第六話 王女殿下
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「では明日からこの船の士官候補生についていって仕事を学びなさい。使えると私が判断したら、浮遊軍艦の士官候補生として私の名前で推薦します。勅任艦長を目指しなさい」
「はい。頑張ります」
「それからフィーナ、あなたにはルフトの監視と護衛をお願いね。彼が何かしでかしたり、彼の身に何かあった場合、責任を取ってもらいますから、そのつもりで」
「彼を殺そうとしていた私にやらせるんですか?」
「そうしないと、フィーナ、あなた、事故を装って彼を殺すでしょう?」
「ああ、その手がありましたか。なるほど、そうするでしょうね」
目の前で不穏な会話が繰り広げられているが、俺はその内容について極力考えないようにした。
俺の命の価値がそれほど無いとは分かっているが、これほど軽く扱われていると現実逃避もしたくなる。
「それにしても、私はマリア様の護衛なんですけどね。マリア様に雇われているわけでもないですし」
「護衛じゃなくて監視でしょ。だからお願いしているじゃない」
「お願いって言っても、拒否権はないと思うんですけどね」
そう言ってフィーナという女性は肩をすくめた。
「その、フィーナ様は、どんなお立場なのですか?」
高貴な家の出だろうとは思うのだが、第一印象のせいでなんとも「様」をつけて呼ぶことに抵抗がある。
自分を殺そうと主張している相手にへりくだるというのは難しいものだ。
俺は会話が途切れるのを待ってそのことを聞いてみた。
「私は騎士だ。とは言っても王女殿下に男の騎士をつけるわけにもいかないという国王陛下の配慮で任命されたようなものだがな」
「ではこの船も?」
「半分はそうだ。マリア様の護衛のために国王陛下が用意した女性乗組員だけの浮遊艦というのが表向き。実態はマリア様がわがまましたいために自分の金で用意した私兵だな」
「違うわよ。私は高尚で崇高な目的意識を持ってね」
「ちゃんとした手続きを踏まずに何かをしようとするのはわがままだと言っているだけです」
「そうね、手続きなんて迂遠なことはやってられないわ。私はわがままよ!」
何かよく分からないうちに結論が出てしまったようだ。マリア王女殿下はわがままらしい。
いや、それは見ていれば分かることではあるのだが。
「それでマリア王女殿下は何をなさるおつもりなんでしょうか?」
「とりあえずは王位争奪戦を勝ち抜くつもりね。今はそのための根回し期間中と言ったところかしら」
「女王様になられるんですか?」
「そう、アルムガルト様にね」
マリア王女殿下は笑い、俺はなぜ笑われたのかようやく理解することができた。
「この国では投票で王が決まる。勅任艦長には貴族と同様に投票権がある。マリア様が勅任艦長になれと言ってるのは、つまりそういうことだ」
そういうことだと言われても、正直どういうことかよく分かっていない。だが分かることもある。
「俺、あ、私にマリア王女殿下が女王様になるためのお手伝いができるということですね」
「そういうこと。そういえばルフト、あなたの敬語はそんなに悪くないわね」
「母に躾けられましたので」
「ああ、さっきの話の。おっと」
慌てた様子でマリア王女殿下は手で口をふさぐが、それを見たフィーナ様が明らかに不機嫌になった。
「口を滑らせましたね。やはり出てくるタイミングを覗っていましたか」
フィーナ様の指摘で気が付いた。
マリア王女殿下はフィーナ様と艦長が俺に死に方を選ばせるか今すぐ殺すかをせめぎ合っているところに現れたように見えたが、実際には俺が身の上話をしているときには、それを聞ける場所にいたということだ。
つまり一連のやり取りを、ああやって止めに入る瞬間まで黙って見ていたことになる。
もちろん俺が土下座して命乞いをしているところもだ。
「成り行きを見守っていたのよ」
目を泳がせながらマリア王女殿下が言い訳をした。
「君も何か言ってやったらどうだ。命を弄ばれたのだ。一言くらい言う権利はあるだろう」
「いいえ、命を救われたのは変わりありませんから」
自分でも意外だったが、これは本心だった。
むしろ今でも機会があれば俺の命を狙っていそうなフィーナ様のほうが、よほど何か言ってやりたい。
マリア王女殿下には悪気を一切感じないからかもしれない。
無邪気と言うのだろうか、俺のこともただ面白いから見ていただけだろう。
そこには人間の尊厳を傷つけて楽しむと言ったような、昏い感情はないに違いない。やってることは一緒なのだが。
「さて、それじゃ実際的な話をしましょう」
明らかに話題を変える目的でマリア王女殿下はそう切り出した。
どこかからか取り出したベルをちりんと鳴らす。するとすぐに扉がノックされた。
「入りなさい」
「失礼します、姫様」
そう言って入ってきたのは、まだ少女と言って差し支えないくらいの女性だった。
とは言っても俺から見れば年上だ。
ニコラくらいの年齢ではないだろうか。
「ルフト、彼女はナタリエ、私の侍女の一人よ。ナタリエ、そこにいる彼はルフト。私の新しい侍従よ」
「ええっ!」
明らかに狼狽えた様子で、ナタリエと言う少女は二三歩後ずさると、よろよろとその場に崩れ落ちた。
「姫様のお世話はあたしの生きがいでしたのに、もう終わりだわ……。ああ、姫様、お世話になりました。あれ、お世話してたのはあたしなのに、お世話になりました? お世話がお世話で、あれ、その、あれれ?」
「あら、ナタリエ、辞めるの?」
「え?」
「え?」
「あのぉ、姫様、もしかしてあたしクビじゃありません?」
「あなたをクビになんてするわけないでしょう。私はあなたにお世話される気満々よ」
「ああ、よかった。ではこれからもお世話になります! あれ、あたしがお世話するんですよね?」
一人混乱するナタリエさんを見ながら、マリア王女殿下はくすくすと笑った。
「ルフトは形だけの侍従よ。実際には船の仕事をしてもらうわ。でも形だけは整えないといけないから、あなたたちの部屋に押し込めることになるけれど、問題はないかしら? ウルスラもいることだし、心配はしていないのだけど、嫌なら別の案を考えるわ」
「いいえ、姫様がお気になさることではありません。今更一人増えたくらいなんてことないですよ。まだちっちゃい子どもじゃないですか。弟みたいなもんですよ」
「そう言えばナタリエには弟がいたわね。それなら年下の男の子の相手なんて慣れたものね。良かったわ」
「どーんと大船に乗ったつもりでお任せください。あれ、でもここ船の上ですよね。乗ってますよね。大船」
「そうね。だから安心して任せられるわ。とりあえずルフトに侍従としての船上生活のイロハを教えてあげて頂戴。明日からはフリーデに預けるつもりよ」
「泡吹きフリーデですか? ルフトくんが泡吹くことになりませんか?」
フィーナ様が眉をしかめて疑問を呈した。
この女性はこういう厳しい表情がやけに似合う。逆にマリア王女殿下のような満面の笑みというのはとても想像できないが。
「そこは自業自得というものよ。説明不要。ルフトは覚悟をしておきなさい。何をとは聞かないように」
「承知しました」
どういうことかは分からないが、きっと面白いことが起きるのだろう。
俺にとってではなく、マリア王女殿下にとっての、だ。
そして不思議なことに俺はそれを甘んじて受ける気になっていた。
マリア王女殿下のすることであるならば、おそらく命にかかわることではない。
それくらいには俺は彼女のことを信用する気になっていた。
「ナタリエ、よろしくね」
「お任せいたされました。じゃあルフトくんはこっちへ。部屋に案内しますね」
「失礼します。マリア王女殿下、フィーナ様」
俺は頭を下げて、ナタリエさんの後に続いて部屋を後にした。
これが浮遊船アインホルン号における俺とマリア・テレジア・アルムガルド王女殿下との出会いだった。
この世に運命の出会いというものがあるとするならば、これがまさにそうだっただろう。
俺はまだエメリヒの裏切りに打ちのめされたままであり、この時も死ぬか生きるかの瀬戸際を他人の手によって激しくあちらへこちらへと揺さぶられ、俺は自分で何かをしたり、考えたりすることを放棄していた。
ただ流されるままになろうとしていた俺の前に彼女のような存在が現れたことは救いだった。
俺は生きる理由と目的を与えてもらったのだ。




