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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第一部 第二章 アインホルン
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第二十一話 エルネ=デル=スニア

 もうすぐ日が暮れようかという頃になって俺たち一行はようやくエルネ=デル=スニアの目前に迫っていた。

 エルネ=デル=スニアの外周域はボロ屋のような家屋が多く、見た目こそ大きく異るものの、かつて暮らしていたシュタインシュタットの旧市街をどことなく思い出させる。

 人々は俺たちの姿を見ると、怯えたように慌てて家屋に入り、窓を閉じた。


「あまり良く思われていない感じですね」


「わたしたちは異人種だからね。自分たちとは異なるものを人は恐れるものさ」


 ウルスラさんの言葉に頷く。


「見た目も私たちとは異なりますね」


 エルネ=デル=スニアの人々には頭に獣のような耳がついている。

 最初は獣の毛皮を被っているのかと思ったが、どうやらそういう人種であるようだ。


「ゴブリンたちとの違いはなんなんでしょうか?」


「そりゃ人と魔物の違いさ。ゴブリンたちのあの血の色を見ただろう。魔物の血はああやって緑の色になる。ここの住人たちはわたしたちと変わらない赤色さ」


「確かめたんですか?」


「最初の交易の時にね。魔物ではないかと疑われたんだよ。姿も違う、言葉も通じないでは仕方のないことさ。そこで姫様が自ら指に傷を付けて血の色を彼らに見せたんだよ。すると彼らも返礼のように同じことをして返した。そうやってわたしらはお互いが魔物ではないことを確認し合ったんだよ」


「マリア王女殿下自らがそうしたんですか」


「止める間もなかったね。そういう方なのさ」


「それで言葉は通じるようになったんですか?」


「船乗り何人かをね、しばらくこの国に滞在させて言葉を覚えさせたんだよ。彼女らから学んでわたしや姫様も少し話せる。交易する分には何も問題はないよ」


 そんな話をしているうちに一行はエルネ=デル=スニアの門の前にたどり着いた。

 石造りの立派な門で、分厚い木の扉が開かれている。

 その周囲には衛兵と思しき人々が槍を持って警戒に立っていた。

 どうやらエルネ=デル=スニアでは門の内側に暮らす人々と、門の外側に暮らす人々がいるようだ。

 その境界線には石造りの城壁が立ちふさがっており、簡単に乗り越えられそうにはない。

 そしてこれから商談を行う相手は門の内側にいるようだった。


 一行は衛兵のところに進んでいって、船乗りの1人が衛兵に話しかけた。

 それまで警戒態勢だった衛兵たちの態度があからさまに軟化する。

 そしてイルメラ二等航海士が衛兵に金らしきものを払い、俺たちは門の内側に入った。


 門の内側でも俺たちに向けられる視線は、外側とそう大して違いはなかった。

 俺たちの姿を見ると、逃げ出しこそはしないものの、距離を置いて道を開ける。

 おかげで進みやすかったが、居心地の悪さはどうしようもない。

 その代わりというわけでもないが、こちらは彼らのことをしっかり観察しておくことにした。


 エルネ=デル=スニアの住民が獣の耳を持つことは先にも言ったが、どうやら単一の種族というわけでもないようだ。

 長い耳を持つもの、短い耳を持つもの、垂れたような耳を持つものなど、色々な種類がいる。

 それだけではなく、彼らには尻尾もあることが分かった。

 ますます獣じみている。

 ウルスラさんは彼らを人だと言ったが、俺にはどうしても自分と同じ種族だとは思えなかった。


 一行はエルネ=デル=スニアの町の中を中心部に向けて進み、やがて木造だった家屋が石造りに変わる。

 道を行く人々は相変わらず獣の特徴を持っていたが、着ているものが少し上等になったような印象を受ける。

 シュタインシュタットで言うならば旧市街から新市街に移動したような感じだ。

 この辺りでイルメラ二等航海士がフリーデリヒさんと船乗り数人を連れて隊列から離れていった。

 宿を探しに行くそうだ。


「どの家も階段を上がったところに入り口があるんですね」


「この地方じゃまだまだ雪が積もるからね。雪で出入り口が塞がれないようにああなっているのさ」


「なるほど」


 町の中では踝程度までしか雪は積もっていなかったが、まだ冬は始まりを迎えたばかりだ。

 ウルスラさんの言ったようにこれからまだまだ雪は積もるということなのだろう。


 やがて一行は一件の石造りの店舗の前で歩みを止めた。

 先んじて船乗りが店の中に入り、店の人間を連れて戻ってきた。

 案内されて店内に足を踏み入れる。

 二重になった扉をくぐると、外気とは驚くほどに違う温かい空気が出迎えてくれる。

 店内には見たこともないような装飾品の数々が並んでいて、ここが目的の店なのだと改めて認識する。

 船乗りたちが運び込んできた木箱の蓋を開けると、こちらにも装飾品がぎっしりと詰め込まれていた。

 それを見た店主と思しき獣人(けものびと)――こう形容するしかない――の目がきらきらと輝く。


「――――!」


「――――」


 なにやら分からない言葉でまくし立てる店主に、マリア王女殿下が同じ言語で言葉を返す。

 何を言ってるのかはさっぱり分からないが、どうやら交渉が始まったようだ。

 分からない言語に、交渉事となると俺の出番はどこにもない。

 店主が木箱の中から装飾品を取り上げ、色んな角度からそれを確認したり、またマリア王女殿下が店内の品物からあれやこれやを選んだりして、交渉は順調に進んでいるように見えた。

 やがて木箱の中身はすべて運びだされ、代わりの装飾品が木箱に詰められていく。

 木箱に収まった装飾品は持ち込んだ量からするとかなり目減りしていたが、その代わりにマリア王女殿下は店主からお金と思しきものをある程度受け取っていた。

 交渉に要した時間は二時間ほどだっただろうか。

 店の外に出るとすっかり日が暮れており、イルメラ二等航海士たちがランタンを手にして待っていた。


「宿が見つかりましたので、ご案内します」


「そうして頂戴」


 イルメラ二等航海士が見つけてきた宿は俺たちが通った門にほど近い、どちらかと言えば安宿に分類されるようなところだった。

 聞いてみればこの町では宿を必要とするような旅人は商人くらいのもので、高級宿には需要がないらしい。

 マリア王女殿下が泊まるには粗末すぎないかと思ったが、当の本人は気にしている様子はなかった。

 宿の1階は食堂になっており、人で賑わっている。

 どうやらこちらが本業のようだ。

 食事をするには席が空いていなかったので、早々に部屋に入ることになる。

 2階の客室は他に客がいなかったのだろう、貸し切りだということで、俺はウルスラさんと同室に割り振られた。


「どうだい? 疲れたろう」


 少ない荷物を床に置いて、奥のベッドに腰掛けたウルスラさんがそう問いかけてきた。


「いえ、それほどでもないです」


 実際、雪の中、長距離を歩いたにも関わらず体力にはまだ余裕があった。

 フィーナ様から課された鍛錬はこういうところでも実を結んでいるということだろうか。

 その代わりに全身の筋肉痛が収まることもなかったが。


「そうかい。ならわたしのほうが休ませてもらおうかね。食事は各部屋に配られるそうだから、戸が叩かれたら起こしてくれないかい?」


「分かりました」


 そう言ってウルスラさんはベッドに横になる。

 残された俺は習慣的に三角関数の公式を思い浮かべる。

 もういい加減覚えてしまった。

 そろそろ別のことを覚えようとしてもいいかもしれない。

 例えば、そう、エルネ=デル=スニアの言葉を教えてもらうのもいいかもしれない。

 周りの人が何を話しているのかまったく分からないというのは不安だ。

 片言でも覚えておけば、なにか役に立つ時が来るかもしれない。


 それからフィーナ様との鍛錬を思い浮かべた。

 実際に体を動かして動きを確かめたいところだが、ウルスラさんを起こしてしまうだろうから、頭の中でだけだ。

 そしてゴブリンとの遭遇戦のことも考える。

 後ろに守る人がいる場合、迂闊に後ろに下がることはできない。

 その中でフィーナ様の剣を捌くイメージを思い浮かべる。

 ひとつ、ふたつ――、3つめを捌く前にフィーナ様の剣が俺の体を打つ。

 守るだけでは駄目だ。

 こちらからも攻めないと。


 そんな風に思考の中で戦闘訓練をしているうちに部屋の戸が叩かれる。

 俺は訓練を打ち切って、ウルスラさんを起こし、宿の給仕から食事を受け取った。

 何かの肉を調理したものと、黒パンとスープという食事は、船の味気ない食事に比べるまでもなかった。

 すっかり満足した俺は、同じように食事を終えたウルスラさんにエルネ=デル=スニアの言葉を教えてもらうことにする。

 もちろんほんの片言の挨拶程度ではあったが。

第二二話の投稿は本日20時となります。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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