第五話 復讐の誓い
2016/12/15 改稿しました。
エメリヒを止めようと伸ばした手は空を切った。
一瞬の困惑の後、俺は夢を見ていたのだと気付く。
それと同時に全身が痛み、俺は思わずうめき声を上げる。
しかしそんなことは後回しだ。
俺は歯を食いしばり、状況を確認しようとする。
ここはどこで、俺はどうなった?
俺は粗末な寝台に寝かされていた。
木板はあちこちが朽ちかけ、実際に抜けているところもある。
大人が横になれば壊れてしまうのではないかという有様だ。
部屋は比較的広く、他にもいくつも寝台が見える。
それと寝息も、だ。
どうやら日の出前に目が覚めたらしい。
薄暗い部屋の中で、腰の後ろのナイフを確かめるが、そこには何もなかった。
というより衣服が変わっている。
麻布の清潔そうなチュニックとズボンだ。
それに体のあちこちに包帯が巻かれている。
どうやら傷の手当を受けたらしい。
体の状態を確かめるために、動かしてみるとあちこちが痛む。
ともかく起き上がれないということはない。
俺は周囲の寝息を邪魔しないようにそっと寝台から起きだすと、その部屋を抜けだした。
部屋の外は廊下だった。
ずらりと扉が並んでいたが、その中を確かめる気にもなれず、俺は外を目指して廊下を歩いた。
やがて廊下の突き当りから外に出た俺が目にしたものは、旧市街地に唯一の教会だった。
炊き出しやら何やらで何度もお世話になったことがあるから見間違えるわけはない。
ということは俺が寝かされていたのは併設されている孤児院の一室だったということなのだろう。
「あらあら、目が覚めたのね」
あわよくばそのまま教会を抜け出し、俺たちの家に戻るつもりだったのだが、その前に掃除をしているシスターに見つかってしまった。
一瞬走って逃げ出そうかと思ったが、それよりも状況を色々聞いておきたくて、俺はシスターに向き直った。
「おはようございます。シスター」
「はい。おはようございます。もう起きだして大丈夫なの? ひどい怪我だったのよ」
「はい、なんとか」
そう言ってから、いくらなんでも傷の治りが早いことに気が付いた。
「あの、もしかして治癒魔法を?」
「はい。私が。ごめんなさいね。私の技量では傷を塞ぐのが精一杯だったの」
「とんでもない」
俺はすくみ上がる。
「それどころか俺は治癒魔法の対価を何も持ち合わせていません」
教会で魔法を掛けてもらおうとすれば、それなりの対価をお布施として払うのが当然だ。
稀に奉仕活動として無償で怪我を治して回るようなことをしていると聞いたことがあるが、今回のこれがそれに当たるかどうか分からない。
しかしそれは俺の杞憂だったようだ。
「ええ、あなたが浮浪児であることは服装からすぐに分かりましたよ。なのであなたは正式な資格をまだ持たない私の訓練として治癒することになったのです。だからお金は必要ないし、どこかおかしなところがあればすぐに言ってくださいね」
「だいじょうぶ、だと、思います」
全身が痛むが、身動きが取れないほどではない。
「そう、良かったわ。私はエマ、あなたの名前は?」
「ルフトです」
「そう、変わった名前ね」
「よく言われます」
ルフトなんて人の名前ではない。
偽名だと思われたかもしれないが、少なくともかつて両親にそう呼ばれていたことは確かだ。
「それで、どう言った経緯で俺はここに運び込まれてきたんでしょう?」
「2日前の朝に水汲みに水路に行った方があなたを見つけて、男手を集めてここまで運んできたのよ」
「2日前……」
ということは丸2日もの間、俺は眠りこけていたということになるのか。
ニコラはどうなったのだろうか。
エメリヒはまだこの町にいるのか?
「こらっ、何か思い悩んでいるようだけど、その前にその方にお礼を言わなくてはいけないでしょ」
「は、はい。そうですね」
「よろしい。朝食にはまだ早いから寝台に戻って寝ていていいのよ。どの部屋か分かる?」
「分かります」
今の今までどうやって教会を抜け出すかばかり考えていたが、朝食という言葉に腹が鳴った。
言われたことが本当ならば丸2日何も食べていないことになる。
空腹なのも仕方がない。
とりあえず朝食を頂いてから考えよう。
そう思って俺は自分に与えられた寝台に戻り、痛みに眠れないまま横になって考えにふけった。
エメリヒはなんと言っていた?
ブロッケンブルクに王女様が泊まっていると言っていた。
そして空賊たちの計画にそれが関わっているとも。
空賊が何をするつもりなのかは分からないが、俺たちが用意させられたのは空賊たちの逃走ルートだ。
ということはその終着点で待ち受けていれば、少なくとももう一度空賊らに、それに加わったエメリヒに接近することはできる。
だがその場合、空賊らが揃っている前でエメリヒをどうにかしなければならない。
どうにかしなければならない?
俺はなにをどうしたいというのだ?
決まっている。
復讐だ。
ニコラが撃たれた時のことを思い出す。
俺には何もできなかった。
ただ立ちすくみ、事の成り行きを黙って見ているしかできなかった。
銃口が自分に向けられても同じだった。
俺はニコラが自分の身に代えて俺が逃げる時間を稼いでくれてようやく逃げ出したに過ぎない。
ニコラは俺の大事な兄貴分だった。
少し抜けたところはあったが、ここ一番では頼りになった。
だからエメリヒも最初にニコラを撃ったのだろう。
俺よりもニコラのほうが脅威だったからだ。
それは間違っていなかった。
事実、ニコラは撃たれてなお俺を逃がすために銃を手にしたエメリヒに向かっていったのだから。
俺は強く拳を握りしめた。
筋肉が張り詰め、ぎりぎりと全身が痛んだが、そんなことはお構いなかった。
この痛みを忘れてなるものか。
この悔しさを忘れてなるものか。
だからエメリヒ、お前だけは俺がどうなっても殺してやる。
殺してみせる。