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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第二部 第四章 アル=ケイブリア統一帝国
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第十六話 強行救出作戦

 宵闇を無数の赤い光が切り裂いていく。セリア防衛軍の航空機は光学迷彩によってその姿を消すことができるが、エンジンの放つ光だけは別である。エーテルエンジンとは言っても、エーテルを燃料に変換しているだけのことで、やっていることは燃焼による推力の発生だ。熱と光は避けられない。今回は2機のシャトルが随伴しているため77式の最高速度と比べると移動速度はかなり遅い。

 今回の救出作戦に動員された77式は24機。少なく見えるが、通信ビーズを維持したまま幽霊部隊が出せるギリギリの数だ。やむを得ない場合は交戦もするが、本作戦は救出作戦である。シャトルが逃げ切れる状況にあれば交戦はしない。通信ビーズの圏内を出れば、ガーゲルン統合基地との通信は不可能になるが、幸い偵察機が現地を監視しているし、その映像はリアルタイムでガーゲルン統合基地に届いている。いざとなれば通信ビーズを解いて、それを構成していた77式を援軍に向かわせることもできる。


「本作戦は救出作戦ではあるが、貴官らの安全を第一とせよ。救出途中であっても、敵影が確認できた場合は作業を中断して離陸、離脱するんだ」


 士官以上にしか届かない限定回線でルフトは作戦を実行する部隊に呼びかけた。間違ってもアンネリーゼには聞かせられない内容だからだ。この時間に作戦が決行されることは彼女にも伝えてあり、監視映像へのアクセス権も渡している。彼女は自室でメイドに心配されながら、偵察機の映像に見入っているはずだ。


「自身の安全を第一に、作戦途中であっても敵影が確認できた場合は即座に帰還します」


「よろしい。では作戦開始」


 午前2時、通信ビーズに重なるように配置されていたシャトルと77式は央都に向けて進路を変える。偵察機は連れて行かない。偵察機の能力を十全に発揮するためには上空に配置するしかなく、央都上空に偵察機を配置すれば伏している敵を呼び起こすことにもなりかねない。本作戦は本物の暗闇の中を、情報の暗闇の中に向かっていくというものだ。

 対地高度わずか50メートル。衝突アラートが鳴り響く中、パイロットたちはマニュアル操作で飛行を行う。レギンレイヴなどのAIの補助は受けられない。AIたちはこのような宿主を危険に晒す行動を取ることができないからだ。大地のわずかな起伏が致命的になりうる危険飛行を一行は続ける。人の集落のあるポイントは避けてルートが設定されたが、町と町を行き来する旅人や行商人が野営地で轟音と衝撃によって叩き起こされるということはいくつも起こった。

 もちろんこのままの速度で央都に入ることはできない。央都手前で一行は速度を落とし、シャトル2機が予定地点に向けて落下のような降下を始める。砂埃を巻き上げながら、シャトルは貴族街にあるそれぞれ別の広場に着陸する。多少目測がズレて、シャトルによって踏みつけられた石畳がめくれ上がった。ハッチが開き、少ない数の陸戦隊が降下地点を確保するために散開する。同時に央都に残っていた陸戦隊に率いられた一団が広場に姿を現す。松明も持たず星明りの中をシャトルの到着を待っていたのだ。

 陸戦隊に追い立てられるように、人々がシャトルに乗り込んでいく。そこでぱっと周囲が明るくなった。


「裏切り者共を捕縛せよ!」


 そんな声をきっかけに広場を王国軍が取り囲む。穏健派貴族たちの動きは王国軍に知られていたのだ。無数の銃口がシャトルに向けられた。陸戦隊の間に緊張が走る。その銃に込められた弾丸が霊化銀(ミスリル)の弾丸であった場合、結界魔法を発動していても破壊される。一発目は防げるが、二発目以降はそうではない。ドレス(装甲服)を着た陸戦隊は霊化銀のような柔らかい弾丸で傷つけることはできないが、彼らが避難させようとしている貴族たちはそうではない。陸戦隊は王国軍に銃を向けたが、先に発砲する許可は出ていなかった。

 シャトルに乗り込もうとしていた貴族たちは、突然銃を向けられたショックで動きを止めていた。それで良かったのかも知れない。彼らがパニックを起こしていれば、それは王国軍にも伝染し、引き金が引かれていたかも知れない。だが王国軍も動けない。奇妙な鎧を着た連中が手にする棒きれを壁に向けただけで、壁が吹き飛んだのだということは、全体に伝わっている。銃が主力になった今、兵士は鎧を着ない。意味がないからだ。壁を吹き飛ばすような火力を向けられればひとたまりもないことは誰しもが理解している。

 至近距離から銃口を向け合う緊張状態が続いた。それを破ったのは先程の声の主だった。


「ええい、なにをしている! 相手は少数。さっさと取り押さえよ!」


 そう言いながらその青年は隣にいた兵士から銃を奪い取って、シャトルに向けて発砲した。弾丸はシャトルの表面に弾かれてどこかへと飛んでいき誰も傷つけなかったが、発砲音に引き金に掛かっていた指が引き攣るのは誰にも止められなかった。結界魔法が展開され、霊化銀の弾丸がそれを打ち砕く。降り注ぐ銃弾に対して、陸戦隊は反撃より防御を選んだ。つまり自ら銃弾の雨に身を晒して、守るべき人々の盾となろうとしたのだ。ドレスの表面で潰れ、ひしゃげた銃弾が明後日の方向に向かって飛ぶ。

 しかし守らなければならない人々の数に対して、陸戦隊の数はあまりにも少なかった。ドレスの隙間を抜けた弾丸が人々に突き刺さる。苦悶と悲鳴の声が上がった。斉射が終わり、周囲には硝煙が立ち込めた。


「突撃ぃ!」


 王国軍は銃の先に銃剣を装着する。弾丸を込め直すより、接近戦を選んだのだ。


「負傷者を回収! シャトルに乗り込め。行け! 行け! 行け!」


 そう言いながら指揮官が手にしたストッパーを炸裂弾モードで連射する。炸裂弾の直撃を食らった兵士はバラバラになり、爆風で周りの兵士もなぎ倒された。爆裂の魔法の連射にしか見えない現象に兵士たちは怯む。兵士の中には防御魔法を使える者はいない。そんな才能があるなら騎士団か魔法師団に入っているからだ。

 その間に陸戦隊は負傷者をシャトルに運び入れた。治癒魔法を使って彼らの傷を癒やすことも忘れない。セリア防衛軍の医療機器は優秀だ。死んでさえいなければ大抵の傷は癒せる。例外があるとすれば心の傷くらいのものだろう。


「上がれ! 上がれ!」


 指示を受けてシャトルのエンジンが点火する。推進力はそのまま地面に叩きつけられて周囲に広がる。まだなんとか立っていた兵士たちも、その暴風を受けて地面に倒れるか、しゃがみ込むかした。シャトルが十分な推力を得て、ふわりと浮かび上がった瞬間、残っていた陸戦隊の指揮官もハッチの中に飛び込んだ。ガチリと磁力を使ってハッチの内側にドレスの足裏が固定される。ハッチを閉めながらシャトルは浮かび上がる。77式が威嚇するように建物のギリギリ上を通過していく。

 シャトルの中では慌ただしく負傷者の治療が行われた。ほとんどは負傷で、死者は被害者の数の割りに驚くほど少ない。少ないが、死者が出ている。遺体にすがりついて泣く者がいた。歯を食いしばって耐える者がいた。陸戦隊に掴みかかる者がいた。だが死者は帰ってこない。

 シャトルが着陸した2箇所では、タイミングこそ違えど、ほぼ同じことが起きていた。そして貴族たちからの聞き取りで、2箇所ともに現れた命令口調の男性が、強硬派の王子であることを知る。第一王子と第二王子だ。おそらくはそれぞれに手柄を求めたのであろう。それは央都を掌握しようとしている強硬派が、すでにその内側で権力争いを始めていることを意味している。

 そのことの意味について誰かが考える前に警報が鳴った。

 ロックオンアラート!

 しかし77式もシャトルも高度が低すぎて回避行動が取れない。レーダーが敵の長距離ミサイルの接近を知らせる。数は――数えられないほど多い! 急速上昇。シャトルの貨物室では誰も立っていられなかった。床に転がり、人が人を押しつぶす。

 対地高度を取った77式とシャトルはチャフとフレアを撒いた。だがAIを積んだミサイルは驚くほどに賢い。電波が妨害され、熱源を増やされたのなら、光学観測で目標を探す。もちろん77式もシャトルも光学迷彩を起動しているが、完璧ではないし、推進装置を隠すことはできない。それでも目標を再発見するまでのわずかな時間、ミサイルAIは迷った。

 その間に24機の77式は反転した。ミサイルAIは確かに賢い。そしてそれは幽霊部隊の77式が積んだミサイルも同様だ。24機の77式は手持ちのミサイルをすべて発射した。撃てるミサイル総数より、飛んでくるミサイル総数のほうが多い。出し惜しみをする意味はまったくない。

 ミサイルはミサイルへの対抗手段を持たない。チャフもフレアも光学迷彩も無い。そんなものを積んでいたら機動性も、速度も、火力も失われるからだ。ついでに現代の幽霊部隊の面々が知ることではなかったがコストが高い。ゆえにミサイルはミサイルで撃ち落とせる。ある程度は、だが。

 次々と中空に爆炎が上がり、幽霊部隊の77式が発射したミサイルが、敵の長距離ミサイルを迎撃した。しかし4発が爆発を抜けて飛んでくる。


「ファルケ3、α1。お先に」


 ファルケ3は味方の識別コード。α1はAIが抜けてきた敵ミサイルに付けた識別コードだ。


「アドラー2、α2。早いもの勝ちだ」


「ミーラン4、α3。いただき」


「ファルケ2、α4。誰かメリル中佐にうまく伝えてくれ」


 4機は飛来するミサイルに向かって真っ直ぐに飛ぶ。機体前部に取り付けられた機関砲が火を吹いた。だが狙い撃つにはミサイルという目標はあまりにも小さい。機関砲弾はミサイルをかすめはしたものの、直撃弾はついに生まれなかった。

 4つの爆炎が夜を照らす。

 その向こうから無数の77式が姿を現した。光学迷彩によってその数ははっきりとはしない。だがこちらより数が多いことだけは確かだ。


「ファルケ1から全77へ。言うまでもないがシャトルが逃げ切れば我々の勝ちだ。それに加えて誰かが生きて帰れば大勝利だ。生き延びた奴は死んだ奴のビールが飲める。さあ、突っ込むぞ!」


 赤い光が夜を切り裂いていく。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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