第二話 山岳基地の士官候補生
ともかくそこはねぐらにはなった。
巨大な壁としか形容しようのない扉は、しばらく経つと勝手に閉まる仕組みがあって、閉じている間は安全も確保される。
寒さはどうしようもなかったが、半分寝ながら軽く加熱の魔法を使い続けることで凌ぐしか無かった。
それでも雪降る中で寝るのとは大違いだ。
時々意識が途絶えて、寒さで目覚めることもあったが、それだけこの場所では油断していられるということでもあった。
洞窟、あるいは何らかの施設の中だが、朝がくればちゃんと分かる。
「おはようございます。ルフトさん」
「おはようございます。管理者さん」
管理者を名乗る半透明の男性が現れて、朝の挨拶をしてくるからだ。
あれから結構な時間が経ち、俺はある程度の会話や文章を理解できるようになっていた。
「今日も朝は狩りですか?」
「人工知能のあなたとは違って、人間には食料が必要ですから」
管理者を名乗るこの男性は人工知能というものであるらしい。
食事を必要とせず、寝ることもしない。
なので一種の精霊みたいなものだろうと俺は理解している。
「内部には食料がちゃんと保管されているのですが……」
「任官テストに合格しなければ中には入れない。分かっていますよ。管理者さん」
「ご理解いただけて幸いです」
ともかくこの洞窟と施設の入り口を利用出来るだけでもありがたかったが、管理者さんが言うには内部には食料や寝所がちゃんとあるそうだ。
ただそれを利用するためには任官テストに合格しなければならない。
そしてもう随分と長い間、任官テストを受ける人間はいなかったそうだ。
「それじゃ帰ったらまた勉強を教えて下さい」
「お任せください。狩りの無事を祈ります」
「ありがとう」
管理者さんに挨拶して装備を確認すると俺は施設の出口に向かう。
分厚い金属の壁は閉じられているが、今はしまわれている金属の橋の根本のところにある台に手のひらを置く場所があって、そこに手をおいて魔力を吸わせてやれば扉は開く仕組みになっている。
今日も仕組みはちゃんと動き、金属の扉が鈍い音を立てながら開いた。
伸びた金属の橋を渡り、壁の外側に出ると、小高い雪の壁が俺を待っていた。
とりあえずそこで朝食にすることにする。
雪の壁に埋め込んである肉を引っ張りだして、魔法で焦げができるまで加熱して、そのまま食らいつく。
加熱の魔法にも随分と慣れたものだと思う。
やはり使っている頻度が違うからだろう。
腹を満たすと雪かきだ。
しばらく時間を使い、雪の壁を踏み固めながら階段状にしていく。
雪は大体5メートルほども積もっているだろうか。
その上に出た俺はかんじきを履いて、雪の野に出る。
こんな雪原でもしばらく歩けば、動物の足跡に出会うものだ。
今日の足跡は兎のものだった。
俺は慎重にその後を追いかけ、やがて白い毛皮の獲物を見つける。
随分と前に矢を使いきったので、もう弓は使えない。
その代わりに俺は魔法で氷の矢を生み出す。
弓で放つイメージで氷の矢を打ち出すと、ひゅんと風切音を残し、氷の矢は放物線を描いて白い毛皮の兎へと突き立った。
兎はその場でぴょんと跳ねたが、すぐに倒れて動かなくなった。
俺はその兎を腰に括りつけると、次の獲物を探しに歩き始めた。
若い鹿を仕留めると、それを運ぶために狩りはそこまでになった。
鹿の前足を肩にかけるように鹿を背負うと、ゆっくりとねぐらに向かって帰る。
階段状に均した雪の階段を降りるときには滑り落ちないように気をつけなければならない。
それから解体や調理は鉄の壁の外でやるように管理者さんから言われている。
だから洞窟の入口辺りで獲物を解体し、肉にすると、雪の中に埋めておく。
内蔵は鍋にぶちまけ、少し離れた場所に捨てに行く。
それでようやく朝の日課の終わりだ。
俺は再び金属の壁の扉を開けて施設の中へと入っていく。
この後は管理者さんとの勉強の時間だ。
最近は言葉の勉強だけではなく、算数や科学――科学ってなんだ?――の授業も受けている。
幸い算数のほうはアインホルンで習った内容が役に立った。
三角関数や天測の公式まで出てきたのには驚いた。
一方で科学は最初はわけが分からなかったが、わけが分からないなりに暗記でどうにかしている。
水は0度で凍り始め、沸点で沸騰し始める。沸点の温度は気圧で変動する。
分かったよ。だがこの知識がどこで役に立つんだ?
それでも数十日を超えるとようやくというか、管理者からの許可が降りた。
「あなたを士官候補生として認めます」
「ありがとう」
「中に入り、針路に従って進み、刻印機に手をあててください」
「刻印機とはなんですか?」
「士官候補生になるために手に刻印を刻みます。そのための機械です」
「分かりました」
それが必要ならそうせざるを得ないだろう。
扉が開き、ようやく俺はこの建物の中に入ることになった。
まず驚いたことは、扉の向こうがもう暖かかったことだ。
近くで火を炊いている様子はない。
まるで扉の向こう側だけ春になったかのようだ。
そして床に青いラインが現れ、俺の進む道を示してくれる。
それに従ってしばらく進むと、ひとつの部屋に行き当たった。
「どうぞ、中へ」
管理者さんが現れて扉が開く。
言われるがままに中に入ると、部屋の中央に棒のようなものが突っ立っていて、手のひらを示すようなマークが施されていた。
「その上に手を置いて」
マークは右手だったので素直に右手を差し出す。
すると天井から同じような棒が降りてきて、俺の手を挟む寸前で止まった。
そしてそこから小さな機械が俺の手の甲に伸びてくる。
プシュン、と空気の抜けるような音がして、棒は天井へと戻っていく。
俺の手の甲にはスタンプを押されたように刻印が刻まれていた。
「ルフトさん、あなたは正式にセリア防衛軍の士官候補生となりました。そして私の権限において、あなたを正式な士官として認めます。手続きは完了しました。貴官をこの基地における最先任の士官として認めます。空白の席を埋めるため、貴官をこの基地の司令官として認識しました。司令官への昇任に伴い貴官の階級を少佐まで昇進させます。ではご命令をどうぞ」
「ご命令をどうぞって? どういうことなんですか?」
「貴官はこの基地の司令官です。この基地の権限はすべて貴官のものとなりました」
「それで、なにができるんですか?」
「当基地は観測基地です。しかしながら観測機器は停滞状態のため、稼働できない状況です。稼働の再開を強く推奨します」
「分かりました。けれどもその前に休みたいんです。どこに行けばいいですか?」
「司令官の私室にご案内します」
再び青いラインに誘導され、俺は基地の中を歩いた。
通された部屋はかつて俺が住んだどの部屋よりも大きく、というか、部屋の中に部屋がいくつも用意されていた。
「一番奥が寝室になります。それではごゆっくり」
言われるように一番奥の部屋に入ると、そこには見たこともないほど大きなベッドが置いてあり、俺は吸い込まれるようにその上に横になった。
それから煌々と灯りを放つ天井が目に入った。
「管理者さん、この灯りはどうやったら消せますか?」
「司令官、私に敬称は不要です。ただ管理者、消灯と言いつけてください」
「分かりました。管理者、消灯」
ふっと部屋の灯りが消えて、部屋は真っ暗になった。
そして俺はようやく心置きなく眠りを貪ったのだった。
第三話の投稿は7月12日18時となります。




