第十三話 望んだ道
1か月後、フィーナさんたちを乗せた幽霊艦隊はヴィスマールを出港した。
なんとかマリア王女殿下の結婚の報が届く前に出発できた形だ。
これで幽霊艦隊と、マリア王女殿下の護衛艦隊を関連付けて考える者は現れないだろう。
そして現在ヴィスマールにある王国の正式な軍艦は大小合わせて5隻だ。ほかはすべて出払っている。
幽霊艦隊は結果的に7隻の大艦隊になったから、数の上では優位に立てたことになるだろう。
ただし艦の大きさでは王国艦隊に分がある。
急造で集められた幽霊艦隊はフリゲート以下の小型艦が中心で、それに対し、王国艦隊には1隻の戦列艦、2隻の巡洋艦がいる。
まともにぶつかれば練度の差もあり、幽霊艦隊の勝ち目は薄いかもしれない。
まあ、そこを77で補うわけだが。
数日遅れて早馬でマリア王女殿下結婚の報がヴィスマールに届いた。
またマリア王女殿下ご自身がヴィスマールから船に乗ることも正式に布告された。
これを受けてヴィスマールはお祭り騒ぎになったが、俺には関係の無いことだ。
今日も77でマリア王女殿下を移送する騎士団の姿を確認だけして帰投する。
「ではマリア王女殿下の到着まではまだ一週間ほどあるのだな?」
「はい。現在の移動速度でしたら一週間より遅くなることはあっても、早まることはないと思います」
「なるほど。分かった。下がりたまえ」
クルゼ子爵様はそう言って俺に退出を促した。
この人はあまり胸の内というか、自分の考えを俺に話そうとはしない。
どうやら俺のことを単なる連絡役くらいにしか思っていないらしい。
それで正しいのではあるが、フェラー伯爵様のような親身になってくれる貴族様と知り合っているだけに、クルゼ子爵様のこういう態度に俺はちょっと隔たりのようなものを感じてしまう。
要はこの人が苦手なのだ。俺は。
もしフェラー伯爵様がクルゼ子爵様のようだったならば、俺はとうの昔にヴァイスブルクを襲撃してマリア王女殿下を助けだしていただろう。
それが是か非かはともかくとして、だ。
現実にはすでに幽霊艦隊が編成され、そのように作戦が動いているのだから、もし、や、だったら、という考えは捨てるべきだ。
俺はそう考え、子爵邸を後にした。
77で王国内を飛び回っている内にあっという間に一週間が過ぎ、マリア王女殿下がヴィスマールに入った。
俺は大歓声でマリア王女殿下を迎える民衆にドレス姿で紛れ込み、その様子を探る。
馬車の中から民衆に向けて手を振るマリア王女殿下はいつもどおりの満面の笑みだ。しかし今の俺はそれが心からのものではないと知っている。ナタリエさんを人質に取られ、仕方なく愛想笑いをしているに過ぎない。
一瞬、マリア王女殿下と視線が交錯した、ような気がした。
こちらはドレス姿なのでマリア王女殿下からは見つけやすかったに違いない。だがヘルメット越しなので、視線が交錯したように感じたのはきっと俺だけだ。
マリア王女殿下の口が何かを呟いたように見えた。
(頼んだわよ、と)
おそらく声に出して言ったわけではあるまい。
ただ唇をその形に動かしただけ。
俺に届くとも思っていないだろう。
だが確かに俺は受け取った。
馬車の行先を追いかけるように視線を向ける民衆たちから俺は遠ざかっていった。
ヴィスマールに一泊することもなく、マリア王女殿下の一行は慌ただしく浮遊船に乗り込んだ。
マリア王女殿下が乗り込んだのは予想していたとおりに戦列艦だ。
そしてやはり予想していた通りに、護衛してきた騎士団のおよそ半数が戦列艦に、残りも他の軍艦に分かれて乗船した。
5隻の軍艦は隊列を組んでヴィスマールを出港する。
それを見送った俺は、フェラー伯爵様に報告するために七塔都市に飛んだ。
七塔都市ではフリーデリヒさんが伯爵様と共に俺のことを待っていた。
「マリア王女殿下は予定通りヴィスマールを出発されました」
「では計画は最終段階に入ったわけだ」
俺は頷く。
その様子を見てか、それまで黙っていたフリーデリヒさんが声を上げた。
「ルフト、ルフトからもお父様に言って。私が王女殿下の奪還作戦に参加するのをどうしても許してくれないのよ」
「フリーデリヒさん、俺もフェラー伯爵様と同じ意見です。これは貴人が参加するような作戦ではありません」
丁重に断ったが、実のところを言えば、マリア王女殿下とナタリエさんを救い出さなければならないのに、フリーデリヒさんを守りながら戦う余裕など無い。
フリーデリヒさんの剣の腕は並か、少し下と言ったところで、魔法紋を刻んでいるわけでもない。つまり戦力としてはとても数えられないのだ。
「フィーナ様には参加を要請したのでしょう?」
「フィーナさんはもう貴族ではありませんから……」
「どうしても駄目なの?」
フリーデリヒさんの瞳が俺とフェラー伯爵様の間を行ったり来たりしたが、俺たちの意見は変わらない。
「もういい! 分かったから!」
フリーデリヒさんは癇癪を起こして部屋を飛び出して行ってしまう。
あのフリーデリヒさんが癇癪を起こすとは珍しいこともあるものだ。
「いいんですか。あのまま放っておいて」
「誰か侍女に任せておこう。あの子もただマリア王女殿下のことが心配なだけなのだよ。一度顔を合わせてしまった分、余計にね」
ついでに言うならば、マリア王女殿下に直接頼られたのは自分たちであるという自負もあるのだろう。それは俺も感じている。
最初こそ使者として各地を駆けまわったフリーデリヒさんだが、各地の貴族様方と俺の顔繋ぎができてしまった後は風の塔で普通の生活に戻っている。
おそらくその間もフリーデリヒさんは何かしたくてたまらなかったんじゃないだろうか。
だが事態はすでにフリーデリヒさんの手を大きく離れてしまった。
もはや出来ることといえば、一個人としてマリア王女殿下の奪還作戦に参加することくらいだ。
そう考えてしまうのは分からないでもない。
そして俺だけが奪還作戦に参加できるということを恨めしく思っていることだろう。
また恨まれてしまうな。
俺は頬を掻いた。
「実際的な話に入りましょう。幽霊艦隊の合流までは後一週間ほどかかります。予定通り合流後に艦隊を再編成し、護送艦隊のルートを先回りして待ち伏せます」
「うん。君を戦力に入れずにほぼ拮抗というところか。できれば君の戦力は見せずに終わらせたいところだが――」
「もしもの場合はお任せください。なんら問題はありません」
むしろ77の火砲では威力がありすぎて、浮遊船に対して発射するのが躊躇われるほどだ。
なりふり構わないのであれば、77単機でも護送艦隊を全滅させることはできるだろう。もっともそれは全滅であって、マリア王女殿下とナタリエさんの確保という最大の目的を余所に置いた場合の話だ。
どうしたって戦列艦に乗り込んで白兵戦を行う必要が出てくる。
彼らは、つまり騎士団はマリア王女殿下を守ろうとするだろう。
同じマリア王女殿下を守ろうとするもの同士が殺しあうことになるのは皮肉なものだが、話し合いで解決するものでもないだろう。
ルーデンドルフ侯爵は騎士団がいる上でマリア王女殿下を害する計画を立てているに違いなく、そのことを指摘したところで騎士団にそれを受け入れられるわけがない。
「君のような少年に重責を負わせるのは心苦しいのだが……」
「自分で望んだことです」
そう、これは自分で望んだ道だ。
そして俺はまた77に乗り込むのだった。
第十四話の投稿は7月29日18時となります。




