第十二話 城門の前で
外周街に帰り着くと、アルトゥルからお役御免を言い渡された。
ここからは自警団の仕事で、余所者の出る幕は無いということのようだ。
その物言いに腹は立ったが、その方が俺にとっても都合がいい。
この外周街が襲われるに当たって、取りも直さず俺が守らなければいけないのはヴァレーリヤさんとルフィナさんの2人をおいてない。
俺は早速ヴァレーリヤさんの家に帰ることにした。
2人は再びゴブリンの返り血に染まった俺の姿に驚きこそしたものの、少しは慣れたようで、俺に着替えるように勧めた。
着替えが終わって居間に戻ると、2人はすでに避難の準備を終えていた。
話を聞くといつ俺が戻ってもいいように準備をしておいてくれたようだ。
俺たちは早速荷物を背負って家を後にする。
2人は家を出る時に一度振り返り、名残を惜しむように家を見つめていた。
「急ぎましょう。もう日が暮れるから」
いつ頃ゴブリンたちが進軍を再開して、このエルネ=デル=スニアに到達するのかは分からない。
だが、だからこそ少しでも急いだほうがいいはずだ。
俺は2人の手を引いて振り返らせると、城門のある方向へ歩き出した。
エルネ=デル=スニアの城門の前には人だかりができていた。
数百人、あるいはもっとという数の人たちが城門に向けて進もうとしているのに進まない。そんな状況が生まれていた。
「どうなっているんですか?」
と、周囲の人々に聞いても、誰も何が起きているのか知らなかった。
「ちょっと様子を見てきます」
俺はそう言って人だかりの中に身を潜りこませる。
こういう時は子どもで良かったと思うところだ。
人々はいい顔はしないものの、子どもが相手だと分かると少し身を寄せて通り道を作ってくれる。
それでも四苦八苦しながら、なんとか俺は城門の前辺りまで辿り着いた。
その辺りまで来ると人々の怒鳴り声があちこちから聞こえるようになる。
俺は適当な人を捕まえて、なにがどうなっているのか尋ねた。
「兵士が城門を開けようとしないんだよ。こっちはちゃんと通行税を払うと言っているにも関わらずだ。連中は俺たちの命なんてなんとも思っちゃいないんだ」
門を開けろー!
と、あちこちで声が上がる。
先頭集団は開かない城門を拳で叩いている。
それに対して普段なら城門の前にいる兵士はおらず、城壁の上にいる兵士たちが緊張した面持ちで俺たちを見下ろしている。
まずいな、と俺は思った。
一触即発とまではいかなくとも、かなり緊張が高まっている状態だ。
とても城門が開くとは思えない。
俺は人だかりをかき分けてヴァレーリヤさんたちのところまで戻ってきた。
「どうだったの?」
「城門が開いてないんです。前の方ではかなり緊張が高まっています」
「東門のほうはどうかしら?」
「行ってみましょう」
しかしながら東門のほうでも状況は同じだった。
外周街の人々が大挙して押し寄せてはいるが、門が開く様子は一向に無い。
「しかたがないわ。ここで門が開くのを待ちましょう」
「門、開くのかなあ……」
「ゴブリンたちが現れたら、いくらなんでも見殺しにはされないと思うわ」
果たしてそれはどうだろうか?
人の良いヴァレーリヤさんはそう思うのかもしれないが、現実というやつはいつだって冷酷だ。
ゴブリンたちの大軍勢を前にすれば城門を開くというのはさらに難しくなるに違いない。
それでも虐殺が始まれば、誰かが良心の呵責に耐えられなくなって門を開けようとするだろうか?
「難しい顔をしているわ。心配? ルフト」
「そりゃ心配ですよ。門が開くと決まったわけじゃないんですから」
「大丈夫よ。きっとなんとかなるわ」
そんな希望的観測では物事は上手く進まないのだ。
門が開かないということを前提で物事を考えておく必要がある。
「最悪の場合でも城壁に身を寄せていれば大丈夫。結界の力が私たちを守ってくれるはずよ」
「結界? 結界ってなんですか?」
それは初めて聞く話だった。
「エルネ=デル=スニアには魔物が入れないように結界が張ってあるの。城壁が築かれたのはその範囲の内側だから、城壁の外側はギリギリ結界の内側のはずよ」
「それは確かなんですか?」
「少なくともそう聞いてはいるわ」
「でもそんな結界があるなら城壁を築く必要なんて……」
そこまで言って気がついた。
エルネ=デル=スニア全周を囲むこの巨大な城壁は魔物の侵入を防ぐためのものではなく、外周街の人々を隔絶するためのものなのだ。
そう考えれば城門が開かないのも納得が行く。
エルネ=デル=スニアは元々外周街の人々を同じ国民などとは露程にも思っていないということだ。
ということはますます門が開く可能性は無くなったと見ていい。
「城壁が築かれたのはずっと昔のことよ。今のエルネ=デル=スニアの人々がどう考えるかは別の問題だわ」
「でも現実は門は閉じています」
「まだどうなるか決まったわけじゃないわ。私は門が開くことを信じてる」
「そう、ですか」
こんな会話をしている間にも東門に集まってきた人々が次々と合流し、俺たちは人だかりの中ほどに閉じ込められていた。
こうなると身動きを取るのも難しい。
俺やルフィナさんならともかく、ヴァレーリヤさんも一緒に移動するとなると相当に困難だろう。
いつの間にか日も暮れて、城壁の上には次々と篝火が焚かれた。
俺たちはそれを見上げ、身動きが取れないままでいる。
このままでいるのは良くない。
そうは思うのだが、何をどうするべきなのか思い浮かばない。
ゴブリンたちは進軍を再開しただろうか?
そして今夜の内にエルネ=デル=スニアに到着するのだろうか?
エルネ=デル=スニアの結界とやらはどれほど信用できるのか?
実際の効果範囲はどこまでなんだ?
魔物が入ってこれないというのは具体的にどういうことなのか?
何も分からない。
何も分からないまま夜が更けていく。
第十三話の投稿は7月3日18時となります。




