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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第三部 第二章 星見の塔
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第三話 軌道エレベーター

 軌道エレベーターとはつまり比較的低コストで軌道上まで物資を運ぶための設備だ。地上から宇宙に向けて2本の太いケーブルが伸びているように見えるが、実際には宇宙空間から地上に向けて糸が垂らされているようなものだと思えばいい。重さの均衡を取るためにケーブル自体は軌道プラットフォームの向こう側にも同じ長さで伸びている。

 ケーブルが2本あるのはエレベーターの運搬効率の問題だ。一本は上昇に、一本は下降に割り振られている。またケーブル基部は停滞技術によって固定され、ケーブルが宇宙にすっ飛んでいく危険性は低い。惑星の自転による遠心力でケーブルはピンと伸びているように見えるが、実際にはたわんでおり、気象条件によってはエレベーターを停止させる必要があるようだ。幸い、現在の天気は快晴で風も弱い。軌道エレベーターの運用にはなんら問題はない。

 ルフトは着陸地点に軍用ヘリポートを選んだ。垂直離着陸のできる77式であるから、着陸はヘリポートでも一切問題はない。しかもここからならば軍用区画のみを通って軌道エレベーターに乗り込むことができる。サラトフの人員と接触して無用な争いを生みたくないルフトとしては当然の判断だと言えた。

 77式を降りたルフトはアナスタシアとソフィーが降りるのに手を貸して、自身は弾種切替式突撃銃(ストッパー)を手に軌道エレベーターの基部の中に入った。レギンレイヴの案内に従って進むルフトの後ろをアナスタシアとソフィーは恐る恐ると言った様子で付いていく。


『あの真っ黒だった星見の塔が……』


『黒かったのは停滞状態だったからだ。分かりやすく言うと時間が止まっていた影響で、光を反射しなくなっていたんだ』


『時間を止める魔法……』


 実際は技術だがそれを説明してもアナスタシアに理解できるわけもない。マナを使う魔法にしたって古代文明では技術の範疇だった。技術的に解明されているから人工知能が補助できるわけだ。ルフトは説明することを早々に諦めて先を急ぐ。

 軍用区画をどんどん進み、軌道エレベーターの発着場へたどり着く。ケーブルを挟み込むような構造になったケージに乗り込んで、レギンレイヴを通じて上昇を指示する。ケージは弾け飛んだような加速で上昇を開始したが、ルフトたちがGを感じることはなかった。


(慣性無効装置によるものです)


 要は一切の加減速による負荷を感じなくなる装置であるらしい。そんな便利な装置があるのであれば77式や、浮遊戦艦などに搭載されていてもおかしくなさそうではあるのだが。


(装置の大きさの問題で小型の戦闘機には搭載できません。また浮遊戦艦ほどの大きさの物体が大気圏内で急加減速することは推奨できないため、宙用装備とされています)


 それでも軌道プラットフォームまで3万9千キロメートルを移動するのは時間がかかる。低コストで静止衛星軌道まで物資を運べるのが軌道エレベーターの強みなのだから、当然ながらその速度もコストパフォーマンスが求められる。軌道プラットフォーム、つまり神々の座までおよそ3日弱かかることを伝えると、アナスタシアとソフィーは飛び上がって驚いた。


『連邦から帝国までを往復するより遥かに長い距離を移動するんだ。3日かからないことに驚くべきだな』


『もう地上があんなに遠いのに……』


『すぐに地上という感覚すら変わる。大地が丸いのだと目で見て知ることになる』


 ルフトも実際に見て知っているわけではない。知識として知っているだけだ。惑星セリアに住まう現代人ではこの3人が最初に宇宙に上がることになる。過半数が民間人だと考えると、不思議なものだった。

 軌道エレベーターのケージは搭乗者が3日間を退屈しないように様々な娯楽が用意されていたが、どれも古代語によるものでアナスタシアとソフィーには利用ができない。代わりに彼女らは現代人らしい忍耐力で3日間を過ごした。馬車旅に慣れた彼女たちにしてみれば、揺れもせず動き回れる空間で3日を過ごすことくらいなんでもないようだ。

 軌道プラットフォームに収容される直前になると、彼女たちはその威容を愕然として見上げていた。半径5キロを超える円盤型の軌道プラットフォームは、宇宙戦艦の造船所であり、発着場であり、軌道要塞である。近づくと、まるでどこまでも広がる蓋のように見える。そして飲み込まれる。


『これが神々の座……』


『そう君たちが呼んでいるだけでここに神がいるわけではないぞ』


『そう言っても民衆は信じないでしょう。せめて誰かが私たちが塔を登るところを見ていてくれればいいのですが』


『とりあえず俺の用事が無事に終わらなければ世界は終わりだ。でもまあ、人はその後のことも考えるべきなんだろうな。そのために足を引っ張り合うのはどうかとは思うが』


「ようこそ、軌道プラットフォームへ」


 管理プラットフォームの管理AIが男性の姿で現れる。いつもの上半身だけの半透明のヤツだ。


「星喰が現れて最初にここにたどり着いた士官が貴方です。惑星セリア防衛軍総司令の空位を埋めるために、貴方の階級を元帥とし、作戦の総指揮を執っていただくことになります。どうぞ最初のご命令を」


『か、か、神様……』


『落ち着け、これはただの映像だ。俺が魔法で作り出すヤツみたいなもんだ』


 平伏して管理AIに頭を下げる2人にルフトはため息混じりに言ってやる。


『とにかく大人しくしてれば害は無い』


「彼女たちは民間人ですね。どういう扱いで?」


「不運な同乗者だ。気にすることはない。古代語も分からないから、俺が面倒を見てやらなければならないだろう。ひとりは現代のセリアに存在する小国家のお姫様だ。国賓が来ていると思えばいい」


「なるほど。承知しました」


「それで最初の命令だったな。惑星セリア上のすべてのセリア防衛軍将兵に強制通信を開く。元帥なら可能だな?」


「メッセージではなく、通信ですね?」


「急ぎだ。指揮所に案内しながらで構わない」


「いつでも可能です。ご自身のレギンレイヴに命じて通信を開始してください」


 ルフトは指揮所に向けて歩きながら、惑星セリアにいる全セリア防衛軍将兵に語りかけた。彼のかつての部下である幽霊部隊もそうだし、敵対していたアル=ケイブリアや、それ以外の少数の接触者たちも含めて、全員にだ。


「私は惑星セリア防衛軍総司令官ルフト元帥だ。とは言っても最初に軌道プラットフォームにたどり着いたため、空位を埋めるために、といういつものやつだ。さてこれを聞いている諸君はすでに知っていることとは思うが、この星系の外縁部に星喰が現れた。彼らは未知のワープ技術を有しており、我々の知るハイパースペースレーンとは違う位置にワープアウトしてきた。しかし既知のワープ技術と同様、ワープアウト時の速度は恒星に対してゼロであるようだ。彼らはこれから加速し、我々の太陽を目指して突っ込んでくる。星喰の予想進路から惑星セリアはやや離れているため、我々は出撃し、彼らを撃滅しなければならない。これまでセリア防衛軍の装備を使ってきたということはこの戦いに参加するという意思表示に他ならないのだから、作戦への参加拒否は認められない。とは言え頭ごなしに命令しようとも思わない。幽霊部隊や、アル=ケイブリアのような組織的集団については、それぞれの指揮系統を活かすつもりだ。各員、従来の指揮系統に従って行動を開始せよ。指揮系統に属していない者や、指揮官に相当する者については通信会議を行う。時間は――セリア標準時間で2時間後だ。総員、この戦いは惑星セリアを生かすためにある。つまりは諸君の帰る場所、大切な人を守るためだ。そのことを胸に刻め。以上だ」


 強制通信を切るとすぐにフリーデリヒから通信が入った。

 ルフトはまだ指揮所に到着していない。軌道プラットフォームが広すぎるためだ。


「ルフト総司令、降下艇を送ってほしい場所と量の情報を送ります」


「受領しました。でもアル=ケイブリアとの関係を勘案して、降下艇は同時に降ろすことにします。こちらが味方を先に上げて要職を独占したと思われたくありませんから」


「そうしたいところなんですけどね。ルフト総司令がそう言うのであれば。ただ全将兵の参加というのは取り下げてもらいたいの。治安維持や、安全確保のために、一定の武力を地上に残す必要があるわ」


「その一定の武力が足りなかったことでセリアが滅んだらどうするんですか?」


「分かってる。でも下層世界に追いやられた王国の民は、まだ魔物と戦うことすらろくにできないの。ここで王国軍が一斉にいなくなれば、何が起こるか分からないわ。アルムガルド様と話もしたわ。貴方の帰る国を守るためよ。ルフト総司令」


「地上兵器のセーフティを解除して民衆に配るのはどうです? 並の魔物なら武器さえあれば対処は可能でしょう?」


「できる限りのことはする。だけどそのためにもしばらく一部の戦力を地上に留め置くことを理解してほしいの」


「分かりました。アル=ケイブリアにも同様の通達をしておきましょう。幽霊部隊だけが地上部隊を残せば、アル=ケイブリアは狙われていると勘違いするかも知れませんから」


「そうなるわよね。できるだけ早く総員を宇宙に上げられるようにするわ」


「お願いします」


「ところで軌道プラットフォームに民間人を連れ込んでいるようだけど?」


「運の悪い同行者です。状況から保護せざるを得ませんでした。なんの権限も与えるつもりはありませんから、気にされることはないかと。誰か手が空いたら連邦に降下させるつもりです」


「まあ、詳しくは聞かないけれども。とにかくまた貴方の指揮下に入って肩の荷が降りたわ。よろしくね」


 これらの会話は脳内で行われたのでアナスタシアとソフィーはルフトがこのような通信を行っていたことを知らない。彼女らが自動で動く鉄の箱に驚き、指揮所に向けて運ばれている間に、ルフトの各方面との折衝は大体終わっていた。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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