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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第二部 第三章 ネラ
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第七話 解放

 もっとも困難だと思われた作戦参加隊員たちの奴隷からの解放は、幽霊部隊を辞めないという条件付きではあったものの、驚くほどあっさりと許可された。それだけにこの作戦に対するルフト司令官の意気込みが感じられる。

 マルコは首に触れてみるが、長年そこにあった鈴付きの首輪はもう無い。

 自由だ。

 もし幽霊部隊を出て行くことになっても、あの過酷な労役に戻らずに済むのだ。

 それだけでもマルコの足取りは軽くなった。

 作戦の準備も着々と進んでいる。

 直接現地入りする潜入班はマルコとゲルトの2個小隊に加え、医療班3名にデボラ中佐を加え20名に決まった。

 それぞれの衣類や装備もすでに整っている。

 手間取っているのは商隊と偽装するための商材で、布や、織物、それらを加工した衣類や、岩塩、砂糖、香辛料に加え、農具や剣、鎧などの金属加工品まで、多岐にわたる品目が各地で集められている最中だ。

 それらの品はそれぞれの産地から馬車に載せられた後、街道上の人目の無い付近でシャトルに馬車ごと積み込まれ、一旦このガーゲルン統合基地に集められる予定となっている。

 一方、奴隷から解放された小隊員たちは乗馬の訓練を行っている。なにせ馬に乗るような経験のない元奴隷たちであり、またセリア防衛軍には乗馬の訓練プログラムが無いために、乗馬経験のある貴族の子弟がその指導を行っている。

 幸い商人見習い役となったマルコは馬に乗る必要が無く、その訓練からは逃れられているが、その代わりに商人としてのイロハを元商人の奴隷から学んでいる。

 また空いた時間にはデボラやゲルトとお互いの関係性についての設定を煮詰めていった。

 マルコは七塔都市の農家の家の出ということになり、商売で七塔都市を訪れていたゲルトとデボラと出会い、デボラに一目惚れし――この設定はデボラが頑として譲らなかった――、ゲルトに頼み込んで弟子になったということになった。その後、商人見習いとして修行を積みつつ、デボラと関係を進め結婚。独立資金を稼いでいる。と言った辺りだ。

 名前については偽名を使う案もあったが、呼び間違いが起こる危険を考えて、生来の名前を使うことになった。デボラは貴族界では名前が知られているが、よもやディンケル侯爵の娘が商人の娘を騙っているなどとは誰も思うまいし、そもそも貴族と接触する予定もない。


 追い立てられるように日々が過ぎ、夏の終わりを迎えようかという頃に、すべての準備は整った。

 夕刻のガーゲルン統合基地の駐機場に停まったシャトル2機には積荷を満載した馬車が5台、護衛の乗る馬が10頭、そして20名の潜入班が搭乗した。

 またルフト司令官の用意した完全武装の陸戦隊が4個小隊乗り込んだシャトルが1機、護衛の77式が8機、連絡役を兼ねた哨戒機が3機同行する。

 彼らを束ねるのはエレオノーラ・レクラム中佐で、彼らはマイスフェルドの近郊に潜み、デボラから支援の要請があればすぐさま駆けつける手はずになっている。


(作戦開始時刻まで一分を切りました)


 シャトルにはすでに総員が乗り込み、ハッチも固く閉じられている。狭い貨物室に押し込められた馬たちが落ち着かない様子でしきりに足踏みし、鼻息を漏らすのを、それぞれの馬を担当する隊員がなだめている。彼らは革鎧に槍を背負った一般的な軽装兵の出で立ちだ。金属のシャトルの、電気の灯りで照らされた貨物室には似合わない格好である。

 もっともそれはこの時代の一般的な服装に身を包んだマルコも変わらない。

 まさか普通の服を着て落ち着かない気分になるとは、とマルコは苦笑する。自分はすっかりセリア防衛軍に毒されてしまったらしい。

 その一方でレギンレイヴがカウントダウンを終える。


「――作戦開始よ。浮上!」


 デボラが勢い良く宣言したが、シャトルの浮上は馬たちへの刺激を考慮して非常にゆっくりと行われた。

 マイスフェルドへは大陸近海まで境界面を航行し、その後は巡航高度まで高度を上げて、およそ6時間の旅路である。

 レーダー情報と同期すると早速哨戒機の1機が高度を上げて付近の哨戒に入るのが分かる。境界面を航行する以上、エーテル海を航行する浮遊船と鉢合わせするのは避けなければならないからだ。現在は辺境ということもあって付近に航行する浮遊船は見つからない。

 シャトルはすぐにガーゲルン統合基地との通信範囲の外に出た。ここからは本格的に一行はデボラの指示の元に動くことになる。

 やがて哨戒機のレーダーに大陸の影が映る。シャトルはさらに速度を上げ、大空へと舞い上がった。


「順調ですね。中佐」


「そうね。ただ空の旅というのはどうにも慣れないわ」


 マルコはそうでもないが、境界面よりさらに上空に浮かび上がるということについて生理的な不安を感じる隊員は少なくない。境界面に浮遊遺物が浮かぶというのは常識として刷り込まれているが、エーテルの支えの無い上空にこれほどの重量を持つ物体が浮かぶというのがどうにも信じられないのであろう。もちろん理屈を理解していないというわけではない。その程度の知識は管理者たちによって叩き込まれている。しかしながら知っているということと、実際に体験するというのは違うものだ。


「指揮官が不安を表に出してはいけませんよ」


「分かってる。あなたの前だけよ」


 この作戦の準備が始まってから、デボラはマルコへの好意を少なくとも二人きりの時は隠さなくなってきた。もちろんそれが部下に対する好意というものとは一線を画すものであることはマルコにも分かる。

 しかしそのことをデボラ自身はどう考えているのだろうか?

 マルコとデボラは親しい上司と部下という関係ではあるが、その一方でデボラは大貴族の娘であり、マルコはつい先日まで犯罪奴隷だった。その身分の格差たるや説明の必要もない。幽霊部隊という場所が無ければ言葉を交わすことはおろか、その目に触れることすらはばかられる。

 マルコもデボラに単なる上司という以上の感情は抱いているが、いくら幽霊部隊という場所があろうと2人が結ばれることはありえない。それこそ作戦上の必要にかられた演技でも無い限りは。

 それとも、だからこそ、この作戦でのデボラの態度は少しタガが外れているのかも知れない。少なくとも仲の良い夫婦を演じるのであれば、少しは感情がついてきたほうが楽なのは確かだ。

 俺がとやかく考えることでもないか、とマルコは意識を切り替える。少なくともマルコの方からデボラとの関係を進めるつもりはない。彼女が平民であったなら話は別だっただろうが、その程度のことはマルコでもわきまえている。


 やがてシャトルはマイスフェルド近郊の上空に差し掛かる。

 予定通り深夜の到着になり、穀倉地帯も避けたため、周辺に人気のある様子はない。星明りの中をシャトルが降下を開始する。パイロットの見事な操縦で着地時のわずかな振動以外は大きな揺れもなく、シャトルは大地に降り立った。

 ハッチが開き、一行は降機する。潜入班の全員が大地に降り立ったのを確認して、シャトルは甲高い音を残して飛び立っていく。


「それじゃ野営の準備だ」


 ゲルトが指揮を執って隊員たちを動かし始める。指揮官はデボラだが、ここからは実務をゲルトが取り仕切る。演技の始まりだ。

 護衛役の隊員たちによって天幕が張られ、見張りが立てられた。商人役のマルコたちは早々に天幕に引っ込んだ。マイスフェルドに入る前の最後の打ち合わせが行われる。とは言っても最終確認であり、その内容は何度も確認してきたことだ。

 マイスフェルドに入ったら現地の諜報員と接触し、出来る限りの情報を吸い上げ、白き城(ヴァイスブルク)に潜入する。現地協力者を救出し、脱出。一刻も早くマイスフェルドを出て、シャトルに回収される。

 ただし戦闘状態の如何によっては陸戦部隊の強襲降下もありうる。あまり考えたくはないが、マイスフェルドにシャトルを強行着陸させ、脱出ということも起こりうる。もちろんそうならないように最大限努力しなければならない。


「とにかく私たちは目立つのを避けなければならない。トラブルを起こさないように隊員たちには徹底させて。任務以外の揉め事はお断りよ」


「酒も女も禁止してます。それが不自然に映るかも知れませんがね。本当は羽目を外す時間をくれてやりたいところなんですが……」


「そういうわけにはいかないわ。この仕事が無事に終われば司令官に休暇を申請してあげる。それで我慢させて」


「酒は統合基地のが美味いからいいんですがね。女日照りなのはどうにかしないとマズいですよ。なにせ統合基地にいる女性と言えば中佐のような手の届かない女性ばかりなのでね。いい加減、女との肌の触れ合いを求めてるヤツも多い。反発を招きますよ」


「作戦期間中大人しくしていてくれるならそれでいい。その問題は司令官に丸投げするわ」


「女性にこんなことお願いしたくはないんですがね。本当ですよ。司令によろしく伝えてください」


「分かったわ。戻ったら司令官に伝える。そこから先は約束できないわよ?」


「上官が問題を認識していると伝えられるだけでも多少は救われるもんです」


 新たに持ち上がった話はそれくらいのもので、打ち合わせは早々に終了した。

 明日にはマイスフェルドに入ることになる。

 そこは敵地だ。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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