第七話 根城
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文章の一部修正をしました。
2016/12/15
話数が変わりました。
文章の一部修正をしました。
用心に用心を重ねながら、俺は旧市街の西寄りの一角にやってきた。
路地から確認すると、俺が突き破った窓には木板が打ち付けられ、やっつけの修繕が施されている。
ぐるりと路地を回りこんで、人の目が無いのを確認して、向かいの建物の屋根によじ登る。
外から見る限り部屋の中に人の姿はない。
全員が出払っているのか、あるいはすでに別の場所に拠点を移したのか。
別の部屋にいるということもありえるだろう。
連中が建物のどれほどを借りていたかは分かっていない。
だが手がかりと言えるのはここと、そして出入りできないブロッケンブルクだけだ。
いや、もうひとつあった。
連中が逃走する際の終着点だ。
旧市街の外れ、何もない荒野へ抜けるしかないその場所にどんな意味があるのかは分からない。
いや、分からないことはない。
連中は空賊なのだから自前の浮遊船を持っているはずだ。
それを旧市街の外れに着岸させて乗り込んでしまえばいい。
そうなるとある程度場所は絞られてくる。
だが彼らがそこに集まるにしても、それはこのシュタインシュタットで何かをしでかした後の話だ。
それにそこを狙うのは悪手だと分かっている。
空賊たちが勢揃いしている中でエメリヒを殺そうったって上手く行くわけがない。
できればエメリヒが空賊たちから離れて単独でいるところを狙うべきだ。
だがそんな瞬間が訪れるのかは分からない。
そもそも空賊たちもエメリヒも見つけられていないのだから、まずはそこから始めなければいけない。
お願いだから移動していないでくれ。
そんなことを祈りながら、俺は屋上の端に見を潜めて、石像のようにじっと彼らの帰りを待った。
それからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
すでに日は沈み、辺りはすっかり暗がりに覆われている。
部屋の灯はつかない。
まだ帰ってこないのか。それとももう帰ってこないのか。
夜の寒さにブルリと身が震える。
ローブを買っておいて良かった。
流石にこの寒さの下で普段着のまま一夜を過ごすなんてことは考えたくない。
だが昔はそんなことが日常茶飯事でもあった。
あの廃屋を見つけるまでの間、俺とニコラとエメリヒは寒い夜を身を寄せあって路地の隅で眠りについたものだ。
それを思い起こすと、より一層エメリヒへの憎しみは増した。
信じていたのに!
いや、それは信じる等と生易しいものではなかった。
俺たちは一蓮托生のはずだった。俺たちは同一だったはずだった。
だがその思いは裏切られた。
あるいはとうの昔に裏切られていたのかもしれない。
エメリヒは俺たちを利用してのし上がるチャンスがあればいつでもそうしようと思っていたのかもしれない。
いや、そうに違いない。
でなければあんなに簡単にニコラを撃てるはずがない。
俺は無意識のうちに腰の後ろのナイフの柄を握っていた。
愛用のナイフの手触りと違うことに違和感を感じ、それが愛用のナイフを失ったというだけでなく、大事だった仲間を失ったという悲しみに繋がって、自然と涙が溢れてきた。
この夜、結局部屋の灯りがつくことはなく、俺は彼らが根城を変えたのだと思うしかなかった。
翌朝、路地に人通りが出始める前に屋根から降りる。
彼らが根城を変えたのであれば、俺に取れる選択肢は限りなく少なくなってくる。
空腹を訴える腹を宥めながら、今日は王女様の演説とやらがあるのを思い出した。
その場で連中が何かするかは分からないが、連中が王女様を狙っている以上、今は一番の手がかりだ。
俺は寝不足の目をこすりながら、新市街に向けて歩き出した。
道端で、豊作で安くなったという林檎を2つ買って、それを齧りながら大広場に向かう。
大広場はまだ人はまばらだったが、いつの間にか組まれた演壇の周囲はがっちりと衛兵が警護しており、その前にはそこだけ人だかりができている。
どうやらできるだけ王女様を近くで見たいという連中がいち早く場所取りをしているようだ。
注意深く辺りを見回して分かったことは、今のところここに空賊の連中やエメリヒはいないこと。
それから周辺の建物の屋上にも衛兵が詰めていることだ。
怪しい連中がいないか徹底的に目を光らせているのだろう。
俺もどこかの屋上から人波を見張りたかったのだが、これではどうすることもできない。
流石にこの警備の中、空賊たちが王女様に何かできるとは思えない。
だが今や手がかりと言えるのは、空賊たちが王女様を狙っていることくらいだ。
なんにせよ、王女様に何かするとすればある程度接近する必要があるだろうから、俺は衛兵たちの前にぎっちりと詰まっている人波の中に紛れることにする。
あっちへこっちへと押し合いながらも、子どもである俺に配慮したのか、大人たちは道を開けてくれ、俺は人波の最前列に押し出された。
確かに俺の身長では前にいたところで演壇の上の王女様を見る邪魔になどならないだろう。
むしろこのまま衛兵がどいてくれないのであれば、衛兵が邪魔で王女様を一目見ることもできないかも知れない。
まあ、それは目的ではないのでどうでもいい。
少なくとも何か起きた時に、その傍にいるというチャンスは掴めた。
そのことだけで充分だ。
そして多分この人達の中で唯一俺だけが、何か起きてくれと祈りながら王女様の登場を待つのだった。