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5 保護者の定義とは

 愉快な動物たちが脳内を一周し終えた頃、狼や狐がいるんだから他にもいて当然だと、上手く機能しなくなりつつある頭が判断を下した。

 現状を受け容れたくはないが、折り合いをつけなくちゃ生活できない。

 理性ではわかるんだけど実行するのは中々難しこれらを時間を使って飲み込みながら、あたしが今後どうなるのかフロリードさんに簡単に説明して貰った。


 検査結果を受けて一応の安全性は証明されたけれど、あたしが今後未知の病を発症してそれが爆発的に星に広がることもある危険性を踏まえて、一年間は月に二度の定期検診が義務づけられ、フロリードさんの保護下(監視下とも言う)での生活が自由を得る条件だそうだ。

 監視されてるのに自由?と一瞬疑問も過ぎったけど、ここもさっきの考え方でいけば随分寛大な処置だと言える。だって地球上ならこんなこと許してくれないと思うんだ。宇宙人は隔離して監視が基本じゃないのかな。


「優しいんですね、狼族は」


 思わず感心してフロリードさんにお礼を言うと、いやいやと彼は首を振った。


「マイが市民権まで得られたのは、その嘆きたくなるほどの脆弱性のおかげだと思うよ。狼は縄張り意識が強くて仲間を危険にさらすことを嫌うけど、君が暴れたって子供すら傷つけることはできないからね。ほら、部屋に小さな虫がいたからって警戒して眠れなくなる人間はいないだろう?それが毒でも持っていればまた別だけど、マイは小バエ並みだからさ、むしろ潰さないようにこっちが注意しなくちゃならない」


 安全すぎる生き物だよね?

 …と、同意を求められた場合、なんて答えればいいのかな?あーなんだよね、さっきこの人”傷1つつけさせない”とか格好いいこと言ってたけど、それってあれ?うっかり駆除されるのを防いであげるとか、そういう意味?あたしってありんこ以下の生物って事?

 急激に遠ざかるシリアスな悲劇に手を伸ばす気にもなれず、あたしは遠い故郷を思った。

 人間が動物を支配していられたのは優れた知能のおかげだって聞いたことがあったけど、動物の皆さんが優れた知能をお持ちになると、人間は太刀打ちする術すらなくなりますよ。

 驕れるものは久しからずです、どうか慢心せずにこの先生きていってくださいと地球に向かって手を合わせていたら、何のおまじないかフロリードさんに聞かれてしまった。

 お願い、どうかそっとしておいてください。


「えっと、よくわかりました、自分のことが」


 ダーメジ受けましたがなんとか生きていけそうでホッとしてますと笑ってみせると、フロリードさんもよかったと笑い返してくれた。


「今度は、ちゃんとした笑顔だね。マイがずっとそうしていられるよう、僕が頑張るから」


 で、ぎゅっと。またホールドです。

 というかですね、この人のこの行き過ぎたスキンシップはどうにかならないもんなんでしょうか。

 目が醒めてからここまで、良ーく考えれば離れている時間の方が短い。ほぼずっと抱っこされてるって、今日日新生児でもない状況でしょうに。彼等だってベッドに寝かされたり座布団の上に寝かされたりして、自由を満喫できるひとときを与えられているんだよ。

 成人女性であればなおのこと、プライベートスペースの確保は必然なんですが?


「あの、離してください、フロリードさんっ」


 密着した体の間に何とか腕を割り込ませ、首を逸らして解放を叫べば不審げに眉根を寄せた彼がほんの少し、力を緩めてくれる。そんで、不思議そうに聞いてくるのだ。


「どうして?」


 ぽかーん、としちゃったじゃない。え、意味がわかんないみたいな顔、やめてほしいんだけど。何、あたしおかしな事言ってないでしょ?


「あたしの星では!親しくない男女は密着しないんですっ」

「僕たちは親しいから問題ないよね」


 なにその切り口上。しかも満面の笑み付きとか、意味わかんない。


「出会って数時間で、親しいと判断できる材料がないんですけど」

「?僕は君の保護者で、君はそれを納得したんだから、すごく親しいと思うんだけど」


 首を傾げてどこか変?なんて、聞かないで。まるでこっちが変なことを言ってるみたい何だけど。いやいや、もしかしたら星が違って常識も違うとか、そういうこと?保護者とかが親しい関係で、そういう仲になったら密着当たり前?

 己の中の倫理と異星の倫理との差異に折り合いがつかず、うんうん唸っていた時だった。


「おい、いくら何でも混乱している最中の相手を丸め込んで意のままに操るのは、許さないぞ」


 ドア方面から飛んできた低い声に、再び体が跳ね上がる。


「リオネロ、マイが怯えてる」


 すかさずあたしを抱き込んだフロリードさんの胸に隠れるよう頬を押しつけて、ドキドキと騒ぎ出した心臓を深呼吸で落ち着かせていく。


 怯える必要はない。

 もう誰もあたしを捕まえないし、ひどい目には合わさない。

 家には…帰れないけど、だからってあの時の人達に怯えることはないんだ。


 こんなに心の弱い子じゃなかったはずなのに、まるでか弱い女の子のようにびくついている自分が信じられないと、呆れながらも体の反応を根性でねじ伏せて、あたしはそうっと顔を上げた。

 抱え込まれた腕の隙間から、一括りにされたくすんだ灰色の髪が見える。

 緩くカーブを描くそれを辿って視線を上げるとその先は白磁の肌と彫刻のように彫りの深いキレイな顔があって、耳は記憶の中にある通り人間と同じ位置に人間の倍もある大きさで灰色の毛に覆われた状態であった。


「…まだ、落ち着かないか?」


 あたしの視線に気付いたらしい男の人は、金色の瞳を眇めて柔らかな声音で問いかけてきた。

 記憶の中にある威嚇を含んだものと、このバリトンは似て非なるものだ。こちらに対する気遣いを含んで、耳に心地いい。


「大、丈夫…です」


 急に恐怖心が霧散するわけじゃないけれど、柔らかな雰囲気に釣られてもう少しだけ顔を上げる。

 広くなった視界で数メートル先にいた男の人は、そっと一歩踏み出して様子を見るように足を止めた。


「昨日はすまなかった。君の言うことを頭から否定して、嫌疑ばかりをかけてしまった。拘束までして、恐い思いをさせたな」


 まるで警戒する野良犬に接するようだった。それほどゆっくり耳障りよく話す彼は、長身を屈めてあたしと視線を合わせながら、少しずつこちらに近づいてくる。

 腕を伸ばして触れられるところまで来ると歩みを止めた彼は、しゅんと耳と伏せて許してもらえないだろうかと再び許しを請うてくる。

 確か偉い人だって言ってたのに、取るに足らない異星人相手になんでこんなに低姿勢なんだろう。

 意味がわからなくて、なによりあんまり低姿勢に出られると裏があるんじゃないかと疑いたくなって、あたしは慌ててもう気にしていないと口にしていた。


「あの、当然、だったと思います。突然現れた言葉の通じない異星人を、大歓迎で迎えてくれる星なんて、ないだろうし、そうなったら拘束されたり尋問されて当たり前です。あたしこそさっきは執務室で大騒ぎしてしまって、申し訳ありません」


 納得できなくとも現状を受け容れる覚悟をしたのなら、本来謝る必要のない相手に頭を下げてくれている人を気遣うのは当然だ。何か目的があってこうしているというのなら、利用されないようにつけいる隙を与えるのも得策じゃない。

 さっさと円満解決してこの件は終わらせてしまおうと、あたしも頭を下げたことで明らかに場の緊張が緩んだ。

 先程ヒステリックな異星人を見たせいでまた大騒ぎにならないよう細心の注意を払っていたのだろう、意外に理性的に対応できるあたしに気を抜いて男の人は眉尻を下げた。


「よかった。また泣かれたらどうしようかと思っていた。リードと違って私は、態度が悪いとか顔が恐いとか女子供から敬遠されることが多いんだ。ましてや君とは初対面が最悪だったし、先程の様子ではもう口も聞いてもらえないのではないかと心配していた」


 ホッとしたよと微笑んだ顔が見とれるほど綺麗で、実際あたしはぼけっと間抜け面を晒しちゃったんだけど、


「浮気者」


 意味不明な非難と共にフロリードさんに髪を引っ張られて、現実にかえってきた。

 浮気って…まさか今度は保護者と被保護者は付き合ってるとか言い出す気じゃ、ないよね?

 

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