先輩・芹沢2
後日、会社に婚約解消の旨を伝えた。
結婚してしまっていたら諸々の手続きが面倒だっただろうから、踏み留まって正解だったのかもしれない。
ただ、小さな会社の弊害か瞬く間に社内に情報が広まってしまった。
一応、人気の少ない帰り際に報告したのだが、翌日にはその話で持ちきりだった。
「婚約破棄!?」
脇から聞こえた声に、あぁここでもかと溜め息を吐く。
そのまま素通りすれば良いものを、その場に足を止めたのは聞こえた声に覚えがあったからだ。
何とはなしにその場潜んで様子を窺えば、予想に違わず話題は俺のことだった。
予想外だったのは、その話を初めて聞いたらしい新入社員・柚月の反応だった。
入社して半年、ついこの前まで学生だった彼女は、子供のように泣いていた。
何故、必死に頑張って働いている恋人を裏切ってそういうことが出来るのかと。
大変なときや苦しいときに傍で支えてやるのが恋人ではないのかと。
何処までも真っ直ぐで純情、愚かしいまでの夢のような理想を口にして、泣いていた。
理想と現実は違う。
幼い彼女はまだ恋に夢見ているだけなのだろう。
現実の恋愛なんて、美しいばかりではない。
打算も妥協も嘘偽りも存在する、どろどろした醜いものだ。
この世界に、純粋な恋情だけで結ばれているカップルが一体どれほどいるというのか。
そんな冷めたことを考える反面、彼女は俺のために怒って泣いてくれているのかと思うと少しだけ心が満たされた。