第十話 南の森の死闘
どれくらい眠っただろうか。
俺は肩を揺さぶられて目を覚ます。
交代の時間ですか?
と言いかけた俺の口を塞がれる。
「シッ――」
俺の口を塞いだのは緊張した面持ちのキリルさんだった。
ザハールさんは先に起きていて、じっとある方向を見ている。
その視線を追いかけて、俺は揺り起こされた理由を悟った。
森の中を炎の篝火が移動している。
「坊主の言った通りだな――」
しゃがんだザハールさんは小声でそう呟く。
「後はどれくらいの数がいるか、だ。連中の進みそうな方向を避けつつ接近するぞ」
俺たちは手早く荷物をまとめて移動を開始した。
今や篝火は間違いなくエルネ=デル=スニアの方角を目掛けて進んでいる。
この夜には無理だろうが、明日の夜には到着しそうな勢いだ。
「間違いなくゴブリンの軍勢だ。それも大軍勢だ」
森の中で息を潜め、俺たちはゴブリンどもの偵察を行う。
ゴブリンたちは昨夜と変わらずに騒がしく音を立てながら進んでいる。
それは彼らの話し声であったり、装備が立てるガチャガチャという音であったりした。
「明らかに統率されているな。数も数百ではきかん。数千という坊主の見立ては正しい」
「どうしますか? ザハールさん」
明らかにうろたえた様のキリルさんがそう尋ねる。
「どうするもこうするも自警団ではどうにもならん。城壁の内側に入れてもらえるように願い出るしかあるまい。キリル、ルフト、偵察はもう十分だ。引き上げるぞ。行けるな?」
キリルさんと俺は頷く。
俺たちはザハールさんの先導でゴブリンの軍勢から離れようとした。
離れようとしたのだ。
しかし俺たちがその場を離れようとした途端、森の中から一斉にゴブリンたちが現れ、俺たちを取り囲んだ。
「うわぁ!」
キリルさんが情けない悲鳴を上げる。
その気持ちも分からないでもない。
キリルさんの悲鳴が一瞬遅ければ、俺も同じような声を上げたかもしれない。
しかし誰かがパニックに陥ると、自分は妙に冷静になれたりするものだ。
ゴブリンの数は10以上、とても3人で対処できる数ではない。
「ザハールさん、キリルさん、一点突破で包囲を抜けて逃げましょう」
「言われるまでもねぇ」
「ははははいっ!」
俺たちが結論を出すのを待っていたかのようにゴブリンたちは一斉に飛びかかってくる。
俺に向かってきたのはゴブリン2匹。
俺はナイフと鉈を抜いて、同時に襲ってきた棍棒と短剣を受け流す。
しかし二刀流の受け流しなど初めての経験で、攻撃に移るほどの余裕はない。
それでも体を前にねじ込んで、ゴブリンたちの間を抜ける。
その先にはさらに弓矢を構えたゴブリン。
咄嗟に横に飛んで避ける。
「ぎゃっ!」
と、声が上がり、矢は俺ではない誰かに命中したようだった。
だがそれが誰かなんて確かめている余裕はない。
俺は次の矢を番えようとしていた弓ゴブリンに跳びかかって、体当たりしながらその胸に右手のナイフを突き立てる。
ぐりっと捻って引きぬく。
どぱっと緑色の血が溢れた。
それと同時に左手の鉈を振るって、その顔面に叩きつける。
鉈はゴブリンの頭蓋骨に当たってガツンと跳ね返された。
だが顔をまともに切り裂かれたゴブリンは悲鳴を上げながらその場で悶絶する。
こいつはもういい――。
が、休む暇などあるはずもない。
左右からゴブリンが襲いかかってきて、受け流す余裕などなく俺は体を前に投げ出した。
前転してから振り返ると、攻撃を空振りしたゴブリン2匹と、最初に相手をしたゴブリン2匹の合わせて4匹が俺に向かってきている。
「ザハールさん! キリルさん!」
ザハールさんは鉈を手にゴブリンたちと善戦している。
しかしキリルさんの姿が見えない。
「すぐ追いつく! ルフト、先に行け!」
ザハールさんが声を上げる。
「できませんよ!」
叫ぶと同時に襲いかかってきた短剣をナイフで受け流す。
最小の動きでそのゴブリンの首を刺す。
そして横に切り裂いた。
血しぶきが舞い、俺を濡らす。
鉈、鉈さえ意識しなければ、そして一匹ずつなら対処できる。
しかし鉈を捨てれば2匹同時に襲いかかってこられた時にどうしようもなくなる。
でもどうせ3匹以上に来られたら同じことだ。
俺は鉈を捨て、向かってきているゴブリンたちにこちらから飛び込んでいく。
それまで受け身に回っていた俺が急に攻撃的になったからだろう。
こちらに駆け寄ってきていた3匹はぱっと散開する。
俺はその中から棍棒を持っていた1匹に狙いを定め、一気に肉薄する。
棍棒が振り下ろされる。
だが腰は引けており、大振りだ。
受け流すまでもなく半身を捻って避け、返す刃でその首を切り裂いた。
残された2匹が左右から同時に襲い掛かってくる。
短剣持ちとナイフ持ち。
俺は短剣持ちのゴブリンの顔目掛けて魔法で生み出した水の塊を飛ばした。
結果は見ずにナイフ持ちのゴブリンに向き直り、そのナイフの一撃を受け流すと、そのままその横に回り込むように移動して、ナイフでその腹を突いた。
1回、2回、3回、怯んだところでその首目掛けてナイフを振るうが、ナイフを捨てて首をかばったゴブリンの手に遮られる。
ゴブリンの手のひらを大きく切り裂いたナイフを引いて、その背後に回りこみ、背中を突く。
2度突いたところで短剣持ちが肉薄してくる。
俺は散々突き回したゴブリンの体を蹴り倒し、短剣ゴブリンを迎撃する。
奇っ怪な叫び声を上げながら迫ってくるゴブリンだが、やはりその攻撃は大振りで躱すにも受け流すにも容易い。
一振り、一振り毎にゴブリンの体には傷が増え、動きが鈍くなったところでその胸にナイフを突き入れる。
肋骨に当たるが、ゴブリンの胸を切り裂くようにナイフを滑らせて、肋骨のさらに奥深くにナイフを潜りこませる。
捻って引き抜くと、俺はそのゴブリンの体を蹴倒した。
それからザハールさんを取り囲んでいるゴブリンの1匹の背中にナイフを突き立てる。
めった刺しにして、顔を上げると驚愕に顔を歪めたザハールさんと目が合った。
その足元にキリルさんが倒れている。
死んではいないようだが、体中が傷だらけだ。
「ルフト、ここを頼む!」
今俺が1匹倒して、ザハールさんを囲んでいるゴブリンは4匹になった。
俺は迷わずその囲いに飛び込んで、ゴブリンたちを牽制する。
その間にザハールさんがキリルさんを担ぎ上げ、俺が切り開いた方向に向けて走りだす。
俺は魔法で発生させた水をゴブリンたちに浴びせかける。
さっきは効果のほどを見られなかったが、突然水を浴びせかけられてゴブリンたちは一瞬面食らう、その程度のことだった。
だがその一瞬でもありがたい。
俺も背を向けてザハールさんの後を追う。
キリルさんを担いだザハールさんにはすぐに追いついた。
ゴブリンたちも当然ながら追ってくる。
だがその足の早さは個体によりけりだ。
真っ先に追いついてきたゴブリンに、俺は振り返って相対する。
このゴブリンは武器を持っていなかった。
その代わりに右手に手甲をつけている。
格闘戦をするゴブリン、そんなのもいるのか。
ナイフを振るうと、ゴブリンは手甲で受けて流す。
そして俺に接近して左の掌底を俺の腹部に叩きこむ。
「ふぐっ」
思わず変な声が漏れる。
だが俺のナイフも同時にゴブリンの腹部を捉えていた。
ダメージの差は言うまでもない。
俺のナイフはゴブリンの腹部を切り裂いて、その中身を溢れさせた。
俺は痛む腹をさすりながらザハールさんに追いつく。
そのまましばらく走っていると、ゴブリンは追撃を諦めたのかその姿が見えなくなった。
第十一話の投稿は7月1日18時となります。




