先に、それから遅れて第1シャトルが離陸した。それまで上空を旋回し、制空権を確保し続けていた77式8機がそれぞれのシャトルの護衛につく。
こうして幽霊部隊は観測基地への帰路についた。
その下ではオーガの集落が燃え盛り続けていた。




