第十四話 東の空へ
幽霊艦隊は王国領空の東にある名も無き無人島で合流した。
77を数に入れずに7隻の浮遊船が錨を降ろし、その下には天幕が張られ、艦長たちによる会議が行われている。
簡素なテーブルの上には空図が広げられ、その上に俺は線を書いていった。
「護送艦隊の動きはこの通りです。針路、速度、共に予想通りと言っていいでしょう」
「そうなると我々も予定通り一週間後には出発しなければならないな」
答えたのはコンラート艦長、この場に居合わせている艦長の中で唯一の艦長経験者だ。
他の艦長たちは元士官というだけで艦長経験はない。
ゆえに幽霊艦隊の再編成もコンラート艦長を中心に行われた。
全体の指揮もコンラート艦長が行うことになっている。
「訓練の進み具合はどうですか?」
「あまり順調とは言えない。奴隷たちはよく働いてくれているが、正規軍の練度には敵わないだろう。長期戦になれば、差はより顕著になってくるだろうな」
「そうなると短期決戦を狙うしかありませんね。こちらの目的はあくまでマリア王女殿下の確保です。戦列艦相手に何隻割り振れますか?」
ナタリエさんのことはあえて口に出さなかった。
侍女の1人など彼らからすれば命を賭けるには足りないだろう。
「無理をして2隻がせいぜいだ。実際に取り付いて乗り込むとなると1隻でも難しい」
「冒険者たちの乗っている船を戦列艦に接舷させて欲しいのですが、可能でしょうか?」
「できる限り努力はするが約束はできないな」
その後は実際的な艦隊の運用の話に移ったので、俺は口出しすることができない。
護衛艦隊は幽霊艦隊を発見すれば、迂回しようとするだろう。
幽霊艦隊はそれに対して食らいついていかなければならない。
急ごしらえの艦隊で隊列を乱さずに護衛艦隊に食いつけるかどうかはコンラート艦長の腕の見せ所になるだろう。
会議が終わると俺はフィーナさんたちに顔を見せに行った。
「おう、ルフトじゃねーか。こっち来てたのか」
「艦長たちの会議がありまして、それに参加を」
「そりゃ大変だな。会議ってじっと話をするんだろ。ゾッとするぜ。よく耐えられんな」
「まあ、支援者の方々に報告にもいかなくてはいけませんから」
実のところ、会議の席というのは苦手ではない。
話し合いで何かが決まっていくのに参加したり、聞いているのは悪くないものだ。
だが正直に話しても同意を得られそうになかったので、話をはぐらかした。
「1週間後には出発して、それから1か月以内には決戦になります。皆さんのお加減はいかがですか?」
「ブルーノとマーヤが船酔いしてたが、そろそろ慣れるだろ。なあ?」
「毛根を焼きつくしますよ」
そう言うマーヤさんは毒舌の精彩に欠ける。
調子はあまりよく無さそうだ。
ブルーノさんも顔色が青かった。
「それより食事が良くねぇ。冒険者をやってて一番辛いのは不味い飯だと思ってたが、船の飯に比べりゃマシだ。士官連中がいい飯食ってると聞いてなお気分が悪い」
「浮遊船の食事はどうしても長期保存に向いたものばかりになりますからね。船酔いと同じで慣れですよ」
塩の味すらしない肉で飢えを凌いでいた期間のある俺にしてみれば、塩漬け肉はまだ味があるだけマシな気がするが、そういうものでもないらしい。
まあ、俺だって観測基地で贅沢を知ってしまった身だ。
その後の食事に不満がないわけではない。
ちょくちょく観測基地にレーションを食べに戻っているのは、俺だけの秘密だ。
だってそうだろう。
すぐに戻れて、美味しい食事と、熱々のシャワーと、ふかふかの寝床が待っているのだ。誰だってそこに帰りたいに決まっている。
「とにかく決戦の時は頼りにしていますから、よろしくお願いします」
「任せとけって。なあ」
フィーナさんとラルフさんが頷いた。
後の2人も顔を見合わせて、苦い顔ながらも頷いてくれる。
一行が乗っているのはコンラート艦長の船だ。
しかし再編成に伴って配置転換もあるかもしれない。
艦隊の最高司令官の船を、戦列艦にぶつけるわけにもいくまい。
それから艦隊の砲撃訓練の様子を見ていくことにした。
無人島に立てた標的物めがけて、横向きになった浮遊船が一斉に大砲を撃ち放つ。
大砲の玉はばらばらと標的付近に着弾し、土煙を上げる。
「装填急げ!」
士官が声を張り上げ、奴隷たちが砲列甲板を慌ただしく駆けまわる。
砲身の中身を掃除して、火薬を詰め込み、砲弾を装填する。
そして大砲を押し出して――、発射!
2射目は大砲によって発射されるのにずいぶんとばらつきがあった。
装填速度が大砲によって大きく違っているためだ。
「鈍間どもめ! 今の間に相手は3度撃ってくるぞ!」
確かに俺の目から見ても奴隷たちの動きは緩慢で無駄が多い。
直接指揮している士官の怒りはもっともだろう。
これを後1か月と少しで使えるレベルにまで引き上げなければならないのだ。
その心中は察するに余りある。
その士官は装填速度が早くなれば褒め、遅れれば叱り、うまく奴隷たちを使いこなしているようだ。
もともと俺の出る幕ではないが、任せておいて問題なさそうだ。
俺は砲撃訓練を続ける艦隊を尻目に、77で報告のために飛び立った。
途中でマリア王女殿下の護送艦隊の上空をフライバイし、その進路や速度に変わりがないことを確認する。
5隻の艦隊は変わらずに進路を東に取っている。
すべて予定通りだ。問題ない。
俺は七塔都市でフェラー伯爵様に事の経緯を説明した後に、王国各地の支援者に報告に回る。これだけで数日仕事だからやっていられない。どの貴族も面会までに時間がかかりすぎるのだ。
だが人員や資金を提供してくれたのは彼ら支援者の貴族たちだ。
無下にも出来ない。
ともかく全ての支援者に報告を終えた俺は再び七塔都市に戻り、そのことを伯爵様に伝え、マリア王女殿下の護送艦隊の進路を確認し、無人島へと向かう。
無人島では幽霊艦隊が出発の用意に入っていた。
予定より少し早いが、そうするべきだというコンラート艦長の判断であろう。
俺の到着と共に再び艦長たちが招集され、会議が開かれた。
「護送艦隊の動きは予測通りです」
「では我々も予定通りの浮標を目指すことにしよう」
こうして幽霊艦隊は無人島を出発した。
第十五話の投稿は7月30日18時となります。




