第五話 ヴァイスブルク
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その後もフリーデリヒさんとは悶着がありつつも、マイスフェルド上空に到達する頃にはフリーデリヒさんも空の旅に少しは慣れてきたようで、外の様子を見ることくらいはできるようになっていた。
「見えたわ。あれがヴァイスブルクよ。名前の通りに白い城ね」
視界の下には真っ白い城とそれを囲う巨大な城塞都市が広がっている。
エルネ=デル=スニアより広いのではないだろうか。
そんなところからもルーデンドルフ家の力の大きさが垣間見える。
「ねえ、どこに降りるの? まさか直接ヴァイスブルクに降りるわけにもいかないでしょ?」
「どこか街道から少し離れた機体を隠せるような場所に降ります」
俺は機体を街道沿いに飛ばし、街道から少し離れた人気が無い辺りに機体を降ろした。かなり南に飛んだためかこの辺りには積雪はない。
その場所は街道からは低い丘に遮られ、77の姿を見られるようなことはなさそうだ。
フリーデリヒさんとトランクを降ろした俺は、77を停滞状態に切り替えておく。
こうしておけば万が一見つかっても真っ黒い遺物にしか見えないし、運ぼうにも77の重量では相当な労力が必要になる。
それに陸上の遺物は基本的に無用の長物なので、見つかっても誰も手を付けようとはしないはずだ。
「それじゃあ行きましょう」
俺はトランクを持ち、フリーデリヒさんを促した。
2人で丘を越えて街道へ、舗装されていない街道をヴァイスブルクに向けて歩く。
「77なら数分もかからなかったのに」
1時間ほど歩いたところでフリーデリヒさんからそんな愚痴が漏れる。
「そう言わずに、ほら、見えてきましたよ」
「すごく遠くに見えるわ」
「なんなら背負って行きましょうか?」
「やめてよ。恥ずかしい」
そんな会話をしながらもう1時間ほど歩いて、俺たちはようやくヴァイスブルクの門の前に辿り着いた。
衛兵に入市税を払ってヴァイスブルクの市街に入る。
ヴァイスブルクは活気のある街だった。
街に入った途端、様々な呼び込みの声が掛けられる。
「まず宿を確保しましょう」
「仰せのままに」
宿の呼びこみをしていた少女に、貴族が泊まるような宿は無いか聞くと、ひどく恐縮された上で、呼びこみをしているような宿は貴族様には相応しく無いと謝られた。
どうやら貴族が泊まるような宿は、もっと城にほど近い場所にあるらしい。
俺たちは目抜き通りを城に向かって歩くことにした。
「ここなんかどうです?」
城門がもう目と鼻の先というところに1件の高級宿があった。
「もう歩かなくていいならどこでもいいわ」
もう日も傾きかけている。
フリーデリヒさんに文句が無いのであればここでいいだろう。
扉を開くとすぐに1人の少年がやってくる。
「ご宿泊ですか? 荷物をお持ちします」
ニコニコと笑顔を振りまく少年にトランクを預ける。
フリーデリヒさんと連れ立って受付に行き、並びで2部屋を取った。
宿泊期間がどれくらいになるかわからないことを告げると、とりあえず一週間分の前払いを求められる。
宿泊料金は目玉の飛び出るような額だったが、今回の旅費はすべてフェラー伯爵様持ちだ。
フリーデリヒさんをちゃんと無事に連れて帰れば精算してくれることになっている。
それに宿泊しなかった分は後でちゃんと返してくれるらしい。
俺はシャトルを売った金から一週間分の宿泊料金を払うと、荷物を持った少年が部屋に案内してくれた。
部屋の前で少年にチップを渡し、荷物を受け取る。
夕食は部屋に運んでくれるそうだ。
「それでこれからどうしますか?」
「今日はもう休みましょう。どうせこの時間から城に行っても無駄足になるわ」
「分かりました。それではまた明日」
宿の部屋は豪華ではあったが、広さや利便性では観測基地の司令官私室には大きく劣る。
それでも部屋の中に湯浴みをできる部屋がついていて、お湯は宿泊料金に含まれているのだから、さすがは高級宿ということなのだろう。
夕食を運んできてくれた少年に、お湯を頼んで、ゆっくりと一夜を過ごした。
翌朝、朝食を終えた俺たちは、今度こそ城に向かうことにした。
俺は甲冑のようなドレス姿だが、フリーデリヒさんはゆったりとした布地のドレス姿だ。ややこしい。
そうしていればどこから見ても貴族のお嬢様である。
城の門を守る衛兵も、フリーデリヒさんの姿を見てか、態度が柔らかい。
「フェラー家の三女、フリーデリヒ・フェラーよ。マリア王女殿下へフェラー家からの親書を持ってきたわ。お目通り願えるかしら?」
「申し訳ありませんが、お約束など頂いておりますでしょうか?」
「あら、先触れを送ったのだけど間に合わなかったのかしら?」
フリーデリヒさんはそう嘯く。
「すぐに確認してまいります」
そうして城門の前で待たされること1時間ほど、息せき切って衛兵が戻ってきた。
「申し訳ありません。先触れは届いていないようです。しかしお会いになるということで、どうぞお通りください」
「こっちは私の護衛なのだけれど、同行していいかしら?」
「もちろんです。どうぞ、ご案内致します」
そうして俺たちは衛兵たちに案内されて城内に足を踏み入れた。
薄暗い城の中をしばらく歩いたところで、衛兵が足を止める。
「こちらが応接間になります。どうぞ中でお待ち下さい」
衛兵が扉を開き、念の為に俺が先に足を踏み入れる。
特に罠などではなさそうだ。
(危険な徴候は見られません)
しかしルーデンドルフ家は事実上の敵地と言っていい。
用心に用心は重ねたいところだ。
俺の後に続いてフリーデリヒさんが部屋に入り、椅子に腰掛けた。
もちろん俺は立ったまま待機だ。
すぐにメイドがやってきてフリーデリヒさんに紅茶を淹れた。
驚いたことにそのメイドは兎の耳を持つ、言うまでもなく下層世界の出身者だった。首輪が付けられていることから見て奴隷の娘だ。
「護衛の方もいかがですか?」
俺は首を横に振って応える。
城内に入ってからは喋るなとフリーデリヒさんから言付かっている。
声変わりのしていない俺の声では、この外見に似つかわしくないからだ。
メイドは一礼して立ち去り、後には俺とフリーデリヒさんだけが残された。
そうしてどれくらい待っただろうか。
部屋の戸が叩かれる。
「マリア王女殿下がいらっしゃいました」
「はい」
フリーデリヒさんは椅子から立ち上がる。
そして部屋の扉が開かれて、彼女が現れた。
長い空色の髪、空色の瞳、こんな状況で何が楽しいのか満面の笑みで、マリア王女殿下が部屋に入ってきた。
第六話の投稿は7月21日18時となります。




