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恋になる前の話  作者: 相馬 満尋
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先輩・芹沢


恋人であり婚約者だった女との婚約を破棄した。


彼女の両親は、俺の家まで来て土下座した。


娘が大変申し訳ないことをしたと。


母親は平身低頭泣き崩れながら、父親は引き摺るように連れてきた娘の頭を床に押さえ付けて。


それを俺は、冷めた目で見ていた。


怒りとか哀しみとか、そんなものはもう何も感じなかった。


彼女の存在自体がどうでも良かった。


よりを戻すつもりなどないし、そもそももう関わりたくない。


彼女の浮気相手を、何となく俺は察していた。


去年の春頃、一人の女性が会社に怒り心頭で乗り込んできたことがある。


曰く、この会社には自分の旦那を奪ろうとしている女がいると。


その女を出せと、クビにしろと、散々喚いたその奥方は、対応に出た人間に何とか宥められ少しは落ち着いたが、その後は切々と自分の夫に手を出している女が社内にいるのだと訴えた。


対応に出た人間はそんな男女の事実関係など知る由もなく、改めて調査すると言ってその女性を帰したらしい。


その女性は、俺の上司の妻だった。


社内恋愛は禁止されていないが、不倫は流石に外聞が悪い。


事実関係が知りたいから何か知っていることがあれば教えてくれと、会社側から内密に尋ねられたことがある。


そのときは何も知らなかったからそのまま答えたが、今思えばあれは彼女のことだったのだろうと思う。


そして件の上司との付き合いは、その後も続いていたのだろう。


そう考えれば、度々社内で見掛けた二人の親密そうな様子も、日頃から件の上司が俺に対する風当たりが強かった理由も、簡単に納得がいった。


同僚が交通事故で入院したとき、これ幸いと件の上司から嫌がらせ紛れに割り振(押し付け)られた異常なあの仕事量を思い出すと今でもげんなりする。


仕事は嫌いではないが、公私混同で不当に押し付けられたいものではない。


向こうにしてみれば、それほどまでに俺が目障りで仕方なかったのかもしれないが。


一回り以上歳の離れた若い愛人は、それほどまでに魅力的だったのだろうか。


その彼女を見限って別れを告げた俺には全く理解出来ない。


「ごめんなさい。芹沢さんを裏切って傷付けた私は、芹沢さんのお嫁さんになる資格がありません」


親に頭を押さえられ土下座した彼女が涙ながらにそう言ったとき、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


とんだおためごかしもあったものだ。


一体どれほど俺を馬鹿にしているのかと思う。


けれど怒りなど湧いてはこなかった。


怒る価値すら感じられない。


「好きにすれば良い」


そう返した俺の声は何処までも平淡で、一切の関心が彼女から消えていた。


かつては付き合っていた彼女が頭を垂れて涙を流す姿を見ても、何一つ心が動かない。


それが答えだった。



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