第十五話 王国東方エーテル海上戦
幽霊艦隊が無人島を出発しておよそ1か月後、戦いは静かに始まった。
王国の認識番号が掲げられた浮標の陰に潜んでいた幽霊艦隊だったが、流石に7隻の艦隊が隠れきれることもなく、護送艦隊は浮標を前に大きく南へ転進した。
当然ながらそれを放置するわけにもいかず、幽霊艦隊は浮標の陰から飛び出して、護送艦隊の針路を塞ぐべく南へと突き進んだ。
お互いの距離は望遠鏡を使ってなんとか見えるくらいだろう。
高空から状況を見下ろしている俺には両者の動きが手に取るように分かる。
護送艦隊は南西へと針路を変えた。
王国方面に戻る針路だが、得体の知れない艦隊を前に一度距離を取ろうとしたのかもしれない。
だが幽霊艦隊は離された分だけ距離を詰める。
両者の速度は、お互いに足の遅い戦列艦や砲艦を艦隊に組み込んでいることから似たようなものだ。
いや、幽霊艦隊の動きから砲艦2隻がやや遅れつつある。
コンラート艦長は隊列を維持することより、護送艦隊との距離を詰めることを優先したようだ。
彼我の距離は徐々に縮まりつつある。
今や護送艦隊は完全に西に向けて進んでいる。
幽霊艦隊がその後を追いかけている形だ。
しばらくその形での追いかけっこが続いた。
今や砲艦2隻は幽霊艦隊から大きく引き離されている。
と、不意に護送艦隊が北に向けて針路を変え始めた。
大きく弧を描く航路に合わせて、幽霊艦隊も北へと針路を変えていく。
北へと完全に針路を変えた護送艦隊はそのまま北東へと回頭する。
一方で幽霊艦隊は針路を北に維持したままだ。
徐々に縮まっていた両者の距離が一気に縮まっていく。
数キロはあった距離が、今は1キロを切った。
幽霊艦隊が針路をわずかに東に切る。
両者の針路は幽霊艦隊がやや先行する形で交わろうとしている。
だが偏西風の吹くこの辺りで、風上を取っているのは護送艦隊だ。
彼我の距離が数百メートルになったところで、護送艦隊が針路を再び北に変える。
幽霊艦隊の先行分の距離は一瞬で消えて、両者はほぼ並ぶ形になった。
いや、距離を詰めようとやや西に向いている幽霊艦隊のほうが遅れていく。
そして相対距離が100メートルを切った辺りで、幽霊艦隊の先頭を行くフリゲートが砲声を上げた。炎と火薬の煙がわっと吹き上がり、護送艦隊の後ろから2番目にいたフリゲートに砲弾が降り注ぐ。
次の瞬間には幕を切ったように砲撃戦が始まった。
隊列を組んだ護送艦隊が一斉に火を吹いて、最初の砲撃を放った幽霊艦隊先頭のフリゲートへと砲弾が集中する。無数の砲弾を浴びたフリゲートから、ばらばらと木片や大砲、そして人が落下していく。
そのフリゲートが第二射を発射するより早く、護送艦隊の第二射が再びそのフリゲートを襲った。集中砲火に耐え切れなくなったフリゲートの側面火砲甲板が床から崩れ落ちて落下し、バランスを保てなくなったフリゲートは大きく右へと傾いた。
傾きは大砲を固定した楔を超えるほどのものだったのか、フリゲート右舷の船腹を突き破って大砲がばらばらと落ちていく。
それでも傾斜を復元するには至らず、右側に向けて傾いたままのフリゲートはよろよろと戦列を離脱していく。
一方、幽霊艦隊側の応射はそれほど大きな効果を上げていなかった。
射角の問題で攻撃できる浮遊船が前方の3隻に限られた上、その砲撃は護送艦隊の後方2隻にばらばらに撃ち込まれた。護送艦隊のフリゲートと巡洋艦の側面にはいくつもの穴が開いたが、船を傾斜させたり、航行不能にするほどのものではない。
そこに護送艦隊の第三射が降り注いだ。やはり先頭から2番目の、現在では幽霊艦隊の先頭を行くフリゲートに向けた一斉射撃だ。
砲撃を受けたフリゲートの側面に無数の穴が空き、そして船体後部から大きく白い蒸気を吹き出した。
あれは船のボイラーがある辺りだ。ボイラーに穴が空き、蒸気が吹き出したのだろう。見る見るうちにそのフリゲートは速度を落とし、戦列から引き離されていく。
わずか3射で幽霊艦隊の2隻が航行不能に追いやられた。
伯爵様の方針で、俺と77の戦闘力はなるべく使わない予定だったが、そんなことを言っている場合ではない。次のフリゲートにはフィーナさんたち冒険者が乗っている。こいつを航行不能にされてはたまったものではない。
俺は77を急降下させ、護送艦隊の前から2番目に位置する巡洋艦の右舷に真上から機関砲を浴びせかけた。結果は見ずに機首を引き上げ、そのまま戦列艦を見送って後方の巡洋艦とフリゲートのやはり右舷目掛けて機関砲を撃ち込んだ。
護送艦隊を通り過ぎたところで上方にループして、戦果を確かめる。
我ながら、自分で引いた引き金が引き起こした事態の大きさに目を見張る。
攻撃を仕掛けた3隻の右舷はもはや見られたものではなかった。砲列甲板どころか船倉までが縦に横に引き裂かれ、ばらばらと船体が落下していく。当然、それだけの重量を失った3隻は、それぞれ左に傾き、こちらのフリゲートがそうであったように大砲をばらばらと地面にばらまいている。
しかしそれでも3隻は戦列を離脱しなかった。
それどころか幽霊艦隊との距離を詰めるように右に舵を切る。
当然船体が傾いているのでその動きはよろよろとしたものだったが、それでも3隻で戦列艦と幽霊艦隊の間に割り込んでいった。
残った甲板にいる騎士団が次々と銃を手にするのが見えた。その銃口は空に、つまり俺に77に向けられている。
(あのような小銃では77式には傷もつけられません)
レギンレイヴが言うが聞こえているのは俺だけだ。
彼らにそれが伝わるわけもない。
ループの後半に入り、降下し始めた俺は護送艦隊の先頭を行くフリゲートに機首を向ける。
ぱぱぱと護送艦隊の甲板から銃撃が撃ち込まれるが、届かないか、当たらないか、運良く当たったとしても77の表面を覆うシールドに弾かれた。
俺は今度こそ自分の指が引き起こす事態を知りつつ、フリゲートに向けて引き金を引いた。機関砲弾はフリゲートの後部から前部に向けて右舷寄りを切り裂いた。
白煙が上がり、砲弾がボイラーを貫いたのだと分かる。
そのフリゲートはあっという間に速度が下がり、護送艦隊と幽霊艦隊の間を抜けるように置いて行かれる。
護送艦隊に残されたのはほぼ戦闘不能な3隻と戦列艦だけになった。
その戦闘不能になった3隻はそれぞれ幽霊艦隊の3隻に向けて体当たりを仕掛けようとする。幽霊艦隊も応射するが、その殆どは露わになった浮遊遺物に当たって跳ね返されている。
双方の甲板からは銃での応酬が始まっている。
かと思うと、護送艦隊側から無数の炎の塊が生まれ、幽霊艦隊に撃ち込まれた。
魔法の射程圏内に入ったらしい。
魔法使いの圧倒的に少ない幽霊艦隊側では魔法に対処する術がない。
先頭を行くフリゲートではマーヤさんが張ったのであろう結界魔法によっていくらかの炎弾が防がれていたが、焼け石に水だ。
戦列艦のプロペラを狙おうとしていた俺は、方向を転換して今まさに幽霊艦隊にぶち当たろうとしていた護送艦隊の甲板を機関砲で掃射する。ぱあっと血煙が上がって、人が人だった物に変わるのを見た。屍山血河を築きつつ、俺はループして甲板への掃射を繰り返す。
当然のように護送艦隊はボイラーにも被弾して、戦列から落伍していく。
護送艦隊が減速して、その向こうから姿を現した戦列艦が幽霊艦隊に砲撃を放った。幽霊艦隊は応射せずに、戦列艦への距離を詰める。
砲弾と銃弾と魔法が飛び交い、激しい戦闘が行われるのを余所に、俺は狙いすまして戦列艦のプロペラを撃った。軸を狙って撃った砲弾は4つあるうちの2つのプロペラを撃ち落とす。
そしてようやくフィーナさんたちの乗ったフリゲートが戦列艦に取り付いた。フリゲートの左舷は激しい砲撃を受け、散々な有様だったが、それでも戦列艦に船体を擦りつける。
そして一斉に鉤爪のついたロープが戦列艦に投げ込まれ、フリゲートと戦列艦を固定する。戦列艦からは激しい銃撃と魔法が降り注いで、フリゲートの甲板にいる奴隷たちを打ち倒していく。
歯がゆいが77の機関砲で戦列艦を撃つわけにはいかない。マリア王女殿下とナタリエさんがどこにいるのか分からないのだ。だからと言ってただ見ているわけにも行かない。
レギンレイヴ、77を任せるぞ。
(承知しました。お任せください)
戦列艦の上でホバリングした俺は風防を開け、ストッパーを手にして飛び降りた。
無数の銃弾や魔法が77に降り注ぐ中を落下した俺は、甲板に着地するが、ドレスの落下エネルギーを甲板が受け止めきれずに、甲板をぶち破り、その下の砲列甲板まで落下する。
薄暗く天井の低い砲列甲板に、俺が空けた穴から外の光が降り注ぐ。
回りには無数の船乗りたちがいて、突如として現れた俺にぎょっとした目線を向けていた。
俺は彼らを無視し、自身が空けた穴から甲板に飛び上がった。
ストッパーを通常弾頭の単発式にして、目の前に現れた騎士団員の胸部を射つ。弾かれたようにその騎士団員は吹き飛んで、他の騎士団員に激突し、動かなくなる。
がつんと背中に衝撃を感じて振り返ると、騎士団員の1人が抜いた剣で俺に切りつけてきていた。しかしドレスには傷一つついていないだろう。俺は振り返りつつ、その騎士団員を射つ。
「この化物め! 数でかかれっ!」
俺を取り囲んだ騎士団員が一斉に斬りかかってくる。中には装甲の薄い関節部分を狙ってくる猛者もいたが、ドレスには77と同じくシールドがある。剣などで貫けるものではない。
俺が1人、また1人とストッパーで撃ち倒していく間に、フリゲートから奴隷たちが、そしてフィーナさんたちが戦列艦の甲板に上がってくる。
あっという間に戦列艦の甲板上は乱戦状態になった。
こうなれば強いのがフィーナさんだ。次々と騎士団員や船員たちを屠っていく。ケヴィンさんは何人かの騎士団員を牽制しつつ、盾でその攻撃を防ぎ、ラルフさんが隙を見て攻撃をしかける。そして魔法による攻撃はブルーノさんが相殺して防ぎ、マーヤさんが炎の魔法で焼き払う。
なるほど、確かに彼らは強い。冒険者ギルドの受付嬢の言う通りだ。
「退け! 王女殿下だけでもお守りするのだ!」
騎士団の中の誰かが叫んだ。
その言葉を待っていた。
第十六話の投稿は7月31日18時となります。




