第一話 ガーゲルン統合基地急襲
マルコは指揮所に飛び込むと、真っ直ぐに艦長席に向かい腰を下ろした。
状況報告はレギンレイヴから受けているが、戦艦の起動シークエンスまでレギンレイヴに任せることはできない。セリア防衛軍の装備はいずれも最終的な判断は人が下すようにできているからだ。
戦艦の中央部、やや前方よりにある指揮所は、その位置関係から当然ながら外部カメラなどによる観測無しには外の状況が分からない。内装はセリア防衛軍の標準的なもので、基地司令室と比べるとかなり手狭だ。席数も10に満たない。
とは言え、現在指揮所にいるのはマルコひとりであり、今後も増える予定はない。使える艦艇の数に対してあまりにも人員が足りていない幽霊部隊では、ひとつの艦をひとりが担当する。
本来ならこの戦艦は一隻に1000名近い人員を配置して運用されるものであり、もちろんマルコもレギンレイヴも、そして戦艦AIもオーバーワークとなる。だが運用は不可能ではない。
ルフト司令官としては1000人で一隻の戦艦を運用するより、1人一隻で400近い艦艇を運用するほうが理にかなっていると考えたのだろう。そうでもしなければ幽霊部隊では空戦部隊に陸戦部隊まで確保できない。
もちろんその分の負担は1人で艦艇を運用しなければならない各艦長にのしかかってくる。その代わりと言ってはなんだが、ひとりというのは気楽なものである。少なくとも直接的に他人の命を預からないで済むし、こんな状況下でなければ、指揮所のデスクに足を乗せていても誰からも咎められないというのはいいものだ。
戦艦の各部システムが起動し、システムチェックも完了。統合基地のシステムとの同期も始まった。レーダー情報からいち早く空戦部隊が空に上っていく様子が見て取れる。続いて基地配備の投射砲が次々と砲火を上げていることが分かる。だが敵艦の姿は現れない。レーダー圏外なのだ。従って基地投射砲の砲撃もただのめくら撃ちであることが分かる。
(第二射、来ます)
対空砲は?
(すでに起動しています)
敵の投射砲による第二射は、統合基地からやや南南西の方角から飛んできた。第一射がほぼ南からだったことを考えると、敵艦は移動しながらこちらを撃ってきていることになる。
対空砲が砲弾を迎撃するために唸りをあげる。だが対空砲で撃ち落とすには、砲弾というものはあまりにも小さく速い。基地の対空砲も全力稼働しているが、砲弾をすべて迎撃できるわけではない。
砲弾は次々と統合基地に降り注ぎ、そのシールドを削っていく。マルコの乗る戦艦にも2発の命中弾があった。シールドで弾き返したものの、シールド残量は大きく削られた。
衝撃は――来ない。
いかに戦艦のコンピューターが優秀だろうと、そこまでの計算はできないということか。それとも戦艦のハードウェア的にそんな再現機能はそもそも搭載していないということか。なんにせよ画面上は完璧極まる戦場も、実体は仮想弾頭を撃ち合う訓練に過ぎない。
マルコの戦艦は2発の砲弾を浴びたことになってはいるが、実際には何事も起きていないのだから艦が揺れるわけがないということだ。
とは言え、実際だったらどれくらい揺れるのかは知りたいところではある。艦長席でシートベルトを締めているものの、あまりにも酷い揺れであるならば指揮継続も難しいかもしれないのだ。
(敵艦隊捕捉しました)
統合基地のレーダー圏外ぎりぎりの位置で時計回りに移動している敵艦隊の姿がレーダーに映る。観測機からの情報だ。総数200強、ルフト司令官が持っていったほぼ全艦がそこに集まっている。
いやいやいや、そりゃねーだろ、とマルコは思う。
ルフト司令官が200を超える艦艇を訓練のため持ち出したことは知っている。だが訓練が始まれば、使うのはその半数程度に留まるだろうとマルコは推測していた。なにせ基地に残された艦艇の数が100弱なのだから、そこに200隻以上をぶつけるというのはあまりに戦力差が大きく、攻守どちらにとっても有効な訓練になりそうにない。
とは言え、司令官らしい、ともマルコは思った。
容赦の“よ”の字も知らないような司令官であるから、最悪のその下を想定しておけくらいのことは平気で言うだろう。そう考えると他の基地に配備している艦艇もかき集めて、予備戦力としてどこかに隠しているくらいのことは考えておいてもいいかもしれない。
うん、レギンレイヴ、今の考えを司令部に上申してくれ。
(承知しました。その司令部より命令です。準備の整った小隊ごとに浮遊せよとのことです)
了解。
ルフト司令官は艦隊を編成する上でも小隊制を維持した。8隻の艦艇で一個小隊。小隊が3つで中隊。中隊が3つで大隊という具合だ。現在、統合基地に残されているのは四個中隊であるから、大隊ひとつと予備戦力である中隊ひとつということになる。
マルコの上申を司令部が受け入れれば、予備戦力は基地に残すしかない。敵艦隊と相対するのは一個大隊ということになるだろう。およそ3倍差の戦力になるわけだ。
もっとも敵艦隊はレーダー圏外とは言え、基地の投射砲の射程範囲ではある。艦艇に積まれたものより遥かに強力な投射砲の支援を受けられるわけだから、一方的に不利というわけでもない。
基地の投射砲が――画面上では――次々と砲火を上げる中、マルコの小隊は境界面に浮遊した。敵艦隊は有視界外で、惑星の曲面の向こう側にいるため、レーザーでは攻撃ができない。マルコの戦艦もレーダーを頼りに投射砲を放っているが、敵艦隊は複雑な回避運動を行っていて、命中率は著しく低い。
確実に攻撃を当てるには有視界距離まで接近してレーザー攻撃を仕掛けるのが確実だ。だがそれは同時に敵艦隊からのレーザー攻撃を受けるということでもある。艦艇数で大きく劣る以上、まともな艦隊戦に持ち込めば大きな損害を受けることは避けられない。
「小隊、回避運動を本艦に連動。密集隊形で基地直上より移動。攻撃は続行せよ」
小隊員たちから了解の返答が返ってくる。
マルコの指揮する小隊の構成員はいつもの同室の8名。艦艇構成は戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦2、フリゲート3だ。それぞれの艦種の特徴を簡易的に表現するならば、戦艦はシールドが大きく、巡洋艦は速度と火力に優れ、駆逐艦は対空装備が充実している。フリゲートはこれらの船の中でもっとも小さく、強いて利点を上げるならば小回りが利く。
基本的に小隊単位での戦術は、戦艦が敵砲の矢面に立ち、その背後に隠れながら各艦が敵に攻撃を加えるというものになる。もっとも投射砲の曲射を受けている現状では、戦艦が前に位置することにそれほど意味はない。
(司令部より通達。第一から第三中隊で臨時大隊を編成。敵艦をレーザー射程に収めるまで前進し、その後、後退。敵艦を誘引せよとのことです)
どうやら司令部は基地火力のすべてを使って敵艦を撃滅する方針のようだ。数の劣る艦艇は囮役。一個中隊を残したのはマルコの上申を読んだからだろうか。まあ、マルコだけがそのことに思い至ったわけでもあるまい。
さてこうなると問題は敵を基地レーザー砲の射程圏内まで引きずり込めるかどうかということになる。現在、敵艦隊との距離はおよそ80キロメートル。基地レーザー砲の地平射程は15キロメートル。境界面を撃つ場合なら30キロメートル弱。50キロメートル以上、敵を誘引しなければならない。
しかしながら投射砲の最大射程は400キロメートルを超える。敵が基地を攻撃したいだけならば、こちらの艦隊から距離を取って釣瓶撃ちを続ければいい。
さてこの訓練においてルフト司令はなにを目標としているだろうか。
小隊を前進させながら、マルコは唇を舐めた。
敵艦隊がこちらのレーダー圏のギリギリ外に居たということは、ルフト司令は基地を攻撃するに当たって一定の手順を踏んだことを示している。つまりは勝手知ったるガーゲルン統合基地の位置を、とりあえずは知らないということを前提に接近してきたということだ。
こちらの警戒網には引っかからなかったが、おそらく哨戒機なりなんなりを飛ばしていたに違いない。それを通して基地を発見するまで攻撃は控えたのだろう。そして現在の幽霊部隊の目標を考えれば、ルフト司令の行動指標は捜索撃滅であろうと推測できる。基地も艦隊も撃破したい。
そう考えると言うほどの戦力差ではない気がしてくる。おそらく戦力不足で苦しんでいるのはあちらも同じだ。
「案外、全艦隊で逆方向に逃げれば慌てて追ってきたかも」
ルフト司令の目的が捜索撃滅であったとして、敵主力艦隊に無傷で逃げられることは避けたいに違いない。もっとも一艦長でしかないマルコがこんな考えを抱いたところで、基地司令部の作戦行動には影響すまい。なにせ基地司令部は、基地の司令部なのであって、基地を守るために作戦行動を立案するに決まっているからだ。間違っても早々に基地の放棄などという結論には飛びつかない。
まあ、それでも一応考えることは続けなければならない。基地司令部が撃滅されて、艦隊司令部も撃滅されて、大隊指揮が機能しなくなれば、小隊長であるマルコが判断を強いられる場面が来ないとも限らない。
もっともそんな場面になれば艦隊は潰走状態に違いないから、逃げの一手なのだけれど。
マルコがそんなことを考えている間にも臨時大隊と敵艦隊の距離はぐんぐんと詰まっていく。敵艦隊は退く気は無いようだ。一方、敵の投射砲は狙いを臨時大隊に定めたようで、仮想弾頭が次々と降り注いでくる。今のところ小隊のシールドに破綻は無いが、被弾が増えつつあった。他の小隊では不運なことに連続で被弾し、シールドが破綻して後退を余儀なくされる艦が出始めている。それでも撃沈判定を食らった艦が無いことは幸運というべきだろうか。シールドの破綻だけなら、復旧とともに戦線に復帰できる。
相変わらず基地を中心に時計回りに移動を続ける敵艦隊の後方に向けて臨時大隊は突き進んでいく。敵艦隊はどこかで反転するはずだという確信がマルコにはあるが、それがどのタイミングなのかまでは分からない。臨時大隊ははっきりと敵艦隊の後方を通過攻撃する進路を取っており、敵艦隊がそれを見過ごすとも思えない。
もっとも敵艦隊が反転してこちらに進路を向ければ、臨時大隊も反転して後退する予定だ。逆に言うと、敵艦隊が反転しなければこのまま通過攻撃を仕掛けることになる。
もし敵艦隊の後方を通過攻撃できれば、敵艦のもっとも装甲の薄い後方を攻撃できるということであり、艦艇数の劣る臨時大隊にしてみれば大きなアドバンテージとなる。その後も敵艦隊が進路を変えないようであれば、その後方に食らいついて行くという選択肢も生まれる。ルフト司令がそう簡単に背中を晒してくれるとも思えないが、敵艦隊の進路は変わらないまま彼我の距離は詰まっていく。距離30キロメートル。山岳地帯でなければとっくにレーザー砲の射程圏内だ。
このまま敵艦隊後方を通過攻撃できる?
マルコがそう思い、攻撃用意を小隊に命じようとした時だった。
(敵艦隊、回頭しています)
レギンレイヴの声にハッとする。
このタイミングで回頭。どうする? 攻撃か、反転か?
もちろんそれを判断するのはマルコではない。艦隊司令部の仕事だ。だが艦隊司令部からの命令はすぐにはない。艦隊司令部からの命令が無い以上、それ以前の命令が有効だ。
「小隊、攻撃用意!」
(艦隊司令部より入電。左反転し、敵レーザー砲の射程より離脱せよとのことです)
遅い! 山々の向こう側から敵艦隊が姿を現す。右回頭しつつ、こちらに横舷を向けている。
「全艦左反転しつつ攻撃開始! 攻撃目標を同期!」
仮想レーザーが両艦隊の間を結ぶように放たれた。画面上が埋まるほど濃密な弾幕が双方に降り注いだ。




