第十五話 師事
「は……?」
顔を上げるとフィーナ様が唖然とした表情で立ち尽くしていた。
ある意味、始めてフィーナ様に不意打ちを食らわせることに成功したようだ。
「君は何を言っているんだ? 意味が分かっているのか?」
「十分に分かっているつもりです。私は未熟です。誰かに学ばなければ強くなれそうにありません。そしてこの船で一番強いのはフィーナ様です。フィーナ様に剣を教わるのが一番だと思いました」
「だが君が相手にしなければならない相手もまた私だろう。その私が素直に剣を教えるとでも?」
「分かりません。でもそれ以外に思いつかないんです。不意打ちや、夜襲、他にも卑怯な手はいくつも考えましたが、フィーナ様に一撃を入れられるイメージがどうしてもできないのです」
「つまり君は真っ当に強くなって私に一撃を入れようと考えているのか?」
「そこまで自惚れてはいません。剣を習って強くなって、その上で卑怯な手を使わせていただきます」
正直にそう言うとフィーナ様が口元をふっと緩めた。
「それはマリア様が好みそうな答えだな。いいだろう。剣を教えてやる。多少、教えたところでどうこうできるものでもないと私自身も証明しなければならないからな」
「ありがとうございます!」
こうして夕食後のこの時間はフィーナ様から剣を教えてもらう時間となった。
まずは我流だった構えを徹底的に直すことから始まり、フィーナ様が得意とする細剣の扱い方を学ぶ。
「君は受け流しが上手いから、ついつい相手の間合いに深く入っていってしまう癖があるようだ。まずは間合いの取り方を覚えろ。相手の体格と武器の長さから、相手が踏み込んできても攻撃が届かない外側にいるようにするんだ」
「それでは私の攻撃が届きません」
「いいから構えてみろ」
言われるがままに木剣を構え、フィーナ様の間合いから遠ざかる。
フィーナ様が踏み込んできても攻撃の届かない距離を想像して位置取る。
「腕を引いて、まだ近い」
無意識のうちに間合いを探ろうと手を伸ばしていたようだ。
教えられた通りに構え、もう一歩下がる。
俺からは到底攻撃の届かない距離だ。
「そう、その辺りだ。この木剣ではそこまでは届かない。もちろん武器が変われば間合いも変わる。そこは感覚で覚えるしかない」
「ここからどうしたらいいのでしょうか?」
「君の体格では先に攻撃するのは難しい。そこでまずは相手の攻撃を誘うしかない。一歩前へ」
言われた通りに前に一歩出る。
するとフィーナ様が手加減した速さで木剣を突き出してくる。
俺は反射的に手にした木剣でその突きを払った。
「もっと小さな動きで払う。それから払うと同時に踏み込んでみるんだ」
もう一度突きが飛んできたので、今度は払う動作にも注意しながら、払いつつ前へ踏み込む。
その時にはフィーナ様の剣は手元に引かれ、万全の構えに戻っていた。
「まだ届きません」
「踏み込みが遅いからだ。私が剣を引くより速く踏み込めていたら、少なくとも腕は狙えた。違うか?」
「違わない、と思います」
「ではもう一度間合いを取るところからだ」
そんな感じでフィーナ様からしごかれ、最終的には剣を繰り出すのが遅いと、素振り千回を命じられた。
本気で剣を突くと、20回を数える頃にはもう腕が重くなり、100回を超えると腕が上がらなくなってくる。
それでもなにくそと剣を突き続けるうちに、フィーナ様はしっかりやっておくようにと言い残していなくなり、時折向けられる船乗りたちからの好奇の目も意識できなくなってきた。
300回を数えると、もう腕に力を入れることもできず、ただ数を数えながら剣を突き出すだけになる。
500回を終え、何度目かになる小休止を挟んでいるとひょっこりとナタリエさんが顔を出した。
「おー、やってるね。どうかな、何回くらい終わった?」
「ご、ごひゃくです……」
息も絶え絶えにそう答える。
「ようやく半分かー。まだまだかかりそうだね。いつもならもう寝る時間だけど、大丈夫?」
「先に寝てて、ください。俺は、終わらせてから眠ります、から」
「そっかー」
そう答えながらナタリエさんは階段に腰掛けた。
「ちょっとだけ見ててあげるから頑張りなよ」
「はは、ありがとうございます……」
いかにナタリエさんが相手とは言え、あまりヘタっているところを見せたくない。
俺は気力を奮い起こして剣を構えて突く。
「ごひゃくいち……、ごひゃくに……」
そんな俺を何が楽しいのかナタリエさんは笑顔で見守っている。
「がんばれー」
時折飛んで来る声援を受けながら、俺は素振りを続ける。
その数が600を超え、700を超えてもナタリエさんは立ち去る気配が無い。
ふと考えが頭を過ぎって、俺は木剣を杖のようにしながら、ナタリエさんに尋ねた。
「……もしかして、フィーナ様に監視を命じられました?」
「ううん。違うよ。確かに話は聞いたけどさー。純粋に頑張ってるなー。えらいなーって思ってるだけ」
無性に恥ずかしくなって、俺は返事をせずに再び素振りに戻った。
800、900、――1000。
結局ナタリエさんは最後まで俺の素振りに付き合ってくれた。
彼女がいてくれなければ途中でヘタレて止めていたかもしれない。
そう思うと感謝してもしきれないくらいだ。
疲労困憊の俺はそのまま部屋に帰って深い眠りにつこうとしたのだが、ナタリエさんの言葉で俺の動きは止まった。
「汗臭いよー。シャワー浴びなよ。着替えは持ってってあげるからさ」
「いや、もう腕あがらないんですし、俺はシャワー室への立ち入りは禁止されてるんですけど」
「この時間なら誰も入ってないよ。大丈夫。汗を流すだけでいいじゃん。同室なんだよ。臭うのはやだよー」
「駄目です。バケツで水浴びしますから、それで我慢してください。着替えは持ってきてくれると嬉しいです」
熱いお湯が出るというシャワー室への誘惑は大きかったが、なんとか振り切って甲板で水浴びをすることにする。
吹き付ける風はあっという間に体温を奪っていって、さっきまで熱くてたまらなかった体が、もう寒さに震え始める。
ナタリエさんが持ってきてくれた服に着替えて、俺はようやく眠りにつくことができるのだった。
第十六話の投稿は本日8時となります。




