第七話 その見返りに
4/11 カールをエルマーに変更。
ルフト司令官によって不本意なグループ分けを強いられたマルコ達だったが、部屋に入るなりその不満は吹き飛んだ。部屋は決して広いとは言い難かったが、8人を収容するには充分なスペースがあり、それぞれのための机と椅子まである。
問題は約束されていた柔らかい寝床が見当たらないことだったが、それもすぐに解決した。部屋のあちこちを興味深げにいじくり回していた畑仕事のユリアンが、壁に収納されていた寝台を開くことに成功したからだ。
それは壁から机の上に向かって倒れ、そこで固定された。壁を見る限り、それが上下に2段、壁の両側に4つずつ、計8つある。壁に据え付けられていたハシゴの存在理由も分かった。上段の寝台に上がるためのものだ。
さっそく8名の間で寝台の割り当てが相談され、マルコは入り口側の右上段の寝台を使うことに決まった。その後はルフト司令官から命じられていたリーダーの選出が相談されたが、これは難航した。当然のように誰もやりたがらなかったからだ。
しかし庭師のエルマーがこんなことを言い出して話は一気に傾いた。
「俺はマルコがいいと思う。司令官と一番話をしていたし、適任だ」
他の奴隷たちからも同意の声が上がり、結局マルコは拒否しきれずにこの部屋のリーダーとなることが決まった。もとよりこの部屋で唯一の犯罪奴隷であるマルコに厄介事を押し付けようと言う思惑があったように思えたが、それは言っても仕方のない事だ。
「逆に聞くが、犯罪奴隷の俺がリーダーでいいんだな? おそらく今後俺の言うことに従ってもらうことになるぞ」
7名は押し黙り、お互いに目配せをした後、頷いた。
とりあえずは目の前の厄介事から逃げ出したい、と、そんなところであろう。
とにかく決まったことは仕方ない。
マルコはルフト司令官から命令されていた通りに、施設の説明を受けるために食堂に戻ることにした。
食堂につくとフリーデリヒ副司令官と6名の奴隷がいた。他の11の部屋ではまだリーダーが決まっていないか、こちらに向かっている途中なのであろう。
とりあえずマルコはよく見知った顔である――とは言っても全員がよく見知った顔ではある――犯罪奴隷のゲルトに小さく声をかけて横に座った。
「あんたもリーダーか。貧乏くじだな」
「いや、私は志願した。他の誰もやりたがらなかったのでな」
「そりゃまたなんで?」
「少しでも状況を把握しておきたいからだ。お前は不安じゃないのか? このような訳の分からない状況におかれて」
「さあな、とりあえず飯はとんでもなく美味かったし、寝床も柔らかかった。あのお子様司令官は嘘はついちゃいないぜ」
「だからこそだ。与えられるものが大きければ大きいほど、それに対する見返りも大きく求められるだろう。私は不安でならない」
「あんまり考えてても仕方ないぜ」
自分よりも遥かに年上のゲルトの肩をマルコは軽く叩いた。
そんな会話をしながらしばらく待つと、ぽつぽつと新たなリーダーたちが食堂に顔を見せ、やがて17名になると、最後の1人を引き連れてルフト司令官が現れた。
「よろしい。揃っているな。フリーデリヒ副司令官、ご苦労だった。いつもの職務に戻ってくれ」
「了解しました」
フリーデリヒ副司令官は片手を額に当てる敬礼をして部屋を退出する。それを見送ったルフト司令官は、18名のリーダーたちに向き直った。
「では付いて来い。必要最低限の施設の説明をする。今回説明する施設以外には立ち入らないように伝えておくように」
そう言ってルフト司令官が真っ先に向かったのは使われていない居住室だった。そこで寝台の開き方や、灯りの付け方消し方などパネルの操作の説明がある。続いてトイレ、シャワールーム、レクリエーションルームとリーダーたちに多大なカルチャーショックを与える説明が続く。
マルコはなんとなく気が付き始めていたことが、確信に変わるのを感じていた。
「ルフト司令官、ここはもしかして遺跡なのですか?」
「その通りだ。ここは遺跡を再び使えるようにした施設だ」
「ということは、ひょっとして古代人?」
「その推測は外れている。私はごく普通の現代人だ」
ルフト司令官はつまらなさそうにマルコの疑問を切って捨てた。マルコもほっとひと安心する。少なくとも古代人より現代人のほうが付き合いやすいだろう。もっともそれでルフト司令官が付き合いやすくなるのかというとそういうわけでもなかったが。
「一通り君らが必要とする施設はこの程度だろう」
「重要なことをまだ教えてもらってません」
そんなことを言い出したのはリーダーの1人のハンスだった。
「なんだ?」
「配給酒についてです」
「ああ、なるほど。それは盲点だった。ちょうどいい。食堂に戻るとするか」
ルフト司令官に付いて一行は食堂へと舞い戻った。ルフト司令官は食料棚のひとつを開けて、中から取り出した一本の円筒状の金属をハンスに渡した。
「麦酒だ。1日1人一本。休憩時間なら好きな時に飲んでいい。そのツマミに指を引っ掛けて引っ張るんだ」
ハンスが言われるままにすると、プシュっと音を立てて金属に穴が開いた。
「今飲んでいいぞ。気付かせてくれた分だ」
ハンスは恐る恐ると言った様子で金属の円筒に口を当てて傾けた。そしてカッと目を見開いた。
「こいつは美味え!」
そう言うと、ごくごくと喉を鳴らして一気に金属を傾けきり、中身をすべて胃の中に収めた。
「1日一本ってのが物足りませんが、この美味さなら文句は出んでしょう」
「それは良かった。では最後にこれから君らにやってもらうことを伝えよう。その前に最後に紹介したい人物がいる。ちょっと特殊な姿をしているから驚かないように。まあ驚いてもいいが逃げ出すな」
そう言ってルフト司令官は、何やら聞き覚えの無い言葉で一言二言喋った。すると食堂の壁の一面に突如として壮年の男性の姿が現れる。それは人と言うにはあまりにも巨大で、上半身しかなく、しかも半透明に向こう側が透けて見えていた。
奴隷たちは息を呑んで、中にはその場にへたり込むものもいた。
ルフト司令官が再び何かを分からない言語で言い、壮年の男性はそれに何かを答えると、彼の姿は見る間に小さくなり、普通の人ほどの大きさになった。それでも上半身だけで半透明なことに変わりはなかったが。
「彼はこの基地の管理者だ。これから君らは全員、彼から古代語の指導を受けることになる。残念なことに彼は王国語を覚えられない。彼のファーストコンタクトプログラムに従って言語を学習してもらうことになる」
「俺らが学習?」
「勉強なんてしたことねぇ」
「だがするんだ。当面はそれが君らの仕事だ」
奴隷たちの間からは不安の声が次々と上がったが、ルフト司令官はぴしゃりとその声を封じ込めた。
「それでは戻って各部屋の人員に以上のことを通達するように。言語の指導は明日からだ。詳しいことは明日の朝食時に追って伝える。今日は以上だ。解散」
こうして奴隷たちは古代語を学ぶことになった。




