第七話 プランA
7/22 誤字修正しました。
マリア王女殿下からの親書は翌日の昼頃に宿に届いた。
封蝋のスタンプはフリーデリヒさんによると、ルーデンドルフ侯爵家のものであるらしい。ということはつまり。
「親書の中身は検閲されているのでしょうね」
「おそらくフェラー伯爵様からの親書もルーデンドルフ侯爵に読まれたのでは」
「当然お父様もその辺は分かって言葉を濁して書いてあるはずよ。でもそもそもお父様が王女殿下派なのはルーデンドルフ侯爵も知っているでしょうし、今更よ」
「なるほど」
とにかくこれでヴァイスブルクで表向き俺たちがするべきことは終わった。
後は速やかに七塔都市に帰還して、フェラー伯爵様も含めて話し合いを持つべきだ。
俺たちは宿に今日で退去することを告げ、預けていた前払い金から余った分を返してもらう。
それからヴァイスブルクを後にした。
「また歩きかぁ。そしてその後はまたあの空の旅なのね」
憂鬱そうにフリーデリヒさんが呟く。
「帰りは直接七塔都市に向かいます。2時間半くらいで済むはずですよ」
「今から2時間歩くのに、そこから2時間半で七塔都市というのもなんだか釈然としないわ」
「そうかもしれませんね」
適当にフリーデリヒさんの愚痴を聞き流しながら、77の元に帰り着く。
77は特に誰かに発見されたりしたような様子もない。
まあ、発見されたところでどうしようもないだろうけれど。
俺は行きと同じように後部座席にフリーデリヒさんとトランクを詰め込むと、自分は操縦席に座る。
垂直離陸から徐々に加速しつつ巡航高度へ。
フリーデリヒさんに配慮して加速を抑えているのがもどかしいが、急いだところでさして意味があるわけでもない。
単に自分が速度を出したいだけだ。
だが速度を抑えながらでも、七塔都市へは2時間半で帰還した。
一応、港から離れたところで浮遊状態にして、潜雲艦の振りをしながら入港する。
やってきた港の職員に係留料を払い、フリーデリヒさんとトランクを降ろす。
「はぁー、まだ現実感が無いわ。私、本当にヴァイスブルクにいたのよね」
「気温がこんなに違うじゃないですか。間違いなく現実ですよ」
そう言うと、フリーデリヒさんが思い出したように体をぶるりと震わせた。
七塔都市ではまだ至る所に雪が残っているが、マイスフェルドでは雪をどこにも見かけなかった。
体感温度はかなり違うのだろう。
俺はドレスの外気温表示で実際の温度差を知っているだけだ。
「とにかく帰りましょう。お父様に報告するわよ」
俺は頷いて、トランクを手にフリーデリヒさんの後をついて歩いた。
風の塔ではフェラー家の使用人がフリーデリヒさんの姿を見かけて驚きを露わにする。
「お嬢様、マイスフェルドに向かわれたんでは?」
「行ってきたのよ」
「はい?」
誰もがきょとんと不思議そうな顔をする。
それもそうだろう。本当なら最低でも往復で半年かかる距離なのだ。
それがフリーデリヒさんが出発してまだ3日にしかならない。
「フリーデ、なにか問題でも起きたのかい?」
執務室で書類仕事をしていた伯爵様にしてもそれは同じことだった。
「お父様、ヴァイスブルクに行ってまいりました。王女殿下からの親書もこのように預かってきています」
恭しくフリーデリヒさんが差し出した親書を、信じられないものを見たような顔で見つめていた伯爵様だったが、ハッと我に返ってそれを受け取ると封蝋のスタンプを確認した。
「これは、ルーデンドルフ家の……。まさか、本当にヴァイスブルクとの間を往復してきたというのかい? この短期間で」
「ええ、話していいんだったわよね。ルフト。お父様、あの潜雲艦は潜雲艦などではありません。なんでも飛行機とかいう代物なのだそうです。ほんの2時間半でヴァイスブルクに到着するんですよ」
「いや、まさか、しかし、この親書は現に……」
信じがたい現実を目の前に伯爵様はなんとか折り合いをつけようと頭を悩ませているようだ。
俺としては信じてもらっても、もらわなくとも、どちらでも構わない。
ああ、いや、こういう考え方がフリーデリヒさんに怒られたところなのか。
伯爵様の協力があったほうがいいに違いないのだから、伯爵様には俺のできることを信じてもらっていたほうがいい。
「黙っていてすみませんでした。あの機体には空を飛ぶ機能があり、この大陸なら半日かからず横断することが可能です」
「いや、それが本当なら大変なことだ。黙っているのも仕方あるまい。このことは他言無用にしたほうがいい。表向きフリーデはトラブルが起きて戻ってきたことにしておこう」
フリーデリヒさんはしまったという顔になる。
「使用人たちに本当のことを話しちゃったわ」
「どうせ信じてはいなかったろう? 冗談だと言うことにしておけば大丈夫だよ」
「それもそうかしら。なにか釈然としないけれど」
「それよりも親書を。おそらく重要なことは書かれていないでしょうけれど」
「ああ、そうだった。あまりにも衝撃的だったので忘れていたよ」
伯爵様は封蝋を割ると親書の中身を取り出した。
そして中身に目を通す。
「君の言う通りだ。重要なことは何も書かれていないよ。と、なると本当に重要なメッセージは君たちが受け取ってきたことになるね」
「はい。マリア王女殿下はナタリエさんという侍女の命を盾に取られています」
「あのマリア王女殿下が侍女1人のために身動きが取れなくなるのかね」
「ナタリエさんとは親しくさせてもらっていました。彼女によればマリア王女殿下とは姉妹のように育った、と」
「彼女も身内には甘いということか。そうだな。王女殿下とは言え、まだ若者だ。そこまで非情にはなれまい」
「そしてマリア王女殿下の結婚が決められたそうです。お相手は帝国の第4皇子とのこと。しかしこの結婚はブラフで、マリア王女殿下を帝国に移送する途中で謀殺し、帝国との戦争の火種にするのがルーデンドルフ家の目論見だそうです」
「手早いな。そしてルーデンドルフらしい。マリア王女殿下の結婚が公布されてしまえば、彼女の王位継承権は事実上無くなったも同然だぞ」
「なら、公布を止めさせますか?」
「どうやって?」
「ヴァイスブルクからマリア王女殿下とナタリエさんを救出します。本人が不在では結婚も何もないでしょう」
「それはスマートに、つまり誰にも見つからずにできるのかね?」
できると思うか?
(不可能に近いでしょう)
ではプランAだ。
「いいえ、伯爵様。やるとすれば、かの白き城を血で染め上げることになるでしょう」
俺は本気でそう答えた。
第八話の投稿は7月23日18時となります。




