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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第一部 第二章 アインホルン

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第十一話 三等航海士

 ダニエラ三等航海士は良い教師だった。

 正午の鐘が鳴るまでに俺は足し算引き算のみならず、掛け算割り算の基本まで覚えることができた。

 問題は九九が一度に覚えられなかったことくらいだ。

 だが要は足し算の要領で別に計算すれば問題が解けないというわけではない。

 割り算についても同じことだ。


 浮遊船に残っている食料の量を、乗組員全員が一日に消費する食料の量で割れば、この船があとどれくらい航海を続けられるか算出できる。

 俺は何度も検算を繰り返し、答えに間違いが無いことを確認した。


「63日です」


 もちろんダニエラ三等航海士や、フリーデリヒさんはとっくに計算を終えている。

 俺は固唾を呑んで彼女らの反応を待った。


「よろしい。私たちも同じ答えだ」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「しかし時間がかかりすぎだ。まずは九九を暗記すること。これから正午天測を行う。その後は三角関数だ。覚悟しておくように」


 それから俺たちは急いで甲板に向かった。

 なんとか他の士官よりも先に甲板に到着し、冷たい風に耐えながら乗組員が用意してくれた木箱から六分儀を取り出して、いつでも天測ができる状態にしておく。

 ここで他の士官候補生とも知り合うことになった。


「ドリス士官候補生よ。よろしく」


「ヨハンナ士官候補生だよ。私もよろしく。ルフトくん」


 ドリスさんはこげ茶色の髪をショートカットに、ヨハンナさんは暗めの金髪を首の後ろでまとめている。

 どうやら士官候補生はショートカットでなくてはいけないということはないようだ。

 ドリスさんはナタリエさんと同じくらいの年齢に見える。ヨハンナさんはさらにもういくつか年上のようだ。


「どう? フリーデは君に辛く当たってない?」


 ヨハンナさんが小声でそう聞いてくる。

 それは彼女がフリーデリヒさんが俺に何か恨みを持っていることを知っていると示していた。


「いいえ、良くしてもらっています」


 これはおべっかではなく、心からそう思ってのことだ。

 フリーデリヒさんが俺のことをどう思っていようと、それを我慢して仕事に徹してくれているのはよく分かっている。

 それは中々出来ることではないと思う。

 だから多少、俺に対する態度が素っ気なかったりしても、それをどうこう言うつもりは俺には無かった。


「フリーデも少しは大人になったということかな。それとも君の境遇がそう言わせているのかな」


 ヨハンナさんは少し困ったようにそう言った。

 それはどういうことかと尋ねようとしたが、時刻鐘が俺の質問を遮るように鳴らされた。

 それと同時に艦長や他の士官も現れて、がやがやと天測が始まる。

 俺もダニエラさんから細かいことを教えてもらいながら、六分儀を地平線に向けた。


 六分儀というのは簡単に言うと太陽の高さを調べるためのものだそうだ。

 おおよその角度を目分量でつけておいて、地平線を覗き込むと、鏡によって反射された空と地平線が同時に目に入るようになっている。

 ここから向きやら鏡の角度やらを調整して、地平線と太陽が同じ高さになるようにする。

 すると鏡の角度に対してつけられた目盛りから、太陽の高さというか、角度が読み取れる。


 と、言葉にしてみれば簡単だが、実際にやってみるとこれが中々上手く行かない。

 浮遊船は揺れているから、ちょっと油断しただけで太陽はどこかに行ってしまうし、太陽を見つけたと思ったら地平線が見えなくなっていることなどざらだ。

 それに加えて地平線と太陽の高さを合わせなければならないのだから、その難しさは想像に難くないだろう。

 熟練の士官たちは船の揺れに合わせて体を揺らして、あっという間に太陽の角度を求めてしまった。

 有難いことに四苦八苦しているのは俺だけではなかった。フリーデリヒさんや、ドリスさん、ヨハンナさんでも六分儀を扱うのはまだ慣れていないようだ。

 そのことにホッとしながら、しかし彼女らに負けていられないと俺は必死に太陽と地平線を探し求めた。


 ようやく太陽の角度を求め終え、先ほどまで算術を学んでいた部屋に戻ってきた俺にダニエラさんは驚くべき言葉を口にした。


「ルフトくん、この世界が丸いことは知っているか?」


「はい?」


 間の抜けた返答だったとは自分でもそう思う。

 だがダニエラさんの言ったことは、まるきり俺には理解できなかったので、そういう返答になるのも仕方なかっただろう。

 俺は意味が分からず同席している他の士官候補生たちに目線を向けたが、彼女らは当然という顔をしてそこに座っていた。


「まあ、知らなくて当然だ。だがこれからは知っていてもらわなくては困る。私たちの生きるこの世界は球体だ」


 そう言ってダニエラさんは手元の黒板に丸を描いた。


「あの、それだと世界はどこかに転がっていってしまいませんか?」


 俺の素朴な質問はダニエラさんを絶句させたようだった。


「……いろいろ疑問もあるだろうが、今はそういうものだと覚えておいてくれ。質問は受け付けない」


 今度は俺が絶句する番だったが、質問は受け付けないと言われてしまったので、今は黙って聞いておくことにする。

 しかしそんなことが有り得るのだろうか?

 世界が転がっているのなら、どうして俺たちは振り落とされないんだろう。

 そんな疑問を思い浮かべている間にもダニエラさんは言葉を続ける。


「ではルフトくんがいるので基礎から再確認しよう。フリーデリヒ士官候補生、天測によってどうやって現在地を割り出すのか説明してくれ」


「はい。太陽の角度が分かることによって現在の緯度が分かります。具体的には――」


 とにかくこの世界が球体であることは受け入れなければならないようだ。

 その上でフリーデリヒさんの話をよく聞くと、単純に太陽の角度からだけで現在位置を割り出すわけではなく、その前に天測して得られた現在地からどの方向にどの速度でどれだけの時間移動したかや、また最終的には地図と見える景色から現在位置を判断するようだ。

 だからあくまで天測は補助的な役割であると考えていいらしい。

 なにせ地平線の高さや、観測者の背の高さによって太陽の見える角度は微妙に変化してしまうので仕方ないようだ。

 しかしだからと言って天測を蔑ろにしていいわけではない。

 例えば何の目標物もないような場所では、地図が役に立たず、天測のみが現在位置を知る唯一の術になったりすることもあるのだからだそうだ。


 それから俺は九九のみならず、三角関数も覚えなければならない羽目になった。

 九九はまだ足し算の繰り返しで覚えられるが、三角関数は公式を丸々覚えておいて、その上で実践時にはそれを計算しなければならない。

 流石に今日は黒板の端に公式を書いておいて計算することを許されたが、いずれは完全に覚えてしまわなければならないようだ。

 それ以前にまず明日まで覚えていられるだろうか?


 俺のそんな心配をよそに現在位置の測定は終わり、ダニエラさんは士官候補生たちに解散を命じた。

 俺とフリーデリヒさんもその部屋を後にする。


「それでフリーデリヒさん、次の仕事はなんでしょうか?」


「無いわ」


「えっ?」


「決められた仕事はない。士官から何か命令を受けない限りは自由にしていていい」


「ではフリーデリヒさんはどうされるのでしょうか?」


「そうね、本を読んでいることが多いけれど……」


「本! フリーデリヒさんは読み書きができるんですか?」


「それはもちろん……、あなたひょっとして」


「はい。少しなら読み書きはできますが、本を読めるほどではありません。それであの、よろしかったらなんですが、俺に読み書きを教えてくれないでしょうか?」


 フリーデリヒさんは腕組みをして、下唇を噛むとじっと俺のことを見つめた。


「あなた、もしかして私があなたのことを嫌っていることに気づいていないの?」


「それは……、気づいています。でもフリーデリヒさんに付いているように言われましたし、フリーデリヒさんから学べることは学んでおきたいんです」


 フリーデリヒさんは救いを求めるようにフィーナ様に視線を向けたが、フィーナ様はすげなく肩を竦めただけだ。

 少なくともフィーナ様がフリーデリヒさんに代わって読み書きを教えてくれるようなことはなさそうだ。

 ではフリーデリヒさんはというと、腕を組んでじっと考えをまとめているようだったが、やがて意を決したように俺を見つめてきた。


「分かった。空き時間はあなたの勉強を見てあげる。ただし私は厳しいわよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 こうして俺はフリーデリヒさんから読み書きを学ぶことになったのだった。

第十二話の投稿は本日24時となります。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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