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6 流血沙汰ってなに

 フロリードさんの不思議発言はともかく、わざわざ執務室から説明のために出てきてくれた男の人は、床に膝をつくという大変申し訳ない姿勢で簡潔に自己紹介をしてくれた。


 セントラル治安維持課課長の彼はリオネロさんとおっしゃるそうだ。予想通り偉い人だったので、騒いで迷惑をかけたことはもう一度謝っておいた。自己保身のため。

 ついでに教えて貰ったフロリードさんの役職は、治安維持課課長補佐。やっぱりこっちも偉かった。


「さて、ここからはマイの日々の生活についての説明になるんだが、リードから何か聞いているか?」


 ちらりと友人に目をやったリオネロさんは首を振って否定するあたしに溜息を零すと、すっくと立ちあがってフロリードさんの腕から憐れな異星人を救出してくれた。

 そう、彼はあたしを抱きしめたまま解放してくれなかったのだ。どう考えたって真剣に話しをしなくちゃいけない場面だろうに、リオネロさんの非難の視線も何のその、横抱きにした獲物をぬいぐるみの如く腕に抱えてあろう事か上司と会話させていたのである。

 勿論あたしだって脱出しようと抵抗はしてみたけど、いかんせん腕力の差がありすぎる。性差だけでも越えられない壁だって言うのに、最弱・・地球人の名は伊達じゃない。

 しかしリオネロさんはあっさりそれを打ち破ってあたしを掬い上げると、すとんと隣の椅子に座らせてくれた。とってもありがたかったが、無力感はいっそ小気味いいほどだったと言っておこう。なにしろ体重をまるで感じていないような動きだったのだ。ペットの気分と言っても過言ではない。


「リオ!何をするんだ!!」

「それはこっちのセリフだっ」


 直ぐさま立ちあがろうとしたフロリードさんを両腕で押さえつけ、非常に緊迫した力比べをしているリオネロさんは友人のを短く叱責すると、あたしを振り返った。


「君は、ずっとフロリードに抱きかかえられていることを望んでいるのかっ?」


 突然の質問だったが、返事は早い。


「いいえ」


 ずっと離してくださいとお願いしてたのに、聞き入れて貰えなかっただけだ。だから答えなんて決まっていると即答したら、満足そうに頷いたリオネロさんは未だ抵抗するフロリードさんの耳にがぶりと、本当に犬歯が刺さる勢いでがぶりと噛みついたのだ。


「痛っ!噛むな!」

「手がふさがっていたんだ、仕方なかろうっ」


 一括りの髪を引っ張られながら、リオネロさんの声は鋭い。

 おもちゃを取り上げられた子供のように騒ぎ立てるフロリードさんに、こんこんと年頃の娘に不用意に触らないよう諭す様は、まるで親か先生のようだ。というより、貴方方おいくつですか。まるで子供の喧嘩のようなワイルドさなんだけど。

 委細はともかく、個人的立場から非常に彼を応援したい状況なので、小さな声で密かに声援を送っていたのだが、ぎゃんぎゃんほえてるフロリードさんの耳にそれは届いてしまったらしい。


「ひどいよ、マイ!さっきまであんなにリオを怖がっていたのに、僕よりこいつの方が良いの?!」

「えっ、そういう問題じゃないと思います。ただ自分の足で歩いたり座ったりしたかっただけで…」


 そんな真顔で責めたてられても、困るんですが。

 どっちとより仲良くなったんだと聞かれれば、考えるまでもなくフロリードさんだろう。見知らぬ星で初めて優しくしてくれた人でもあるから、刷り込みされたアヒルのように無条件でなついていると言っても過言じゃない。

 だけど行動と今後に関しては、彼の扱いに異議ありだ。一方的に決められたりあたしの意見を全く聞いてくれないのは、どうかと思うんです。だから反論したというのに。


「君みたいに弱い子が一人で歩いたりしたら、攫われちゃうだろ!男か、女でも力のある子の保護下にいないと危ないんだ」

「は…?」

「それはそうだが、2人だけしかいない部屋でずっと抱いている必要はないだろうっ」

「リオがいるから2人じゃない」


 理解が追いつかないあたしを放って力比べをしている彼等に、今ちょっぴり水をかけたいと思うのは仕方ないんじゃないかな。ほら、熱くなってるみたいだから冷やしてあげたら静かになるかなってね。ついでにいろいろ説明してくれたらとってもありがたい。…しばらく無理そうだけど。

 

 その予想通り、がうがうと掴み合う二人は体感で10分程度揉めてたと思う。よくわかんないけど、多分そのくらい。

 ひとしきり小競り合いして落ち着いて、理性がないんじゃなかろうかこの人たちはと、こっちが心配になったあたりで何とか小康状態のご様子。横並びのリラックスチェアーに、あたしを挟んで一直線に座っている現状。


「ごめん。ちょっと熱くなっちゃった」

「ああ、少々興奮してしまった」


 耳に開けられた歯型から流血してるフロリードさんと、ぼさぼさの髪を縛りなおしてるリオネロさんは、何事もなかったかのような冷静さでそんな風に言ってくるんだけど。


「………お2人とも、おいくつですか」

「「31」」


 呆れかえって聞いて、答えにのけ反ってしまった。

 30過ぎの男が、くだらないことでつかみ合いの喧嘩…ありえない。信じられない。

 少し前まで取っ組み合ってたとは思えない麗しい顔をまじまじ眺めて、だから思わずつぶやいてしまう。


「いい年をして…全く…」


 高校生ならともかく、社会人が喧嘩しているというのが想像つかない。だってまだまだ大人になりきれない大学生だって、めったなことじゃ流血騒ぎなんて起こさないんだから、立場とか仕事とかいろんな柵がある人たちがそんな真似するなんて、考えられなかったのだ。

 でも言われたフロリードさんとリオネロさんはあたしを訝しげに見ると、


「女性のことで喧嘩をすれば、このくらい当たり前でしょ」

「異性がらみの揉め事に年齢など関係あるまい」


 異口同音に全否定された。

 というか、またまた意味不明なんですが。そんなのがいい年して喧嘩する理由になるの?

 どうにも理解できず首を傾げたところで、もしやと思う。これも星が違うせい、とか言っちゃう?


「あの…この星では、男性が女性を巡って流血沙汰の揉め事を起こすのが当たり前だったりします?」


 まるで野生動物の世界だけど、部分的に動物っぽいしそんなこともあるかなと問えば、おかしなことを聞くと言わんばかりの顔で頷かれた。


「女性に交配を申し込んだのが自分だけならいいが、数人と被って更に相手が選びきれないと強い方を選ぶのが一般的だからな。さすがに命のやり取りは法に触れるが、血が流れる程度は珍しくもない」

「一人の男に女性が群がった場合もやり方は一緒だから、性別で喧嘩する、しないなんてこともないよ」

「お前の星では違うのか?」

「はい、全く。異性を取り合って喧嘩なんて、ありえない」


 一昔前のドラマやマンガじゃあるまいに、ああ、昔の歌でもそんなのがあったってお母さんがいってたかな。

 ずいぶん驚いてる2人に所変わればだとしみじみ感じていたけれど、何となくリオネロさんの言葉の中に無視しちゃいけないところがあった気が、してきた。

 はてと記憶を辿って、そうそうと手を打ったのは。


「あの、交配ってもしかして、その…」


 聞こうと思うとこれ、女子が男子に言うにはちょっと、恥ずかしい感じの内容なんだよね…。

 らしくもなくもじもじと内容を口にできないでいたというのに、したり顔で頷いたリオネロさんはいともあっさり言っちゃった。


「ああ、子づくりだな。目的をもって性交するだ」


 えっと、ドストレートですね。

 自分で質問しておいて恥ずかしさに彼の顔を見られなくなっていると、つかつかと友人の前まで進み出たフロリードさんが良い音を立ててリオネロさんを殴りつけていた。


「もう少し言葉に気を付けようね?」


 冷気を背負ったその笑顔、怖いけど素敵です。


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