第二十話 雪路
浮遊船の乗り降りには積み荷を積み下ろしするのと同じリフトが使われる。
ロープで固定された木の板を、巻き上げ機を使って上げ下ろしするのだ。
マリア王女殿下と共にリフトに乗り込み、数十メートルはあろうかという高さをゆっくりと下降していく。
20余名の船乗りが先に降りているのだから、安全だとは分かっていてもこの高さにはゾッとしないではいられない。
そしてようやくリフトが地に着くと、ぐしゃと雪の大地が迎えてくれた。
降り立つと大地が少し揺れている感じがする。
「しっかり立ちなさい。ルフト士官候補生」
先に降りていたフリーデリヒさんから叱責される。
「大地のほうが揺れているんです」
「それは気のせいよ。ずっと揺れる船の上にいたからそう感じるだけ」
そう言うフリーデリヒさんも重心を真っ直ぐに保つのに苦労している様子だったが、そこは言わぬが花だ。
船から降りてきたメンバーには艦長が指名したメンバーとマリア王女殿下、ウルスラさん以外にも3人の見知らぬ女性がいた。
船の乗組員はもう全員顔を知っているとばかり思っていたので驚きだ。
「彼女たちは?」
「まだ顔を合わせていなかったの? アインホルン号の魔法使いたちよ。まあ普段は部屋にこもりっきりだから、知らなくとも当然かもね」
「挨拶しておいたほうがいいでしょうか?」
「好きにしたらいいんじゃない?」
そういうことならと俺は彼女らに挨拶をすることにした。
3人の名前はそれぞれ、アデーレさん、オリヴィアさん、ヴァルトルートさんと言い、アインホルン号の魔法使いというよりはマリア王女殿下に雇われている魔法使いだということだった。
もう出発するとのことでそれ以上のことは聞けなかったが、できれば魔法のコツなんかを教われないものかと思う。
今度時間ができたら部屋を訪ねてみよう。
こうして総勢28名は隊列を組んで深く雪の積もった山の中を降りていく。
てっきり山道でもあるのかと思っていたが、そんなことはなく、森の中の道無き道を進んでいく。
先陣を切るのはフィーナ様とオリヴィアさん、その後ろに船乗りが4人。
それからマリア王女殿下とウルスラさんとアデーレさんと俺。
その後ろに木箱2つを運ぶ船乗りたち。
一番後ろにイルメラ二等航海士とフリーデリヒさん、ヴァルトルートさんに10名の船乗りたち。
一歩ごとに俺の足は膝ほどまでが雪に埋もれ、苦労しながら一歩ずつ進んでいく。
当然のようにマリア王女殿下も徒歩だ。
疲労など露ほども感じさせない軽やかな歩きで、雪道を進んでいる。
1時間ごとに小休止を挟み、木箱の運び手が交代しながらエルネ=デル=スニアに向けて山を降りていく。
3度目の休憩の後、しばらく進んだところで、フィーナ様が急に歩みを止めた。
それに従うように後列も一斉に足を止める。
「全周警戒! 何か来るぞ」
その声に船乗りたちが一斉に武器を抜き、木箱とマリア王女殿下を守るように円陣を組む。
フィーナ様も剣を抜き、魔法使いたちは杖を構えた。
俺も思わず剣の柄に手を置いたが、マリア王女殿下の命令を思い出してぐっと堪える。
次の瞬間、進行方向の左の森の中から一斉に黒い影が飛び出してくる。
俺と変わらぬ体躯の子どものような姿にぎょっとする。
しかしよく見てみれば彼らは人間の子どもとは似ても似つかぬ存在だった。
唇からはみ出した犬歯というよりは牙に、額から突き出した角のような何か。
彼らはわけの分からない言葉を喚きながら、木の棍棒や、ボロボロの刃物などを手に襲いかかってくる。
接敵すると同時にフィーナ様の剣が一閃して、一番近場にいたその影の首を跳ね飛ばす。
緑色の体液が飛び散り、辺りの雪景色を染めた。
話には聞いたことがあった。
下層世界にいる緑色の血液を持つ生き物たちのこと。
聞きかじりのそれが正しければ、彼らは魔物と呼ばれる生き物だ。
あちこちで武器と武器のぶつかり合う音がして、あっという間にその場は戦場と化した。
他の船乗りたちもフィーナ様ほどではないものの、魔物を相手によく戦っている。
しかし魔物の数は多く、10や20ではきかない。
その上、まだまだ森から押し寄せてくる。
「マリア王女殿下!」
「落ち着きなさい。ゴブリンよ。私たちの敵ではないわ」
マリア王女殿下がそう言うと同時に、ヴァルトルートさんが生み出した炎の塊がゴブリンたちの集団のど真ん中に着弾して、爆発した。
轟音の後には焼けた木々と雪が溶けて露出した地面と、真っ黒焦げになったゴブリンたちの死体が無数残されていた。
それを見たゴブリンたちはぎゃあぎゃあ喚きながら、三々五々に散っていく。
「追うな! 負傷者はいるか?」
3人の船乗りが軽い怪我を負っていたが、アデーレさんが治癒魔法であっという間に傷を塞いでいく。
俺は剣の柄を握りしめたままだった手をゆっくりと離す。
はーっと長い息を吐く。
白い息は風に流されて行く。
「ね、言った通りでしょう?」
「はい。しかし私ではお役に立てないのでしょうか?」
「そんなことは思っていないわ。フィーナ、ルフトの腕前はゴブリンと比べてどうなの?」
「一対一で遅れを取ることはないでしょう。しかし集団戦でどう動けばいいかを教えていません」
「もう、言わなくていいことまで言うんだから。でも分かったでしょう。あなたのことを役立たずだなんて考えていないわ。ただ今回は戦うために剣を持たせたのではないの。だから学ぶなら見て学びなさい」
「はい。分かりました」
そうして一行は再び歩き出す。
俺は今の戦いから何か学べることは無いか考えていた。
フィーナ様との訓練は一対一の戦いを前提としたものだ。
それとは全く違う集団戦。
それもマリア王女殿下を守るための戦いともなれば、大きく違う点が幾つもある。
仲間の存在、敵の増援の存在、守るべき対象が後ろにいること。
ただ目の前の敵と戦えばそれでいいわけではない。
もし自分がその隊列を組んだ1人だったら?
大切なのはきっと隊列を維持することだ。
前に出過ぎないこと、後ろに下がり過ぎないこと。
目の前の敵を倒すことよりも、陣形を維持し、崩さないこと。
こうやって考えるのは簡単だ。
だが実戦でそれができるだろうか?
そう考えると、俺が今実戦に出ないのは当然のことのように思えた。
今の俺には考えも経験も足りていない。
そのことがたまらなく悔しく思えた。
第二一話の投稿は本日18時となります。




