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3 そんなにうまく運ぶはずがいない

 もう、ぐったりです。

 静止や抗議なんてどこ吹く風で、気の済むまであっちこっちを撫でたり触ったりしまくったフロリードさんは、やっと満足するとひょいっとあたしを抱え上げる。


「え、ちょっと、待ってっ」


 うん、それまでもね、ほとんど抱っこされてたようなものなんだけど、フロリードさんたら子供のようにあたしを抱いたまま、ドアに向かって歩き始めたの。

 そりゃあいろいろ問題というか、これはどうなのとは思うよ?

 いきなり初対面でべたべたされるのは、セクハラというか、顔がいいから多少は許されるって言ってもうーんとはね、思う。


 でもあたしは現在囚人なわけで、となるとこの展開は個人的には嬉しいんだ。だってずっと閉じ込められるのとか、嫌だもの。外に出られるならそっちの方がいいに決まってる。

 けどね?一個人が異星人を勝手に連れ出したら、絶対何か罰を受けそうで怖くて、悪いと思いながらも手に触れた髪を引っ張って彼の注意を引いた。


「どうしたの?この部屋に何か用がある?」

「いえ、そうじゃなくて」


 不思議そうに見上げてくる顔に何故あたしの心配がわからないのか、むしろわからない。面倒事になるのはフロリードさんの方なのに。


「あたしは捕まってるんですよね?外に出したりしたら、フロリードさんが怒られます」


 こんなことしたらよくないと諭すつもりで言ったのに、大きく目を見開いた彼は次の瞬間それはそれは嬉しそうに笑ったのだ。


「僕の心配をしてくれたんだね。ありがとう。その辺はきちんと手を打ったから大丈夫、安心していいよ」

「は?」


 手を打ったって、なに?ちゃんと合法的ですよね?もしやいけないことしたとか、ないですよね?!

 なんて疑問は口にする暇もなく、ドアを出てしまったフロリードさんはクリーム色で統一された無機質な廊下を、すたすたと迷いなく歩いていく。

 ちなみにあたしはここへいま置いて行かれたら、ほぼ100%迷子になる自信があるんで。なにしろ順路標も案内表示もない、同じ景色が続く廊下だよ?たまに窓みたいなものも見えるけど全部同じ作りの嵌め殺しで、目印にすらならないんだから何処にもいきつけない。寧ろ遭難必至。

 そこを迷いなく歩くって、何かコツでもあるのかな。それよりも何よりも、フロリードさん。


「どこ、行くんですか?」


 安心しろと言われても、連れていかれる先もわからないんじゃ無理と、救世主なんだか誘拐犯なんだか判然としないお兄さんに恐る恐る聞くと、上機嫌を継続中らしい彼は満面の笑みで目の前の扉らしきものを指さしていた。


「ここ。僕の上司で友人の執務室」


 と、言われても。

 相変わらず壁に線が入ってるようにしか見えないあたしの目は、すんごく性能が悪いんだと思う。だって、ここの人たちはこれで生活できるんだもの。あ、目だけじゃないのか。こんな建物の中でも迷わないんだから、右脳がすっごく高性能な感じなんだ。


「どうしたの、怖い?入りたくない?」


 もっと性能のいい頭が欲しいとへこんでいたら、なにやら勘違いしたらしいフロリードさんに心配されてしまった。でもおかげで、ここがどこだか予想がついたんだ。


「大丈夫です。あの、最初に連れてこられた部屋ですよね?」


 フロリードさんの場合と同じで部屋主の顔はほとんど思い出せなかったけど、缶ビールの安全性を証明してみせろと無理難題を吹っかけてきたお兄さんじゃないかと思うんだよね、この部屋の主は。

 上司なだけなら違うかもって思ったけど、友人なら年が近いんじゃないかと。ま、あたしが他に知ってる人はいないから違う確率も高いけど、なんとなくこの自動ドアに見覚えがあるようなないような…。


「そう、チェントロにある治安維持課長室なんだ、ここは」

「…?警察、みたいなものですか?」


 チェントロはきっと名前か何かかな。翻訳機能が意味不明な文字をそのまま伝えてきたってことは、多分そうだよね。

 知ってる文字に当てはめると役割としてはそうなるんじゃないかとあたりをつけたんだけど、警察って言葉がないらいしい。違うんじゃなかなと首を振ったフロリードさんは、巡回するのは警邏隊だと教えてくれたので。う~ん、言葉って難しい。

 そんなことはともかく、これ以上の立ち話しは無駄と中に入ることにしたらしい彼は、扉の合わせ目あたりに手をかざす。すると一瞬だけ自動ドアの合わせ目がピンクに発光して、音もなく入口が開いた。


「へぇ…これって認証か何かしてるんですか?」


 静脈認証とか指紋認証とか、銀行でよく見かけるようになった機能と似たようなものがついているのかと問えば、職員の生体情報がデータベースにあって、入室の際それを中の人に送って許可が出ればドアが開くんだとか。


「上司や側近なんかのあらかじめ許可を得てる人間は、いちいち内部からのチェックなしで入れちゃうんだけどね。鍵さえかかっていなければ」

「すごいですね」


 なにやら近未来的なシステムだと、地球人としては感心しきりでドアを観察していたんだけど、


「いつまでそこにいるつもりだ。さっさと入れ」


 室内から投げられた低い声に、知らずに体が跳ね上がった。

 ゆっくり視線を巡らせた先には、大きな執務机と背後ほぼ一面を占める窓、そしてそこに浮かび上がるように銀の髪をオールバックの一纏めで括った、鋭い眼光の美丈夫が座っている。

 

「マイ?大丈夫?」


 気遣うように指先を撫でた手を見下ろしたら、フロリードさんの服が無残な状態になるほどあたしはそこを強く握りしめていた。もしかしてと考えて、やっと気づく。

 

 この部屋と、そこの主が、怖い。


 ジワリと浮いてきた汗に、自分がここでのことがトラウマになってしまったんだと今更理解できた。

 思い出そうとしても思い出せない人の顔や周囲の様子は、パニックになっていたからだけじゃなく、意識的に情報をシャットダウンしていた結果の様だ。

 現にこの部屋に入ってすぐ、記憶と感情は奔流になった。


 一瞬で夜が昼になり、見たこともない街で地球人とは思えない人たちに囲まれる。

 怯える暇も、混乱に喚く時間も碌に与えられないまま制服の男たちに取り押さえられ、拘束されて機械らしきものを取り付けられる。

 連れてこられた部屋で温かみの欠片もない男の人に、詰問されてでもうまく説明も反論もできない。


 あの時、あたしは自分でも冷静だったと思う。

 内心で悪態をつきながら大人しく連行され、質問にできるだけ答え、得られるだけ情報を得ようと必死だった。

 だけど、突然現れたフロリードさんに命の保証だけはされて、気を失ったっけ。

 これまでにそんな体験なかったのに、いともあっさり意識を手放して夢も見ないで寝ていたんだよね。


 全部逃避行動だったんだ。

 

 うっすら覚えてる。

 あたしを捕まえたおじさんたちは、腰に銃みたいなものを下げていた。殺傷能力がありそうな武器を。背中で手枷を嵌められた手首は擦れてジンジン痛くて、取り調べているお兄さんの声はあたしを竦ませるのに十分な硬さと冷たさを含んでいて。

 不審人物を取り調べるんだから全部当たり前のことなんだろう。あの時言われたみたいに、問答無用で研究施設に送られて、切り刻まれていても文句の言えない身分だったことはわかる。

 だけど生態系のてっぺんに存在する知的生命体として、何ものにも脅かされることなくのほほんと生きていた女子大生には、人権も人格も無視した扱いは堪えた。


 でも、それだけでここがこれほど怖いわけはない。一番の原因はここで聞いた会話にある。あれは、あたしに説明されたんじゃなかったけれど、間接的にははっきり突きつけられた現実、だった。


「…帰れない…あたし、もう、帰れ、ない…?」


 目覚めた時の絶望の比じゃ、なかった。

 ファンタジーのように呼びつけられたわけでも、SF小説のように望んで宇宙に漕ぎ出したんでもない。

 どこから来たのか、元いた場所さえもわからないって口ぶりの会話だった。ありえない確率の偶然で、この場所に生きて存在する、あたし。

 フロリードさんが他の星と行き来できるって教えてくれた時、頭のどこかで思ったんだ。もしかして帰れるんじゃないかって。地球よりはるかに進んだ文明があれば、宇宙旅行もできるだろうって。

 そう希望が持てるのは、帰るべき場所がわかっているからだ。到達点もわからないのに、旅立つことはできない。この部屋で、あたしは、それを知ったのだ。


「泣かないで」


 ぽたぽたと、止めようもなくこぼれる涙をぬぐいながらフロリードさんは言うけれど、それは到底できそうになかった。


  

鬱展開はお約束です。


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