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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第三部 第二章 星見の塔
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第一話 再び連邦へ

 ハチドリ号がエーテル海を行く。エーテルエンジンの特徴的な甲高い音を響かせて、浮遊船とは思えない速度で南へと向かっている。ルフトはともかく、アナスタシアやソフィーは相変わらずこの騒音には慣れないようだ。布を丸めたものを耳に突っ込んで、せめてもの対策を取っている。緩やかにとは言い難い程度に上下に揺れる船内では自由に歩き回ることもできない。もちろん甲板に出るという選択肢はない。その途端に風圧に吹き飛ばされて下層世界に真っ逆さまだ。

 連邦の中でもカザン王国は南に位置する。連邦は王国や帝国のようにひとつの大陸に根を下ろした国家というわけではない。十三もの国家に分裂していることから分かるように、上層世界諸島とでも言うべき小さな上層世界群の集まりだ。それゆえに軍艦の数はともかく各国を渡りゆく浮遊船は多い。連邦領海内をハチドリ号で突っ切ればあまりにも目立つだろう。それ故にルフトは連邦を大回りしてカザン王国に入るルートを選んだ。

 連邦の中心地には現代人が星見の塔と呼ぶ軌道エレベーターが存在するが、大回りしている影響もあって目視は難しい。視界には入っているはずなのだが、遠すぎて見えないのだ。その代わり天候が良くて目を凝らせば軌道エレベーターの終点である軌道プラットフォームの姿を拝むことができる。連邦人に言わせれば神々の座だ。連邦の人々はあそこには今でも神々が住んでいて、星見の塔を通じて宣託を授かれるのだと信じている。神の声を聞くことができるのは身も心も汚れていない少年少女だとされている。彼らは巫覡ふげきと呼ばれ、世俗からは切り離されて育てられる。カザンにも巫覡ふげきとして育てられている子どもたちがおり、星見の塔の管理権がサラトフから移譲されれば、その子どもたちが神の声を聞く役割を演じることになる。そう、演じることになる。

 ルフトの知る通り星見の塔の正体は軌道エレベーターだし、軌道プラットフォームに神は居ない。管理AIならいるはずだが、停滞状態のはずだ。他の地上設備とは違い、軌道エレベーターは外部から人の身の証を立てることで起動したりはしないようになっている。だから軌道エレベーターの基部を確保したところで聞こえてくる神の声など無い。星見の塔というのはつまり連邦の十三国家が民衆を従わせるための詭弁に過ぎないのだ。

 つまりは政治である。


(民衆を統制するために宗教を使うのは古来より有りふれた政治手法です)


 そして連邦もご多分に漏れずというわけだ。まあ、ルフトもそれを否定はしない。王国にだって宗教はあったし、教会による炊き出しの世話になったこともある。かつて空賊と戦い傷を負って死にかけていたルフトの命を救ってくれたのも教会だ。宗教は民衆を統制するものである一方で、社会保障として機能している。また貴族によって抑圧された民衆には心の拠り所として宗教が必要なのだろう。現世が抑鬱としたものであるのは神の試練であるから仕方なく、正しく生きれば楽園に招かれるというような。来世利益のために現世を慎ましく生きよというわけだ。

 もっとも星間文明のレベルの知識を得たルフトにしてみれば、一般的な惑星セリアの民衆が持つ神と同一の存在を信じることはもうできない。異星文明も、非ヒト型種族も存在する。神が知性を自らの映し身にのみ与えたという聖典の言葉は、異星人を持ち出すまでもなく、一部動物の知性レベルを判定することですら否定が可能だ。

 人工知能は神の実存については答えてくれない。ただ彼らは創造主が存在しうることは知っている。何故なら彼らもまた作り出された存在だからだ。人にできることが人以外にできないわけもなく、人を人足らしめた人以外の存在の可能性を否定はできない。だがそれが宗教の正しさを証明するかといえばそうではないという話だ。


 閑話休題。


 帝国皇帝より信書を預かったアナスタシアは急ぎカザン王国へと舞い戻るその途上にいる。信書の内容はアナスタシアを帝国に預けるようなものではなかったということだ。そのことをルフトは意外に感じる。帝国の後ろ盾を得るためにカザン王国が他に差し出せるものがなにかあるだろうか。なんにせよアナスタシアの様子を見るにサラトフのように何か帝国の秘宝を預かったというわけではないようだ。信書の内容がどうあれ、それは皇帝の心を揺さぶらなかったということになる。あるいは信書の内容はアナスタシアを王国に差し出すようなものだったが、皇帝がそれを拒否したという可能性もある。

 まあどれもルフトにしてみればどうでもいいことだ。連邦がサラトフのもとで安定するという可能性が潰えた以上、帝国はその動静に注意を払わなければならない。しかも帝国の秘宝のひとつである争いを止める杖を失い、気安く王国侵攻などと言ってはいられないはずだ。帝国が王国に攻め込まないのであれば、ひとまずルフトの目的は達したと言える。ゆえにアナスタシアたちを連邦に運ぶのも通常業務のひとつに過ぎない。

 彼女たちを連邦に送り届けたら、連邦から帝国への積荷を探してそれを運び、また帝国周辺でのんびりと運送業を営むのだ。

 そういう風に日々が過ぎていくのだと、この瞬間までルフトはそう思っていた。




 その時起きたことをルフトはどう表現すればいいのか分からない。彼はハチドリ号の船室で揺れに耐えながら、カザン王国を目指していた。その位置は-11°05'29.6"S 140°33'33.0"Eであると唐突に認識できた。惑星セリアの全貌を理解し、具体的な現在位置を指し示すことができた。そして外縁部ではおよそ一時間から二時間前の情報であることを前提に星系の全容を知ることができた。星系外縁部にワープアウトしてきた質量についても。


「レギンレイヴ、目標を軌道エレベーターに変更! 全速力だ!」


(77式のコックピットに入ることを推奨します)


「エンジン停止、キャノピー開け」


 船室内の床板が跳ね上がり、77式のキャノピーが開く。突然現れた機械装置にアナスタシアとソフィーが目を見開く。ルフトは2人の耳栓を引っこ抜いた。


『いいか、緊急事態だ。御託は一切聞き入れん。後ろの座席に2人で座ってじっとしていろ。嫌と言うならここで放り落とす。見えてるものには一切手を触れるな』


『いきなり何を言って――』


『説明も後だ。アナスタシアの膝に座りたくなかったら先に乗り込め。でなけりゃ飛び降りろ』


『ソフィー、彼は本気よ。言うとおりにしましょう』


 歯を噛み締めながらもソフィーはルフトのというよりはアナスタシアの言葉に従った。77式の後部座席に腰を下ろす。


『悪いがこいつは二人乗りだ。窮屈だが、あんたはソフィーの膝の上だ』


 装甲服(ドレス)を着ても乗り込めるようになっている関係上、コックピットの空間には余裕がある。ソフィーの膝にアナスタシアを乗せるくらいの空間は十分にあった。ルフトはアナスタシアがソフィーの膝に座ったことを確認すると、シートベルトを引っ張り出し、2人を固定する。こうしておかなければ急激に減速する場合に2人が機械類に叩きつけられて、下手をすれば故障を招きかねない。


『なんだこの拘束具は!』


『全部後だ』


 ルフトは船室内に隠してあった弾種切替式突撃銃を引っ張り出して前部座席の余剰スペースに押し込んだ。


『『争いを止める杖!?』』


 アナスタシアとソフィーは当然とも言うべき反応を示すが、今は答えている余裕が無い。ルフトはハチドリ号の固定楔を抜いて操縦席に飛び込むと、キャノピーを閉じた。後部座席でソフィーの上にアナスタシアが膝乗りになっている関係上、あまり強烈な加速はできない。それでもソフィーが死なない程度で加速を開始する。固定楔を抜かれたハチドリ号の艤装が風圧で剥がれ落ちていく。枷から解き放たれた77式は高度を上げて、真っ直ぐに軌道エレベーターに機首を向ける。


「レギンレイヴ、フリーデリヒさんにメッセージ。ルフトが通話を求めている、と」


(送りました)


 返事はすぐに返ってきた。フリーデリヒからの衛星回線を通じた通話という形で。


「ルフト、久しぶりねと言いたいところだけど、こっちは大慌てなの。状況は貴方も理解していることと思うけれど」


「分かっています。こうなった以上、一刻も早く宇宙に上がる必要があります。幸いこっちは軌道エレベーターの近くに居ます。軌道プラットフォームを確保したら、降下艇を降ろしますから位置情報をください」


「それはこの数分で一番いいニュースね。貴方が軌道プラットフォームに到着するまでにこちらも準備を整えるわ。アル=ケイブリアには?」


「軌道プラットフォームを確保したら一斉通信で呼びかけるつもりです。彼らには応じる義務があります。これはもう惑星セリアに住む全ての生き物の問題です」


 ルフトたちセリア防衛軍将兵にはこれまで秘匿されていた情報がすべて開示されていた。もはや地上で覇権を争うことには何の意味もない。


 星喰が現れたのだ。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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