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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第二部 第四章 アル=ケイブリア統一帝国
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第二二話 王国の戦い2

 幽霊部隊の地上軍はまたたく間に王城まで攻め入ったが、王の居室を前に攻めあぐねていた。自ら国王を名乗るルートヴィッヒ第一王子がリヒャルト第二王子を人質に立てこもったからだ。幽霊部隊に下された王命は、央都の王族を保護せよというものであったから、ルートヴィッヒ第一王子やリヒャルト第二王子を傷つけられない。ちなみに他の央都に残っていた王族はすべて保護という名の拘束状態にある。


「ルフト司令、現在までに保護している王族を一度シャトルで送ってしまいたいと思うのですが……」


 ルーベン中佐が構築された通信線を用い、ルフトに呼びかけてくる。先だっての空戦で勝利を収めた以上、しばらくは制空権を確保できると判断し、ルフトが77式による通信線の構築を命令したのだ。


「分かった。シャトルを送る。長引きそうか?」


「窓側からの映像によるとルートヴィッヒ殿下はリヒャルト殿下の首に短剣を突きつけております。閃光音響手榴弾を投げ込めば万が一ということもありえるかと」


「現場での判断は中佐に任せている。思うようにやってくれ」


 そう言ってルフトはこめかみを指で押さえた。

 央都での混乱を最小限にするため突入した部隊は少数だ。だがそれでも王国軍が潰走し、央都に逃げ込んだことで市街地は混乱している。それによる死者も少なからず出ているようだ。ルフトにも人並みの情が無いわけではない。死者が出ていることは痛ましい。だがルフトの中では優先順位があまりにもはっきりしている。その順位では央都の民の命や安寧はかなり低いところにある。

 しばらくは部屋の扉を挟んで緊張状態が続いた。

 それを見守っていたルフトの緊張に終止符を打ったのは、ルーベン中佐でも、ルートヴィッヒ第一王子でもなかった。


(偵察機が通信を受信しています。共通回線で味方からの発信ではありません)


 それを聞いたルフトはついに来たかと思った。レギンレイヴや基地管理AIに電脳戦の準備が万端であることを確認する。ルフトは意識の一部を仮想空間の会議室に置いた。そこで通信を開く。もちろん単純に通信を受信するような愚は犯さない。仮想環境下に構築した電子防衛網の内側で、通信内容を切り分け、パケットをランダムに再生しないことで、再構築型ウイルスの実行を阻止する。

 本来の姿からは大幅に劣化したセリア防衛軍の制服を着た狼の耳を持つ男性のホロ映像が仮想空間の会議室に現れる。ルフトはひと目でそれが敵の首魁であるアル=ケイブリア統一皇帝であろうと見抜いた。肩章によると少将であることが分かる。

 レギンレイヴ、少将への昇格条件は?


(現実的な昇格条件ですと、指揮する兵員の数が10万を超えることになります)


 ということはある意味予想通りアル=ケイブリア統一帝国は退役軍人を復帰させたのだ。でなければ相当な徴兵を行ったに違いない。


「始めまして、というべきかな。反乱軍のトップがこんな少年だとは思わなかったな」


「始めまして、アル=ケイブリア統一皇帝陛下。反乱軍の首魁がこんなにお若いとは意外でした」


 現れた男性のホロ映像から、彼がまだ30歳前後であろうことが推測できる。


「なるほど。我々はお互いを反乱軍だと認識しているわけだ」


「そうしなければセリア防衛軍同士で戦闘などできませんからね」


 こうしている間にも電脳戦は激しく行われている。敵からの通信には多種多様なウイルスが混じっており、またこちらから送る通信パケットにも同じようにウイルスを仕込んである。


「とは言え、准将、彼我の戦力差が大きいことはすでに理解していると思うが?」


 5つの統合基地を復帰させ、兵員が2万を超えた時点でルフトの階級は准将に昇格している。もちろんアル=ケイブリア統一皇帝は肩章でその事実を知ったのだろう。


「質では我々が勝っているようです。今のところ発生した局地戦の全てで我々が勝利を収めていることからも明らかです」


「我々の本隊との戦闘を君らが避け続けているおかげではないかね?」


「戦術的勝利とはそういうものではありませんか?」


「では戦略的勝利を収めつつあるのがどちらかも理解していることと思うが?」


 両者は笑みを浮かべたまま向かい合う。

 アル=ケイブリア統一皇帝がセリア防衛軍の持つ大陸上層世界地図を呼び出す。


「我々の地上軍はすでにここまで占領した。あと一ヶ月もあれば、君らの王都にも到達する。いや、君らは央都と呼んでいるのだったな。どうだろう。ここらで無益な争いを止めにして兵を引いてはくれないか?」


「残念ながら私はそれを決められる立場にありません」


「君が国王ではないによせ、実権を握っているのではないのか?」


「幸いなことにそのような立場にはありません」


 ルフトは肩をすくめる。だがその返答にアル=ケイブリア統一皇帝は少なからず驚いたようだ。


「馬鹿な。我々の力を持ってすれば王位の簒奪など容易なことであろう。なぜそうしない?」


「王国の剣として捧げたこの身なれば、王権の維持こそ私の努めです」


「そうであるならばそうで、次代の王に刻印を刻めばよかろう。セリア防衛軍の力を後ろ盾に王権をより強固にすれば良いのだ」


「まさか反乱軍に王国の方針のアドバイスを受けるとは思いませんでした。いずれはそうするのも良いのかもしれません」


 実際、ルフトたち穏健派貴族が擁立するアンネリーゼ殿下は刻印をその身に刻み、すでに任官試験にも合格している。先任の士官をすべて退役させれば、アンネリーゼが幽霊部隊の長で、准将となる。継承選挙の結果は関係なく、王位を奪える戦力を持つと言えるだろう。その時まで王国が存続していれば、の話ではあるが。


「今はそうはできぬということか。いや、状況は想定がつく。君のような少年がセリア防衛軍を率いているということは、君が最初の到達者ということだろう?」


「最初にセリア防衛軍施設を停滞状態から復帰させたという意味でなら間違いではありませんね」


 こうして会話している間にも電脳戦は続いている。情勢はルフトたちにあまり良いとは言えない。相手のAIのほうが処理能力が高いのだ。通信に紛れ込んだ無数のウイルスによって、ルフトたちのAIの処理能力は限界に達しつつある。このままではウイルスの侵入を許してしまうことにもなりかねない。

 アル=ケイブリア統一皇帝がのんびりと話をしているのも、いずれそうやってルフト側のAIにウイルスを侵入させられると思っているからに違いない。


「王ではないというのなら、我々につかぬか? セリア防衛軍の席次に応じた待遇を約束するが?」


「光栄なお誘いですが、辞退させていただきます。ですが戦いを終わらせたいと望むのはこちらも同じ。もっと実際的な話をしましょう。皇帝陛下はどこで線を引くつもりなのですか?」


(処理能力が90%を超えました。危険領域です。通信の切断をするべきです)


 95%まで待機だ。98%を超えたらその時点で強制的に切断していい。


「我々は神なる大地すべての返還を望む」


「現実的ではありません。どこかで犠牲が得られるリターンを超えます。そちらだっていつまでも戦い続けられるわけじゃないでしょう?」


「ではその限界を探ってみようではないか。一ヶ月後には我々は央都に到達する。その時にまた答えを聞かせてもらおう。ではさらばだ――」


(通信切断されました。ログを検証中です)


 もう少しでこちらにウイルスを侵入させられたかも知れないのに通信を切った? ルフトは訝しむ。話が本当に終わったのか、それとも目的をすでに達した?

 ハッとしてルフトはレギンレイヴに向かって命じる。

 ログの検証を中断! 通信ログを凍結しろ!


(ログの検証を中断しました。通信ログを凍結処理)


 通信ログの検証はデータ的隔離環境で行われているが、その隔離はあくまでデータ上だ。物理的には繋がっている。

 ルフトはレギンレイヴに物理的隔離環境の構築を命じる。スタンドアロンの端末を使い、安全性を担保した上でログを再検証することにする。通信ログが収められたデータキューブを手に、ルフトは隔離端末のところまで移動した。データキューブを隔離端末に収め、手動で通信ログの解析を開始する。

 一方でアル=ケイブリア統一皇帝との会談の結果を国王に伝えないわけにはいかない。胃が重くなるのを感じながら、ルフトは国王の部屋へと向かった。


「准男爵、よく来た。作戦は順調か?」


「ルートヴィッヒ殿下がリヒャルト殿下を人質に立てこもっています。それ以外は概ね予定通りですが、アル=ケイブリア統一皇帝より連絡が入りました」


「アル=ケイブリア統一皇帝とは敵の首魁だな? 降伏でも申し入れてきたか?」


「いいえ、今更ながらの宣戦布告と言えるでしょう。我々をすべて上層世界より追い払うと宣言されました」


「戯けたことを! どちらが上層世界の支配者か教えてやるのだ」


「陛下、何度も申し上げておりますが現有戦力では央都の維持も困難です。王族の救出作戦は続行中ですが、その後も兵を央都に配置し続けるのは良策とは言えません」


「では准男爵は下層世界の蛮族共にみすみす央都を明け渡せ、と?」


「リップシュタット東部まで退くのが現実的です。そこであれば補給線を維持できますし、抵抗も容易です」


「ならん。なんとしても央都を防衛せよ。あそこは上層世界の中心なのだ。央都を奪われることは王国の死も同然だ」


「央都は確かに王国の中心にありますが、軍事上重要な位置ではありません。包囲も容易ですし、敵には央都を無視して東進するという選択肢もあります。どうかお考え直しください」


「ならん!」


 ルフトは歯噛みする。王族だけを連れてきたのは間違いだったかも知れない。軍務大臣のような軍事に精通した王国の重鎮がいてくれれば、国王も耳を貸すかも知れないのに。しかし王国の軍務大臣は強硬派で、行方をくらませている。央都を虱潰しに探せば見つかるのかも知れないが、それをするべきかどうかでルフトは迷う。たとえ見つけたところで穏健派であるルフトの思うような進言をしてくれるかどうかは分からない。


「部下を無為に死なせるような命令は出せません」


「フェラー准男爵、貴様では話にならん。カスパル総司令を連れてこい!」


「分かりました。失礼します」


 ルフトは頭を下げて国王の部屋を退出する。いっそ国王が自分のことを罷免してくれればいいのに、とルフトは思う。そうすれば責任をすべて投げ捨てられるのに。だがルフトの耳にマリア元王女の言葉が蘇る。彼女の命令はすでに果たせなかったと言っていい。ルフトは失敗したのだ。しかし敗残者にも意地はある。必要とされる限りはあがくつもりだった。だがそれもいつまで続くのか分からない。国王はすでに自分のことを疎ましいと思っているようだ。本当に罷免される日も近いのかも知れない。その時、自分がどうするのか、ルフトにはまだ想像もつかなかった。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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