第九話 水の都の畔で
ヴィスマールはシュベーリン湖の畔にある王国の主要な港のひとつだ。
央都からもっとも近い港ということもあり、浮遊船の出入りは日夜を問わずひっきりなしに行われる。
俺の77を港の職員たちはもう見慣れたもので、さっさと港の端に誘導してくれる。
他の浮遊船が係留できないような端のスペースだが、77にしてみれば上から錨が降ってくる危険性を考慮しなくていい都合のいい係留場所ということになる。
なんでこうもヴィスマールとの間を往復しているのかというと、このヴィスマールを治めるクルゼ子爵様がマリア王女殿下派の1人で、空賊艦隊の編成に大きく関わっているからだ。
1か月ほど王国内を飛び回って思ったことだが、王国の東側、特に港を有する領地を持つ貴族にはマリア王女殿下派が多い。
帝国に近い分、より帝国との戦争には抵抗感が強いようだ。
ついでに言えば、現在ほそぼそと行われている帝国との交易がそれなりの利益を上げているからという懐事情もあるようだ。
だが今回はクルゼ子爵様に用があってヴィスマールを訪れたのではない。
フィーナ様と接触し、マリア王女殿下奪還作戦への参加を呼びかけるのが目的だ。
そんなわけで俺はドレス姿のまま、ヴィスマールの冒険者ギルドへと向かった。
ヴィスマールの冒険者ギルドは、町の西口からほど近い大通り沿いにある。
大きめの宿屋と言った感じの外観だが、出入りする人々は剣呑な服装、というより装備に身を包んでいる。
彼らが冒険者か。
実際に意識して目にするのは初めてだ。
というのも、基本的に冒険者の仕事というのは基本的に境界面下の下層世界、別の言い方をすればエーテルの海の下にしかないからだ。
上層世界で彼らの姿を見かけることはあまりないし、冒険者ギルドがあるのは、下層世界か、下層世界に繋がっているような港町に限られている。
とは言っても故郷であるシュタインシュタットは港町でもありながら下層世界の町との繋がりがなく、冒険者ギルドは無かった。
エルネ=デル=スニアには似たような制度があるのかもしれないが、お目に掛かったことはない。
そんなわけで俺は冒険者と関わるようなことはこれまでなかったわけだ。
と、まあ、長々と前説を置いたが、尻込みしていても仕方あるまい。
俺は冒険者ギルドの門を開いた。
冒険者ギルドの中は、まあ、酒場のようなものだった。
というより酒場だった。
普通の酒場と違いがあるとすれば、客が武器や防具を装備していること、飲食物を注文するのとは別のカウンターがあること、様々な依頼が貼りだされた掲示板があることなどだ。
俺は軽くギルド内を見渡してみたが、フィーナ様の姿は無い。
その代わりに静まり返ったギルド内の客たちから異様なほど視線を浴びている。
ひそひそと小声で何かを話したりしている様子は見て取れるが、何を言っているのかまでは分からない。
(ドレス姿が珍しいようです)
レギンレイヴには聞き取れているのか。
(聴覚の感度を上げて聞き取れるようにしましょうか?)
止めておいてくれ。
町中では全身甲冑扱いであまり気に留められないドレス姿だが、本物の全身甲冑を身近で使用したり見たりしている冒険者たちの目には奇異な物として映るのだろう。
まあ、視線だけなら害はない。
俺は迷った末に依頼の受付口なのであろうカウンターに向かった。
「いらっしゃいませ。こちらの冒険者ギルドは初めてですか? 他所の冒険者ギルドの登録証などがあれば拝見しますが」
「いや、俺は冒険者じゃない。フィーナという名前の冒険者を探している。20歳前後の女性の剣士だ」
「失礼ですが、お探しの方とどう言ったご関係でしょうか? つまり、ギルド内で騒ぎを起こされても困りますので、念のためお聞きしておきたいのですが」
「俺にとっては剣の師に当たる方だ。騒動を起こすつもりはない。この冒険者ギルドを拠点にしていると人伝に聞いて訪ねて来てみたわけなんだが、間違いないか?」
すると受付の女性はあからさまにホッとした様子を見せた。
「フィーナさんなら確かにこのギルドで活動されていらっしゃいます。今はどの依頼も受けていらっしゃいませんし、そのうちいらっしゃるかと思います。お待ちになっては如何ですか?」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
そう言って俺は冒険者ギルド内の入り口がよく見える空いているテーブルの傍に立った。
椅子に座らないのは木製のスツールで、ドレスで腰掛けたらいかにも壊れそうだからだ。
ドレスで立っているのは別段苦にならないので問題はない。
いつの間にか冒険者ギルドの中は喧騒を取り戻しており、俺に集まっていた視線も今は数えるほどでしかない。
だがそんな視線の持ち主の1人が俺に歩み寄ってきた。
「よお、可愛い声した兄ちゃん。フィーナさんの剣の弟子なんだって? その割には帯剣していないんだな」
「いつでも帯剣してるわけじゃないだけだ」
「でもその姿で帯剣してないのは逆に可笑しいぜ。背中のそれは杖か? 銃か?」
やはり冒険者の目線は鋭い。
これまでストッパーは一応魔法の杖ということで通ってきた。
現代の一般的な銃とは形が違いすぎて、銃だと認識されないのだ。
だがこの冒険者はひと目で、あるいはじっと観察した結果として、ストッパーを銃だと見抜いてきた。
「魔法の杖だ」
「最近はどいつもこいつも魔法の杖に引き金をつけたがるな」
「魔法の発動のイメージを強化するのにいいんだ」
適当に話を合わせておく。
実際、魔法を発動させるのに外的要因を組み合わせるのは有効だ。
それは呪文でもいいし、動作でもいいし、自分がとある魔法を使うのにこういう行為を行うのだという条件付けをしておけば、魔法の発動はより容易になる。
だから最近の魔法使いが杖に引き金を付けたがるというのは初耳にせよ、別に違和感はない話だ。
というか、どうりでストッパーを魔法の杖だと言っても、それで通るわけだ。
「それで、俺に何か用事でもあるのか?」
「用事ってほどでもねーんだけどよ。フィーナさんって昔はどんなだったのかなって思ってな」
「どんなと言われてもな。仏頂面で無愛想だったよ。油断していたら斬り殺されるんじゃないかといつも思ってた」
「つまり今とあんまり変わんねーってことか。よくそれで弟子になろうなんて思ったな」
「剣の腕は間違いなく俺の知っている中で最高だったからな。他に誰に学べばいい?」
「確かにフィーナさんの剣の腕は凄い。それはこのギルドの連中なら誰でも知ってることだ。ところであんたがフィーナさんの弟子だったのはどれくらい前の話なんだ?」
「前の冬の始め辺りだから、一年と少し前か。もうそんなになるのか」
「フィーナさんとはどこで知り合ったんだ?」
「それはちょっと言えないな。特殊な環境だったんだ。本来なら俺が出会えるような人じゃなかった」
「でもあんたはフィーナさんの過去を知っているんだろう」
うん。この男の論点はここだな。
フィーナ様の過去が知りたいのか。
しかし何故なんだろう?
「知っているというほどじゃないし、俺の口から語るようなことでもない」
「そう言わずに頼むよ。一杯奢るからさ」
「喉は渇いてないんでね」
その後も男はあの手この手で俺にフィーナ様の過去を語らせようとしたが、急に口をつぐんで俺から離れていった。
というのも当の本人がギルドの中に顔を見せたからだ。
そう、フィーナ様がヴィスマールの冒険者ギルドに現れた。
第十話の投稿は7月25日18時となります。




