第三話 山岳基地の司令官
目が覚めても辺りは真っ暗なままだった。
半分寝ぼけたまま、魔法の灯りを生み出すと、自分の思っていたよりずっと大きな光球が生まれてぎょっとする。
煌々と照らしだされた室内の様子を見た俺は自分の置かれた立場について思い出した。
『司令官、ねぇ』
思わずエルネ=デル=スニアの言葉で呟く。
つまりはこの基地で一番偉い人になったということなのだろう。
今や無人のこの施設で、その役職にどれほどの意味があるのかはまったく分からなかったが。
いや、この部屋を自由にしていいというだけで充分な価値はある。
温かい空気に、ふかふかの寝台、あとは食料が足りていれば完璧だ。
そういえば管理者さんは基地の内部には食料があるというようなことを言っていた。
そのことを思い出すと猛烈に腹が空いてきた。
「管理者さん」
「はい。おはようございます。司令官。お呼びですか?」
呼びかけるとすぐに応答があった。
「食事をしたいんですが、どうすればいいですか?」
「ご案内いたします。それから灯りはつけなくてもよろしいのでしょうか?」
「いえ、灯りをお願いします」
答えるとすぐに部屋の灯りが点いた。
炎の灯りではなく、魔法で生み出した灯りに近い。
それらの灯りは天井の隠れた場所にあるようで、天井に反射して部屋を照らしている。
俺は魔法の光を消して、寝台から起き上がると、部屋を出た。
青いラインに従って廊下を進むと、食堂と思しき場所に連れて行かれた。
「食料棚のひとつを停滞状態から復帰させました。お好きなメニューをお取りになって、自動調理器に入れてください」
ご丁寧なことに青いラインは食料棚の前まで伸びてくれている。
棚を開けると銀色の包装を施された箱が無数に詰め込まれていた。
その中から適当にひとつ見繕って、管理者さんの指示に従って自動調理器とやらの中に入れる。
蓋を閉めて言われるがままにスイッチを押して数秒待つと、ポーンと音がして自動調理器は停止した。
蓋を開けると驚いたことに銀色の箱は手で持てる程度ではあるが暖かくなっており、それを食堂のテーブルに置いて、包装を引っぺがすと、中からプレートに乗った温まった料理が出てきた。
包装の中に同封されていたナイフとフォークで、鶏のローストと思しきものを口に入れると、口の中を旨味が突き刺した。
『美味い!』
調味料をたっぷり使われたのであろう肉の味は、これまで俺が食べてきたどんな肉より美味しく、俺はその後は一心不乱にプレートの中身を完食した。
「管理者さん、もうひとつ食べてもいいですか?」
「レーションは1食に必要な栄養素をすべて揃えています。ですが、司令官は栄養失調気味のようですので、もう1食食べられることに異議はありません」
とにかくもうひとつ食べてもいいということだ。
俺は喜び勇んで、もうひとつ銀色の箱を自動調理器に投入して、プレートの料理を平らげた。
たっぷりと睡眠を取り、腹一杯になると、心に余裕が出てくる。
「管理者さん、寝床と食料の代わりに俺は何をすればいいですか?」
「まずはシャワーを浴びられ、服を着替えることを推奨します」
「シャワーとはなんですか?」
「お湯を浴びて体を清潔にすることです。まずは衣類の保管所にご案内します」
ああ、シャワー。シャワーか。
青いラインに従って移動するのにもいい加減慣れてきた。
続いて連れてこられたのは、無数の衣類が畳まれて透明の袋に入れられた部屋だった。
「司令官の体格にあった司令官用の礼服は備蓄がありません。申し訳ありませんが、士官候補生用の礼服でお願い致します」
もちろん異論などあるはずもない。
俺は言われた通りの棚から、衣服を1セット取り出して、再び青いラインに従って歩く。
すると連れてこられたのは司令官の私室、つまり自室であった。
「向かって左側がシャワールームになります。使い方はお分かりになりますか?」
「お分かりにならないです」
「シャワールームはプライバシーに考慮して映像装置が取り付けられていません。口頭のみでのご案内か、あるいはレギンレイヴにご質問をどうぞ」
「レギンレイヴとはなんですか?」
「レギンレイヴとは――」
(総合支援人工知能レギンレイヴです。はじめまして。よろしくお願い致します)
不意に頭の中に女性の声が響いて、俺は驚いて辺りを見回したが、管理者さんの半透明の姿があるだけで他には誰もいない。
「刻印機によって司令官にインストールされたアプリケーションのひとつです。まだ完全同期が取れていませんが、入浴の介助くらいなら問題なくこなします」
(お任せください)
「というか、彼女はどこにいるんですか? 声は聞こえますが、姿が見えません」
「司令官の内部です。つまり体の内側です。ナノマシンによって構築されたニューラルネットワークが彼女を存在させます」
「えっと、つまり人工知能ということは管理者さんと同じような存在が私の内側に入ったということでいいですか?」
「その認識でおおよそ問題ありません」
つまり刻印機によって精霊を憑依させられたということのようだ。
それならなんとか理解できる。
「それじゃよろしくお願いします。レギンレイヴさん」
(こちらこそよろしくお願い致します)
ということでシャワーを浴びることになったのだが……。
『いや、女の人が体に同居しててどうやって裸になれっていうんだよ!』
脱衣所に入ったところで思わずエルネ=デル=スニアの言葉で愚痴る。
(どうかしましたか? どうぞ、服を脱いでください)
「恥ずかしいんですが……」
(恥ずかしいことはありません。肉体は共有されています)
そうなのか? そういうものなのか?
ああ、もう、こうなりゃヤケだ。
俺は服を全部脱いで、一糸まとわぬ姿になった。
(ではシャワールームへ)
司令官私室のシャワールームは、ヴァレーリヤさんの家での俺の部屋くらいの大きさがあった。
これが全部湯浴みをするだけのための空間なのだとは信じがたい。
だがレギンレイヴに言われるがままに壁についたレバーを引くと、壁についたシャワーヘッドとやらからお湯が降ってくる。それも際限無くだ。
全身を濡らし、レギンレイヴに指示されるがままに全身をくまなく洗った。耳の後ろも忘れてはいけない。
最初は排水口に流れていくお湯が泥のようだったのが、やがていくら体を洗っても透明なお湯のままになる。
驚くほど綺麗な鏡に映る自分の姿は、赤毛を長く伸ばした子どもだ。
髪の毛を切らなきゃなと思う。
一応、動物の腸を細く切った物を使って括ってはいるのだが、今はそれも解いている。
なにか鋭い刃物があるかどうか後で管理者さんに聞いてみよう。
『なんだこれ! すげえ!』
シャワールームから出た俺を待っていたのは、ふかふかの布切れだった。
バスタオルというらしい。
体に当てるだけで水滴を全部吸い取ってくれる。恐ろしいほど吸水力のある布切れだ。
恐ろしいことに体全部拭いて、その後頭を拭いたらある程度乾いてしまった。
バスタオルを洗濯カゴに放り込んで、士官候補生用の衣服の包装を破いて身につけた。
形状としてはアインホルンで士官候補生が着ていたものに似ていなくもない。
こちらはもっと装飾が無くて地味だ。
それでも一応格好はついた。
髪の毛を括って、脱衣所を出ると管理者さんが待っていた。
「司令官、お待ちしておりました。早速ですが、観測装置を停滞状態から復帰させたいと思います。監視所までお越しください」
ようやく仕事を押し付けられるらしい。
これまで与えられてばかりだったので、ちょっとホッとした自分がいた。
第四話の投稿は7月13日18時となります。




