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恋になる前の話  作者: 相馬 満尋
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後輩・柚月

「婚約破棄!?」


思わず私は大声を上げてしまった。


直後に頭を叩かれ声が大きいと叱られたが、叫んでしまったのは無理もないと思う。


それくらい、寝耳に水の話だったのだ。


「ちょ、それ、本当なんですか…?」

「本当よ~。昨日、芹沢(せりざわ)君が言ったんだもの。お騒がせして申し訳ないって、あの人何にも悪くないのにね。もう不憫で仕方なかったわ~」

柚月(ゆづき)、アンタ昨日休みで正解だったわよ。じゃなきゃ間違いなく深山(みやま)にぶちギレてたわね。本人いないのに暴れられても困るっての」

「さ、流石に暴れはしないと思うんですが…」


先輩(お姉さま)方の中で私は一体どんなイメージなのかと、若干不安になる。


なけなしの名誉のために一応の否定を試みたのだけれど、


「そう?私でも深山に腹立ったんだからアンタなら暴れるくらいしそうな話よ、これ」


ふざけるでもなく至極真面目な顔で返された。


「柚月ちゃんは芹沢君のファンだもんね~」


コロコロと笑う篠崎しのざきさんの言葉は事実なだけに否定出来ない。


何せ芹沢さんは入社以来私の憧れの先輩なのだ。


彼を尊敬している後輩としては、先輩が身勝手な理由で婚約を破棄するなんて間違っても思えない。


「一体何があって、婚約破棄なんて…」

「それがねぇ、」


藤瀬ふじせさんの潜められた声につられるように、ぐっと身を屈める。


「深山のお腹の子、芹沢の子じゃなかったんだって」

「はぁ!?」


それって、つまり。


「まぁ、浮気よね。間違いなく。会社では隠してたみたいだけど、あれで実は結構派手な女だったし意外でも何でもないわよ」


深山さんは先日、妊娠が発覚して退職した私の三つ上の先輩だ。


籍こそまだ入れていないがプロポーズ済みの婚約期間に妊娠が発覚したのだから、そのまま所謂出来ちゃった結婚、またの名を授かり婚になるのだと誰もが思っていた。


けれど、


「芹沢君もね~、元々子供が出来たって聞かされたときからおかしいとは思ってたんだって」

「…自分の子じゃないんじゃないかって疑ってたってことですか…?」

「そ。まぁ単純に計算が合わなかったんだと思うわ。だって割と最近まで芹沢って死ぬほど忙しくしてたじゃない?あの頃、深山とそんなことしてる暇あったと思う?」


ない。


社員がひとり交通事故で入院し、芹沢さんはその皺寄せを受けて有り得ないくらいの仕事量を過密スケジュールでこなしていた。


それこそ本気で過労死を心配するレベルで、私は差し入れと手伝いくらいしか出来ずに随分と歯痒い思いをしたものだ。


ふらふらになりながら、芹沢さんは穴を開けることなく仕事をやり遂げた。


私には大したことなど何も出来なかったけれど、それでも彼の頑張りと努力をずっと見ていた。


芹沢さんがそんなに必死になって働いていたのに。


そのとき深山さんはーー彼を、裏切っていたのだろうか。


「まぁそんなこともあったから、籍入れるのに待ったかけてたみたいよ」

「そんな…」


続ける言葉を失って、呆然と呟いた。


だってそんなの、あんまりだ。

酷すぎる。


芹沢さんは、一体どんな思いをしたんだろう。


愛して、生涯を共にしようとプロポーズまでした女性に裏切られるなんて、そんなーー。


「え、ちょっと柚月!?やだ、アンタ何で泣いてるの!」

「柚月ちゃん、ほらハンカチ」

「だって、だって芹沢さん凄い頑張ってたのに…っ!何日も泊まり込んで、寝るのも食べるのも全部そっちのけで仕事必死にしてたのに…っ!何で…っ!?」


何で、必死に頑張って働いてる恋人を裏切ってそういことが出来るの。


顔色悪くてフラフラで、自分が倒れちゃいそうなのに私達のことも面倒見てくれる優しいあの人を、何で。


「分かんないよ…っ!大変なときとか苦しいときに傍で支えてあげるのが恋人なんじゃないの…?」

「柚月ちゃん…」

「柚月…」


ただただ、芹沢さんの気持ちを思うと切なくて、胸が痛かった。


悲しいのも傷付いてるのも、私じゃないのに。


私が泣いたところで芹沢さんの傷が癒える訳でも、深山さんの裏切りがなかったことになる訳でもない。


それでも、涙がぼたぼたと溢れるのは止められなかった。




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