2 目覚めても状況変わらず
目が覚めると、病室と牢の中間みたいな部屋のベッドだった。
クリーム色の室内に飾り気のないベッド、天井全部が均等に明るい、分解してなかを見て見たくなる照明、中央に4人座れるソファーセット。
多分この辺が自動ドアなんだろうと思われる切れ込みというか、線が見えるけど寝っ転がりながら首だけめぐらせた状態では、そこが開くのかどうかすら怪しい。何よりこの無機質で機能一辺倒に揃えられた室内が、明らかに客間以外の用途に使われるだろうと予想がつくのが嫌だった。
「…ま、拘束がなくなっただけ、マシか」
自由を取り戻した両手首を掲げながら、感じた違和感に眉を顰める。
服が変わってる。
もしやとごそごそと下を確認すると、下着まで一式変わってた。
これって、誰かが一度あたしを全裸にしたってこと、だよね…?
人間としての尊厳が!…と、叫びそうになって、嘘臭い宇宙人の映像を思い出した。
鉄格子の内側に閉じ込められた地球外生物の映像を、友達と笑いながら見ていたのはそんなに昔じゃない。あれは捏造された作り物だったけど、もし宇宙船が地球に不時着してそこから生命体が現れたとしたら、きっと人間は同じことをするんだろう。
捕えて、自分たちとの違いを見つけるためだけに切り刻む。もしいくばくかの良心が介在して、むやみに傷つけることがなくても、きっと見世物のように閉じ込めておくことに変わりはないだろう。
そう考えたらあたしの待遇なんていい方なんだろうな。
ふかふかと寝心地のいいベッドで寝返りを打ちながら、そう自分を納得させた。
意識がないうちに何をされたのかは知らないけど、少なくともどこも痛くないし違和感もない。ひっぺがれた洋服がどんな扱いを受けているのかは知らないけど、少なくとも裸で放置されてるわけじゃないんだから現状で満足すべきだ。意思疎通がとれるから、文句だって言えるんだしね。
「…帰りたい…」
それでも、誰ひとり傍にいないことに心が折れそうだった。目が覚めたらみんなで騒いでた部屋の中で転寝してるとか、そんなかすかな希望もあったのに、残酷な現実は無情に希望を打ち砕く。
弱音を口にしてしまえば、次から次へと溢れるのは子供みたいな願いばかりだった。
お母さんに会いたい、お父さんに会いたい、お祖母ちゃん、犬のサチ、友達や大嫌いな教授すら恋しくて仕方ない。ずっと続くと思ってた毎日を、あの平凡な日々を取り戻したい。
枕に顔を隠して、こみ上げてくる涙を必死に押さえていると、
「泣かないで」
計ったようなタイミングで、ふわりと頭が撫でられた。ううん、計ってたんだよね。どこかからこの部屋の様子を見ていて、あたしが起きたことに気付いて入ってきたんだ。
ほんの少しだけ顔を上げて確認すると、声の主はあの部屋で唯一、あたしに優しくしてくれたお兄さんだった。
あの時は余裕がなくて、人の美醜にまで構ってなかったけど、この人すっごく綺麗…。彫りの深い顔立ちは柔和で少し女性的、長い髪は赤毛に近い濃い茶色で、メッシュでも入れてるみたいに白と黒の房が入り交じっている。北欧の人達みたいに透けるように白い肌に、縦瞳孔の薄い金色の瞳がまるで宝石みたいにキラキラ人口光を反射していた。
「涙、止まったね」
初めてお目にかかる人外の美貌に思わず半身を起こしていたあたしは、細く長い指で頬を拭われて初めて、自分がバカみたいにお兄さんに見入っていたことに気付いた。
これは、恥ずかしい。二重の意味で恥ずかしい。
間抜け面曝した事も、それがよりにもよって自分より遙かに綺麗な人相手だったことも、恥ずかしすぎる。
いったん避難しようと、布団に逃げ込もうとしたけどできなかった。がっつり人の両頬を確保していたお兄さんが、見かけによらぬ馬鹿力で易々とそれを防いでしまったのだ。それどころかより一層、顔が近づいたじゃないの。なんたること!なんたること!!
「隠れちゃダメ。君に聞きたいことがあるんだから」
「な、んで、しょう…?」
この苦行から解放されるのならば何でも答えますと、動かぬ舌を叱咤して答えればにこりと殺人スマイルを放ったお兄さんは、初対面時の定型文を放ってきた。
「僕の名前はフロリード。君は?」
あ、大事ですね。自己紹介。
慣れない美貌に四苦八苦しつつ与えた情報は、
あたしの名前が鈴木 舞であること。年は20で大学生。出身は地球、どの銀河かはわからないけど中心からはほど遠い隅っこの太陽系に住んでいたこと。他の惑星、他の星の住人とは交流がなかったこと。
対して与えられたのは、
この星がティエラと言うこと。隣のベヌスとマルテにも人間(?)が住んでいること。3つの星の間では転移ゲートを使って行き来ができること。やっぱりここも太陽を中心とする太陽系で、それぞれの惑星に月と似たような衛星があること。知的生命体には多かれ少なかれ、動物の特徴が現れて当然なこと。
「口でどれほど説明しても、生活していけば必ず疑問に当たるはずだからね。取り敢えずはこれくらいにしようか」
不審人物であるはずのあたしの質問に根気よく付き合ってくれていたフロリードさんは、苦笑いと共にそう告げると会話の終了を告げた。
とにかく情報に飢えていた身としてはここでぶった切られちゃうのは辛いものがあったけど、それも当然かと素直に頷く。
何もすることのない囚人と違い、大抵の成人は職というものを持っているのだ。一銭にもならないお喋りに付き合っている暇なんて、ないに決まっている。
ん…?はて、そう言えば。
「フロリードさんは、おいくつなんです?お仕事は何をなさっておいでで?あたしなんかの相手をしていても平気なんですか?」
今更だけど、自分のことはいろいろ喋っといて相手のことを何も知らないとかどうなのと、思い至った。ま、そこそこ偉い人なのは、初対面の雰囲気でなんとなくわかっているけど、一応確認しておかないとね。
そんな軽い気持ちで聞いたのに、フロリードさんはこれに破顔すると、
「やっと僕のことに興味をもってくれたね」
何故か力の限り抱きしめられました、まる。
………じゃ、ないし!!なにこれ、どういう状況?!
「あ、あの、フロリード、さん?!」
離してもらえないだろうかと藻掻けば、
「うーん、すっかり僕の匂いが消えちゃった。消毒薬と、他の男の匂いがする。気に入らないなぁ」
などと意味不明なことを呟いて、ぐりぐりと頬をこすりつけられ、痛いほど拘束される。
なにがしたいんだ、この人は!
「ちょ、えっと、これ、習慣ですか?!この星の人は、みんなするの?!」
もしかして動物の特徴があるからこんなことするのかもしれないと、ぼんやり思ったんだ。サチもお風呂からあがると何が気に入らないのか、あっちへこっちへ体をすりつけてたもんね。よく見るとフロリードさんの赤茶の尖り耳は犬に見えなくもないし、あ!犬の特徴を持った人なのかな、この人!
ぐりぐりぎゅうぎゅうされながら、わんこの習性ってわからないと涙目になっていたというのに、不意に顔をあげた彼は件の耳をぴくぴくさせて首を振った。
「誰もがするわけじゃないし、誰にでもするわけでもないよ。でも狼は繁殖中、男が女に匂いをつけるね」
「え?!繁殖ぅ?!いや、え、フロリードさん、狼なんですか?!」
もうツッコミどころ満載で何をどうしていいやらわからなかったけど、まずは一番の不思議をぶつけたらまたもやにこやかに首を振られた。
「ううん。僕は狼と狐のハーフだよ。髪も耳も純粋な狼とは全然違うから、わかりやすいでしょ」
これって、どう答えるのが正解なのかな。あたしには狼と狐の区別すらついてないって、言っても怒られないもんかしら。
悩むわぁ…。