第十七話 結果
作戦は成功した。
マイスフェルドの現地協力者であったネラの身柄を確保し、敵セリア防衛軍と接触。ルーデンドルフ候がセリア防衛軍の一派と協力関係にあることは確実だ。作戦開始前の目的は完全に達したと言える。
であるにも関わらずルフトの気分は一向に晴れなかった。
13名の戦死者と、1名の昏睡者、負傷者の内8名はリハビリを終えなければ使い物にならない。なお戦死者の内で遺体を回収できた者はいない。葬儀は空の棺で行われた。特にアウレールの遺体を回収できなかったのが痛い。77式に乗っていたのだから当然だとは言え、ベールマー伯爵に亡骸を引き渡せないのは失点だった。
また撃墜された77式3機の残骸も現地に残してしまった。
いっそのこと総戦力でヴァイスブルクを強襲して、現地を占拠してしまうということも考えたが、敵の増援が先に現地に到着しているであろうことや、その後の処理のことを考えて止めた。
少なくとも上層世界で動かせる戦力では短期的にヴァイスブルクを占拠することは出来てもそれを維持することはとてもできない。
自分が現地で指揮を執っていれば……。
そう考えてルフトは首を横に振った。
あの戦力で作戦を実行できると判断したのは自分だ。それならば現地にいたところでなにが変わるだろう。デボラにせよ、エレオノーラにせよ、よくやってくれた。特にエレオノーラの撤退のタイミングは絶妙だったと言える。生存者を残すこと無く、被害を拡大させず、最適な判断だった。自分では勝ち気に逸って撤退のタイミングを逃したかもしれない。そうすればお互いに戦力の逐次投入という最悪のシナリオだって考えられた。
一方でデボラの負傷は痛い。幽霊部隊には決定的に指揮官が足りていないのだ。よく生きて帰ってきてくれたが、リハビリは長く苦しいものになるだろう。ディンケル侯爵の元に帰すことも考えなければならない。幽霊部隊に出した子どもたちがみんな死んでしまうなんて噂になれば目も当てられないのだ。
そして敵セリア防衛軍に対し、こちらの存在が明るみに出た。かつて王国東エーテル海上で77式とレーザー艦を落としたことから、我々のセリア防衛軍の存在を疑ってはいただろうが、確証を与える形になったのは痛い。本格的に敵が攻めてくる可能性も考えなくてはならなくなった。
そしてこれだけの失点を重ねながら得られたのはルーデンドルフ候と敵セリア防衛軍との関係だけだ。
ネラから得られた情報はそれが分かっている今、ほとんど意味が無かった。彼女が握っていた情報はルーデンドルフ候と下層世界人が密会を行っていたという程度のことだ。双方がどういう関係性だったのかもはっきりしない。目的を同じとする同志だったのか、それとも金のやり取りを介した関係だったのか。
だがどちらにせよ連中はこちらを攻撃してきた。はっきり敵対の意思を示した。なら連中は叩き潰さなければならない敵だ。排除しなければ王国の継承選挙になど力を傾けていられない。
「攻撃計画です」
ルフトはカスパルとフリーデリヒとの司令官会議の場で計画のファイルを展開した。最初は落ち着いて画面に目を落としていたカスパルの顔がみるみる歪んでいく。
「こ、これは、ルフト司令……」
「総力戦です。我々の現有戦力のすべてを持って王国西エーテル海に打って出ます。連中を撃滅しなければ、我々は王国上空での活動すら安心して行なえません」
現在幽霊部隊の主な収入源は穏健派貴族へのシャトルの一時的な提供に対する報酬である。以前はシャトル単独で行っていたそれであるが、今回の戦闘を経て護衛の77式を複数つけることになっていた。つまり敵襲を警戒しなくてはならなくなったのだ。
「しかしこの計画では統合基地の防衛が……」
「小型の艦やシャトルを残します。王国東エーテル海にはまだ停滞状態にある艦が多くありますから、それを活性化して防衛に充てることになります」
「人員は!?」
「穏健派に依頼している奴隷の補充がいます。訓練の終わっていない者、それから負傷者も残します。しかしそれ以外の人員はすべて連れて行きます」
「そんな、ほとんど全員じゃないか……。しかも残るのは役立たずばかりということだろう……」
「使い物になるように訓練してください。そのためにフリーデリヒ副司令は残します」
「ルフト司令!?」
「統合基地の指揮を執る者を残す必要があります。新兵の訓練に携わってきた副司令なら適任です。総司令、敵がこちらの位置を特定する前の今しかないんです。位置が特定されればどれだけ戦力を残していたところで投射砲によって統合基地は釣瓶撃ちにされるでしょう。今のうちに総力を以って敵を叩き潰し、後顧の憂いを絶ちます」
「しかし負けたらどうなる……。敵の戦力の全容は掴めていないのだろう?」
「そうですね。それから敵とこちらと、どちらのほうが戦力の拡充が早いかが分かりません。時間を置けばそれだけ不利になるということもあるでしょう。ただでさえ我々の人員拡充手段は限られているのです」
「だが時間を掛けて戦力を拡充するという道もあるはずだ。現在の我々は統合基地には収まりきらないだけの艦艇を揃えている。第二第三の統合基地を編入して行けば」
「それをするためには指揮官の数が足りていません。奴隷たちを指揮官に据えますか?」
「それは駄目だ。現在の指揮官、つまり貴族の子息らの反発が予想される」
「であれば現有戦力のすべてを以って敵を撃滅、これ以外にありません」
「私は反対だ。戦力の拡充をしつつ、哨戒機による偵察の手を広げ、敵の情報を得ることを優先すべきだ。敵を侮ることはできないと今回の作戦で分かったはずだ」
「だからこそです。だからこそ今叩きたい」
「ルフト司令、君は若い。気持ちが逸るのも分かるがいくらなんでも無謀過ぎる。君がやろうとしていることは見えない壁に向かって全速力で駆けていくようなものだ。そりゃ私は自分の身の安全が最優先だがね、それでも君の攻撃計画が杜撰なことくらいは分かるよ」
「ルフト司令、私もカスパル総司令の意見に賛成です」
「フリーデリヒさん!?」
「司令は先の作戦での失敗について責任を感じすぎているんじゃないでしょうか。失点は取り戻さなくてはいけませんが、闇雲に攻めれば敵に手痛い反撃を食らうことになります」
ルフトは机に置いた手を握りしめた。ルフトは幽霊部隊の事実上のトップではあるが、貴族たちへの名目上カスパルを総司令として引き入れた今、彼の意見を無碍にすることはできず、副司令であるフリーデリヒまで反対しているような作戦をごリ押しすることはできない。
必ず多数決で決まるわけではないが、その意見を無視することはできない。それが千人以上の人命を預かる司令官としての責任だ。
「分かりました。この攻撃計画は取り下げます。その代わり、現在王国南エーテル海を探索している哨戒機の半分を、王国西に割り当てます。敵の規模が知り、新たな攻撃計画を用意します」
「その案なら受け入れられる。だが次からは攻撃計画を立てる前に相談のひとつもしてくれ。心臓がいくつあっても足らんよ」
「分かりました」
そう言ってルフトは靴音を響かせながら会議室を後にした。
「それはまあ、私も総司令官の言葉に同意ですねぇ」
憤懣やるかたない気持ちを鎮めにマーヤの元を訪れたルフトだったが、彼女から浴びせられた言葉は彼をさらに打ちのめしただけだった。
「私は冒険者だったわけですけど、冒険者のする冒険ってどんなものだと思いますー?」
「そりゃ冒険って言うんですし、未知の領域に挑んだり、謎を追い求めたり、そういうもんじゃないんですか?」
しかしルフトの言葉にマーヤは首を横に振った。
「熟練の冒険者は未知になんて挑みませんよぉ。冒険者の冒険はまず知ることから始まりまるんです。その仕事は自分たちに見合っているか。表に出ていないリスクはないか。虱潰しに危険を排除していって、その上で恐る恐る一歩を踏み出すんですよぉ」
「俺からの依頼についてきたじゃないですか」
「あれは若気の至りというやつですねぇ。フィーナさんという存在に目が眩んでいました。彼女がいればなんとかなる、と、自分で調べもせずについていった結果があれです」
「そう、でしたね」
そうして下調べを怠った結果、マーヤさんは仲間を失い、こうして俺の顧問役を務めることになったのだ。
「戦うためにはまず敵を知ることですよぉ。でなければ弱点を突くこともできませんから」
ルフトは熱していた頭が徐々に冷えてきたのを感じた。
自分の攻撃計画では最大戦力を以って正面から敵を撃滅ということになっていた。それでは勝利できたとしても相応の被害がこちらにも出るだろう。もちろんどんな風に戦っても被害は出るに違いない。だがその規模が違うはずだ。
「確かに気が逸っていたようです」
「落ち着いてきたようでなりよりです。それでどうされます? お茶でも飲んでいかれます?」
「いいえ、落ち着いてひとりになって考えてみます」
戦うからには勝たなくてはいけない。しかしそれだけでは駄目なのだ。
それが命を預かる者としての責任だ。




