第六話 大広場
2016/12/15 文章の一部訂正と話数修正しました。
教会の孤児らと共に朝食を取った後、元の衣服に着替えた俺はシスターエマに連れられて、俺を発見したという女性の家を訪ね、礼と、礼を言うしかできないことを謝った。
しかしながら敬虔な教会の信者と思しき女性は当然のことをしたまでだと微笑んで、むしろ俺が無事だったことを喜んでくれた。
いい人に救われたことにホッとする反面、どこか申し訳無さを感じる。
シスターエマにしてもそうだが、彼女らのようないい人たちに助けられたにも関わらず、俺の心は復讐で一杯だ。というよりエメリヒを殺さなければ何も始められる気がしない。
その後、シスターエマについて教会に帰る道すがら、彼女から謝られる。
「ごめんなさい。実はあなたが目覚めて動けるようだったら、すぐに教会から出て行ってもらうことになっているの」
「そうですか」
もちろん彼女を責めようなどという気にはならなかった。
教会の孤児院がこれ以上新たな孤児を受け入れる余裕がないことなど承知していたし、教会に捕らわれるのは俺の望むところでもなかったからだ。
しかしシスターエマとしてはそのまま俺を解放するのは心苦しかったようだ。
教会に到着した後、最後にもう一度治癒魔法をかけてもらうことになった。
「慈悲深き主よ――」
彼女の右手が淡い光を放ち、魔法紋が浮かび上がる。
祈りの言葉と共に立ち上った光が俺の体を包み、痛みを少し和らげてくれる。
彼女はそれを何度か繰り返した。
「どう、かしら?」
「だいぶ楽になりました」
「そう、こんなことしかできなくてごめんなさい」
「いいえ、シスターエマには本当に助けられました。ありがとうございます。もう大丈夫です。元の生活に戻ります」
「そう……、なにかあったら教会を頼ってね。主はあなたをちゃんと見ていますから」
「はい」
俺はそう言って彼女の宗派のする両手で円を作る仕草をしてみせた。
すると彼女は少し安心したような顔で、俺と同じ仕草を返してくる。
「主の祝福があなたにありますように」
「そうであって欲しいと願っています」
慈悲深き主とやらは俺の復讐をちゃんと見届けて、赦してくれるだろうか?
神を信じていない俺にとってはあまり意味のないことだった。
シスターエマと別れ、俺は、俺たちの家、今では俺だけの家に戻ってきた。
待ち伏せもあるかもしれないと十分に注意して戻ったのだが、この家を最後にしてから特に人の出入りがあった様子はない。
床下に隠した共同の貯金も、戸棚の上に隠した俺のへそくりも無事だった。
それらをひとまとめにして持ちだす。
他に持ち出せるものはないかと各部屋を見て回り、何もないことを確認して家を後にする。
新市街に向かう道すがら古着屋に寄ってフード付きのローブを購入する。
シュタインシュタットは埃の多い町でこういうローブを着て歩いている人は珍しくない。
フードを被って顔を隠した俺は続いて武具屋にも足を寄せた。
残っている鞘に収まるナイフはすぐに見つかったが、デーゲンブレッヒャーは在庫がなかった。
その代わりに短剣を一本、あの女が使っていたくの字に折れた短剣は無かったので、ごく普通の直剣を買う。
短剣とは言え、俺のような子どもが腰に提げると長剣ほどの長さに見える。
ローブのおかげで腰に差していても目立たないし、ナイフだけではエメリヒに致命傷を与えるのは難しいと思ったからだ。
銃も置いてあったが、値段的に手が届かなかった。
無いものねだりをしても仕方ない。
それに金はまだ必要になるかも知れない。
少しは手元に残しておかなければならない。
俺は店主に金を支払って武具屋を後にした。
旧市街を抜け、新市街に出ると町並みはガラリと変わる。
無造作に積み上げられた迷路のような旧市街とは違い、きちんと区画整理して整備された新市街は、旧市街にも面した大広場を中心に扇状に広がっている。
扇の一面に出た俺は、大広場を目指して歩く。
エメリヒの言っていたブロッケンブルクは新市街と旧市街の両方を一望できる大広場の傍に建てられた宿だからだ。
大広場に出た俺は、屋台で串焼きを買うついでに、店主に最近変わったことはないか聞いてみる。
「変わったことと言えば、そりゃ王女殿下がこの町にいらっしゃっていることだろうよ。なんでも明日にはこの大広場で演説をするとかで、俺らのような露天商は明日は大広場は使用禁止だとさ。せっかく町民が集まってくるってのに、もったいねえ話だ。まあ、俺も明日は店じまいして王女殿下の顔を見に行くかな」
「それで衛兵があんなにうろうろしているのかな?」
大広場ではいつもより物々しげに衛兵たちが巡回をしている。
普段なら何人かいる浮浪者もその姿が見えなかった。
おそらくどこかに追いやられてしまったのだろう。
「王女殿下の身に何かあったら一大事だからな。そりゃあ衛兵たちも必死だろうよ」
「そっか、ありがとう。美味しかったよ」
「おう、また来な」
鉄串を返し、衛兵には近づかないようにしながら大広場の人々を見て回る。
空賊の一味や、エメリヒの姿はない。
仕方なくブロッケンブルクの前までやってきたが、入り口には番人が二人きっちりと周囲に目を配っており、中には到底入れそうになかった。
身なりをきちんとして、充分な金を持っているとしても、子どもの俺1人では入れてもらえないに違いない。
どちらにしても身なりも金も足りているとは言えない。
何気ない通行人を装い、ブロッケンブルクの前を通り過ぎる。
さてこれからどうしたものだろうか。
ブロッケンブルクの入り口を見張れる旧市街側の小路に身を潜め、その入口を見張りながら考える。
空賊たちが王女様を相手に何かしようとしていることは間違いない。
だがこの2日の間は何も事を起こさなかったようだ。
できなかったのか、まだなのか。
それから王女様が明日行うという演説もある。
元から予定にあった行動なのか、違うのかも分からない。
だが少なくとも空賊たちは演説のことを知っているに違いない。
屋台の店主が知っているのだ。彼らが知らない道理は無いだろう。
だとするとその演説中に何か事を起こすつもりなのだろうか?
しかし演説の当日ともなれば警備はかなり厳重だろう。
空賊たちの総戦力がどの程度なのか知らないが、まさか衛兵たちと直接事を構えようとはすまい。
だとすれば王女様がブロッケンブルクにいる間に何かするつもりなのだろうか?
駄目だ。
空賊たちの目的が分からない以上、どれだけ考えても答えに辿り着ける気がしない。
連中は今どこにいて、何をしているだろうか?
俺を探している、ということはないだろう。
であれば、家は見張られていたはずだ。
あそこが放置されていたということは、連中が俺のことを取るに足らない存在だと認識している証拠だ。
実際に俺は取るに足らない存在だろう。
連中の中の女1人に手も足も出ずに敗北した。
結果的に逃げ切ることには成功したが、浮浪児1人放っておいてどうなるものでもない。
たとえ俺が衛兵たちの詰め所に駆け込んで、空賊が王女様を狙っていると訴えたところで一蹴されるのがオチだ。
たとえ衛兵が真面目に受け取ったとしても、彼らに渡せる情報はほとんどない。
連中が一時的に根城にしているであろう建物の位置くらいのものだ。
いや、それだ。
それを知っているじゃないか。
俺はそれを確かめるために、旧市街の小路に入り込んでいった。
第六話の投稿は本日20時となります。