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24 いろいろ不足の白狼博士

「何か食べたいものはありますか?今の時期なら、鹿肉が美味しいですよ」

「マイは肉が苦手なのを忘れたの?オルガが珍しい野菜を出す店を教えてくれたんだけど、今日の食事はそこにしよう」

「いえ、あの、食事は…」


 攻め込んでくるなり競うように己の主張を始めた兄弟は、本日も絶好調にあたしの話しを聞かない。

 食べかけのおやつを押しのけて、さあ決めろと言わんばかりにこっちに身を乗り出すでっかいお兄さん二人は、圧迫感が半端ないんですけど。


「肉でしょう」

「野菜だよね」

「あーどっちとかじゃなく…」


 近くない?近いよね?近すぎて、怖いよね?


「デザートはこの前美味しいと言っていたアイスクリームにしましょう」

「フルーツタルトの方がお勧めだって。気に入ったらおみやげにもできるし」

「だ、だから…」


 聞けよ、人の話。待ってって言ってるでしょ。顔寄せないで、怖い、近いっ。


「いい加減にしないか」


 話を聞く気があるのかと途方に暮れ始めたところで、ざっくり割って入ったアウレリオさんが全く話を聞かない兄弟を威圧しながら黙らせる。そうして彼らの間で成す術なく固まっていたあたしを軽々抱き上げると、自分の研究デスクの椅子に座らせて二人を睨みつけた。


「これの意思を尊重しろ、人として扱えとくどいほど言っていたお前たちが、なぜ自分達の思うよう強引にことを進めようとするんだ。食事に連れて行きたいのなら、先にどちらが誘う権利を持つか決めてからくるべきだろう」


 最もな叱責に不服そうな顔で精いっぱいの抵抗をしてみても、二人とも返す言葉は無いらしい。

 もごもごと声にならない不満を呟いたこところで、悔し紛れに放った一言は、


「そんなこと言って、自分は毎日一緒にご飯食べてるじゃないか」


 子供かっと突っ込みたくなるフロリードさんのものだったけど、何しろそれに対する返答があんまりにも衝撃的過ぎでですねぇ…。


「食事ではない、日々実験だ。前例があるので迂闊な物を与えるわけにいかないだろう?一応、鼠などの小型人族が忌避する食料を中心にアレルギー抗体の有無を調べ、安全だと思われる物を少量ずつ与えてデータを取っているんだ。お前たちと一緒にするな」

「ひどっ!実験だったの?!」


 おやつとか、デザートとか、ちょっとした折に貰うお菓子だとか、楽しみだったのにっ!あれが全部実験?!

 すっかり飼い主に裏切られたペット気分でアウレリオさんを見やったら、横柄に頷いた白狼はフンと鼻を鳴らす。


「この部屋で行われる事柄は、全て記録される。異星人の生態から適した飼育方法を探るのは当然だろう」


 飼育言われたっ!ひどいわぁー、ちょっとでも心が通じちゃったかもとか思ったのは、全部気のせいだったのねっ!


「パフェもどきとか、チョコもどきとか、美味しかったのに!喜んで損した―っ!!」

「その辺は素直に喜んでおけ。あれは純粋に褒美だ。躾には飴も必要だからな」


 思わず涙も引っ込む徹頭徹尾な研究の人に、一体何が言えるだろう。いや言えない。

 違う違う、人間の本質は変わらないってことか。うん?狼か?狼だから人でなしなのか?そりゃそうだ、人じゃないものね。

 少しばかり改善した関係にうっかり気を許していたところだから衝撃は一入ひとしおで、全く感情移入のない実験動物から多少の情があるペットになったのは喜ぶべきか嘆くべきか、優しさを褒めたことを後悔すべきか、ぐるぐる考えたけど目の前の兄弟を見て至極あっさり答えは出た。


「……ま、どの道まともな扱いはしてもらえないんだから、快適を取ろう、うん」


 深く考えるだけ、無駄である。

 おやつを取り返してスプーンを突っ込んだあたしは、こんなのと一緒にするなと喚く二人も、そ知らぬ顔で書き物を続ける人も、結局珍しいペットの取り合いしてるに過ぎないんだし、と思考を放棄した。


 嫌われるより好かれた方が気分がいいのは確かだけど、この星の基準で物事を考えたとき彼等があたしに向ける好意は愛玩である。犬猫や子供を撫でまわす感覚で食べ物を与えたり教育を施したりする、あれ。

 研究室で少しずつケモミミ人への理解を深めれば深めるほど、自分が檻の中で飼われる猿にすぎないんだって実感は強くなっていた。


 それでも、アウレリオさんの好意に触れたり、フロリード兄弟の優しさや、オルガさんの気使いを感じたりすれば、そうじゃないみんな純粋にあたしを尊重してくれてるんだって嬉しくなったりもしたけど、このやりとりや実験の一言に目も覚める。

 珍しい動物を飼いたいって人は、地球にもわんさかいたよね。これまで人類がしていたことを考えれば、あたしの扱いは高級ペットあたりだろう。劣悪な環境で飼育放棄されてる子達のことを考えれば天国もいいところだ。給餌が実験で構わないじゃない。二度とアナフィラキシーを起こさないための配慮だと思えば、お礼を言いたくなるくらいだって。


「…なんだか良くない方向に納得してる気がするんだけど、誤解してない?」


 どうしたって口に合わないスプーンと格闘するあたしを、フロリードさんは覗き込む。


「皆が課長の様に考えていると思わないでいただきたいのですが」


 心なし垂れた耳で窺ってくるのはジャンノットさんだ。


「私のようとは聞き捨てならんな。これが快適安全に暮らせるよう心を配ることのどこが悪い」


 傲慢だけど、果てしなくむかつく言いようだけど、間違ってないねアウレリオさん。


「ペットには過ぎた待遇だと自覚してます」


 アイスのおいしさに浮かれたあたしは、だからこれまでのお礼も込めてぺこりと頭を下げたのだ。

 勘違いも高望みもしませんから、現状維持で大切に飼ってやってください。できればおやつ多めでお願いします。

 なんだかびっくり顔の皆さんが固まってるようだけど、知らぬ。

 地球産の女子は甘いものが正義であるのです。他人の心の機微に気を配ってる暇があるのなら、溶け落ちぬ前にアイスを胃に収める、尊い指名があるのです。


「…あれほどあからさまに好意を示しても、伝わっていないとは不憫な」

「いや、最近はちょっと心を開いてくれたかなぁって、思ってたんだけど」

「それなら、今の会話ではないですか。この瞬間にマイが誤解する何かがあったんですよ」


 うまうま。


「皆目見当がつかんな」

「つけよっ!ペットから連想されるのは、明らかにお前の飼育発言だろう?!」


 あーん。


「この部屋で生活する私以外の生物は、須らく飼育、実験対象だが?」

「だからマイも飼育しているというのですか?彼女はペットでは断じてない!」

「誰がペットだと言った。きちんと知的生命体として扱っている」

「マイに通じてないんじゃ一緒だろう!」

「そうです!飼育などと言えば彼女が不快になるのは当たり前だ」


 むぐむぐ。


「…そう、なのか?」

「自分が言われたら気分が悪いだろうっ」

「衣食住が足りるのであれば、些末は気にならんが」

「なれよ…ついでに些末じゃない」

「そうです。この会話の核心部なんですから、貴方のずれた価値観で判じないでください」


 ごっくん。


「あのぉ」


 ケモミミ男子三人の会話が一区切りついたころ、丁度サンデーも空になり、口に暇ができたあたしはちょっとした疑問に首を傾げた。


「アウレリオさんって、もしかして日常会話のボキャブラリーが不足したりしてます?」


 ジャンノットさんがずれてると評したそれは、果たして、表現するための語彙が足りないのか一般常識から外れているのか、この狭い空間に二人きりで籠っていたんじゃ確かめようのないものを問うてみれば。


「それも足りないけど、人として絶対的なにかが不足してることが問題かな」

「合理主義といえば聞こえのいい、社会不適合者ですね」


 頷き合うケモミミ兄弟に、渋い顔をしながらアウレリオさんが反論しないのは、多少なりとも心当たりがあるからなんだと思う。

 うん、もしかして誤解があるかもしれない。





 

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