8 ドームですね
見たこともない料理ばかりだったけど、一様に肉が並ぶのはここが狼の住処のせいなんだろうか。
街の説明が理解できませんと情けない顔をしたあたしは、抱き潰そうとするフロリードさんの攻撃から救ってくれたリオネロさんによって、レトロモダンな雰囲気のレストランに連れてこられていた。
移動中「匂いが混じる」だの「勝手にマーキングするな」だの訳のわからない苦情をまくし立てていたフロリードさんも、店内に入って膝にあたしを抱き取った時点でなんとか落ち着いてくれたし。あっちこっちにキスを降らせながら、もう絶対に嫌がることはしないから離れないでくれと懇願されたのには困ったけど、
だって、現状が既にイヤなんだもん。いい年して一人で座れないとか、公共の面前でセクハラされまくりとかちっとも嬉しくないっての。
それでも良い匂いのする料理がテーブル中に並ぶ頃には、諦めの境地に達していた。何を言ってもしても離れてくれないなら、せめて邪魔にならないようにしてくれと頼んで納得してもらえたからね。現時点ではこれでいいことにする。お腹空いたし。
ステーキ、スープ、煮込みに包み焼き。
肉の正体はわからないけど、どれも祖国の調理法に大差なく、一口食べれば日本では口にしたことのないスパイスが香るとても美味しいものだったことには大満足だ。
でも、付け合わせの野菜類が異常に少ないのが気になった。地球でならせめてポテトにコーンにグラッセしたニンジンくらいは彩りで皿に乗ってそうなのに、肉の上に風味付けでのったハーブらしき葉っぱが一枚?スープにも上からパラパラみじん切りされた葉っぱらしきものがかかってるだけで、煮込みや包み焼きなんて全部肉だけだ。ともかく肉、何処見ても肉。
「あの…肉以外はないんですか?」
「ん?魚が良かった?」
美しい見てくれとは正反対の旺盛な食欲で肉を口に放り込んでたフロリードさんは、恐る恐る尋ねたあたしににこやかに微笑んでメニューを開く。
いえいえいえ、これ以上の動物性タンパクは望んでなくてですね。
「サラダとかが良いんですっ!魚じゃなく、葉っぱで」
すぐにでも店員さんを呼びそうなフロリードさんを制して、慌てて要求を口にすると、リオネロさんが顔を顰めた。
「野菜を食べるのか…?兎のように」
「あらら、肉は食べられなかった?」
自分が口にする合間に小さく切った(ただしフロリードさん基準だからあたしには塊肉)をせっせと食べさせていたくせに、今更それはないだろうと呆れたあたしは首を振る。
「いえ肉も、ついでに魚も好物です。でも、野菜は結構摂るのですよ、地球人は。体内でビタミンが生成できないから」
もしや肉食動物と同じ体内構造でもしているのかと動物耳をつけた異星人を観察していると、それぞれに肩を竦めた彼等は、何処でも女は言うんだなと店員さんにサラダを注文してくれた。
なんだ、あるんじゃん!
「僕たちもビタミンは補給しなくちゃならないけど、そんなものはサプリで十分だと思うんだよね。何もあんな青臭くて上手くもないものを無理に食べなくてもね」
「ああ、男は好んで野菜を摂取しないからな。女だけだろう?食事時に栄養だバランスだと騒ぎ立てるのは」
面倒だと溜息交じりに零した二人は、黙々と肉だけを消費することに専念したしたのだけど、あたしには結構ほっとする内容だった。
ここの世界の女性と、同意見だって事は上手くやれそうって事だよね?よかったよかった。
そうして上機嫌で食事を消費しながら、あたしはもう一度ゆっくり、ドームとそれらの存在意味について説明をして貰った。
男女は基本的にそれぞれのドームに籍を置き、共に暮らすことは希なのだという。
大昔、この太陽系にある居住可能な三連星は、性差も種族別もない暮らしを営んでいた。しかし人間が寄り集まれば、争いや差別が生まれるのは何処の星でも同じらしい。
大型種族に良いように使役されていた小型種族と、見るに見かねた中型種族間で戦争が始まった。戦局は一進一退の膠着状態でなんと20年もの月日が無駄に過ぎ、疲弊し憎しみだけが増すことの無益さに気付いた彼等は綺麗さっぱり別れて暮らすことで無益な諍いを止めることを宣誓したらしい。
これが今からざっと千年ほど昔の話だって言うんだから、科学技術の発展に差がありすぎると思わず呟いてしまった。だって千年前の日本は平安時代だよ?歴史に疎いから他の国のことは良くわからないけど、少なくとも宇宙に出て他の星へ移動するような能力は皆無だった筈。いやはや、地球人て井の中の蛙だよね。そりゃ、銀河の果てから未だに脱出できずにいるのも致し方ないことですよ、はい。
それはともかく、一番大きなティエラに大型種族、次に大きなマルテに中型種族、最後のベヌスに小型種族と別れ、暮らし始めたのだけれど…今度は戦争で棚上げになっていた種族間抗争が浮き彫りになってきた。
そりゃね、大型種族にだって肉食獣と草食獣がいるんだもの、共栄は難しいんじゃないかと地球人のあたしだって思う。
結果はやっぱり難しくて、それならそれぞれの種族でコミュニティーを作りましょうと落ち着いて、今の街の原型ができたんだとか。
種族ごとにドームを造り、みんな仲良く…まだ暮らせないんだな、これが。
今度は整備された社会にこれまで男達を黙って支えてきた女性が進出したことによって、様々な問題が噴出したんだとか。
地位向上運動、家事分担、子育て分担、晩婚化に少子化にDV、などなど。だんだん親近感が湧く内容になってきたけど、今からざっと700年くらい前の話だって言われるとまた地球人の遅れてる感に涙が出そうになった。自惚れてたんだな、地球人。
えー話を戻して。
時期は違えどこの性差問題は、瞬く間に3つの星中に根を張る深刻な問題となり、なんと交流がほとんどなかった種族同士が一致団結して解決のため話し合いを重ねる事態と相成った。結果的にこれが後年まで続く友好交流の切っ掛けになる出来事だったので、歴史的には高評価らしいんだけど、男女間には決定的な亀裂を入れる結果となった。
男は、女は力で劣るのだから大人しく子供の面倒を見たら良いというのが大勢。
女は、子供も産めないくせに腕力でか弱いものを支配するなど以ての外というのが大勢。
文明開化以前のご意見とウーマンリブなご意見は、平行線だ。これに幸せな結婚生活をして送っているご夫婦のみんな仲良くと、そうは言ってもリア充って憧れちゃうよねって独身男女の意見を加味して、面倒だからドームを増やそうよで話が纏まって。
独身男性と、子供は産んでもらったけど結婚はごめんな男性、4才過ぎて母親から育児放棄された男の子が住む男街。
独身女性と、子供は産んだけど結婚はお断りな女性、4才過ぎて母親から育児放棄された女の子が住む女街。
子供産むなら家族が良い、結婚賛成な家族が住む、家族街。
子作りの間だけ異性と一つ屋根の下で暮らすのも吝かじゃない男女が、短期滞在して交配に励む、婚姻街。
という現在の形態が、時代と共に細々とルール変更しながら社会にすっかり適合したのだとか。
「男女が別に住むって言うのは、秀逸なアイディアだったよね」
「ああ、おかげでストレスフリーな社会になったからな」
「…えー…」
最高の社会構造だと言わんばかりの男二人に、何となく納得できないあたしてやっぱ時代遅れなのかな?でもでも、恋って人生の中でもっと重要な位置にあってしかるべきだと思うんだけど。
オレンジの葉っぱ(!)にフォークを刺しながら、あたしは納得できなくて首を捻るのだった。