22 信じてください、もう元気です
こんにちは。丈夫で脆い地球人です。
未知の毒物に侵されていたのだと夢現で聞いていた時は、なにやら自分がか弱い美少女(そこ、笑わない)になったような気分だったんだけど、白いお兄さんが投与してくれた解毒剤はよく効いた。本当に効いた。
ほどなくして目を覚ました時にはすっかり熱は引き、肩も大きく動かさなければ痛くない程度に回復していたものだから、翌日からはほぼ通常運転…のはずなんだけども、なんだろうこの状況。
丸二日以上経つのに未だベッドから出ることを許されて無い珍獣は、過保護は良くないと傍らのジャンノットさんに目で訴えてみることにした。
「どうしました?何か欲しいですか?」
「はい、自由が」
「自由じゃないですか」
「わたしの星ではこの扱いは、ほぼ囚人です」
「ええ、この星でも病人はこのように扱われますよ」
絶対聞き違えてないくせにわざと誤変換する笑顔の彼は、実に優秀な監視人である。
ちょっとでも動けばすぐに反応してくるし、トイレの時以外ベッドから出してもらえないし、食事だって自分で食べられないし。
「そいつはストレスで死ぬと私に詰め寄ったのは、お前たちじゃなかったのか?」
これじゃあ、研究室の檻にいるのと大差ないじゃない。
そんなことを考えたのが伝わったかのように、扉を潜った白いお兄さんは呆れ声でジャンノットさんを諌めながらずかずかと枕元まで歩いてきた。
「気分はどうだ?」
「いいです。機嫌が最悪ですけど」
「だろうな」
さもありなんと頷いた彼、アウレリオさんは、だいぶ柔らかくなった視線であたしに同情してくれながら、薄いタブレットをジャンノットさんに渡して発疹の消えた手首を手に取ると観察し始める。
どんな心境の変化があったのかは不明だけど、死にかけた後、白いお兄さんの態度は軟化した。
あたしが被検体であったり、希少生物である認識に変わりはないんだけど、意思疎通ができる生命体だと認めてくれた感じ、かな。
それが証拠に病室に毎日現れる彼はジャンノットさんやフロリードさん達より余程、あたしの心情を汲んでくれて、もう退院しても心配はないと再三彼等を説得してくれるのだ。
今日も、多分。
「血液検査に毒物による影響は無しと出ているし、皮膚表面にあった症状も消えている。肩は…安静が必要だが入院するほどではないし、何より筋肉が歩行障害を起こすレベルまで低下しているのが問題だ。早急に平常な生活に戻すことがマイの健康に最善なんだが?」
ため息交じりに現状を説明していたアウレリオさんに、同じことが文章としてあるのだろうタブレットを確認していたジャンノットさんが顔を上げて、首を傾げる。
「別段、マイが歩けなくても問題はありません。俺が抱いて運べばいいだけです」
「問題です!」
なんて恐ろしいことを言うんだ、この人はっ。
冗談じゃないと声を上げても、どうして?と、全く理解できないご様子。
「あたし、歩けます。どこが悪いわけでもないのに、誰かの助けがなくちゃどこにも行けない生活なんて、いやです」
「そうだな。それでは私が研究室で彼女を飼うのとさして変わらない生活だろうな」
そうそう、皆さんがとんでもないと怒ってくれた実験動物扱いと大差ないじゃないかと、援護に入ってくれたアウレリオさんと抗議すれば、全く違うじゃないかとジャンノットさんは眉を跳ね上げた。
「所長は貴女を利用しますが、俺達は貴女を保護するんです。どこが一緒だっていうんですか」
「…えーっと、地球には過保護も児童虐待なんじゃないかっていう議論があったんですけど、その類ですかね、これは」
認識の違いがこんなに大きな壁になるなんて…思わずネット上であるが如くorzと呟いちゃったあたしはおかしくないはずだ。さすがにアウレリオさんも慰めるように肩を叩いてくれるから。
「確かに、私はマイに利用価値があると思っている。今でも厳重に管理下に置くべきだとの考えを変えてはいないが、こうして友好的な意思疎通を繰り返せば流石に檻で飼育するのはまずい気がおのずとしてくるものだ。…だから翻訳機を外すように言ったんだが…ともかく、お前の”保護”は現状では私が考えるマイの管理より悪質ではないのか?」
こちらこそ一緒にされては迷惑だと眉間にしわを寄せているけど、この人は基本的にあたしを”管理”することを諦めてないんだなぁと思わせる一幕でもあるわけで。
…うん、何処まで行ってもロズウェル感は色濃いわぁ。仕方ないのかもしれないけど。
「大切にすることが悪い事ですか?保護が必要な存在ならば抱えて歩くことも珍しくないでしょう」
「…乳児であれば、な」
だけど、異星人なだけならここまで行動制限はなかったんだなと、次のジャンノットさんの一言で実感である。
真顔で顔を顰める彼は、自分が成人女子に対してかなり失礼な発言をしたことに、全く気付いていない様子だ。いやいや、これももしかしてあたしの誤解なのか?成人女子として扱われようなどと、烏滸がましいのか?ちっちゃいだけで、これってひどくない?それもさ、埋められない種族差によっての差別とか、到底納得しかねるんだけど、ただ飯ぐらいの身分としては甘んじて受け入れるしかないのか?!
その後もなんとかあたしをベッドから解放しようとアウレリオさんは頑張ってくれたが、監視人様は頑固だった。安静が必要だ、もう回復しているを押し問答のように繰り返し、聞いてるこっちがもうどっちもでもいいような気分になった、辺りで自動ドアが音もなく開く。
「いい加減にしないか」
フロリードさんを伴って現れたリオネロさんの表情は、明らかに呆れていた。
あたしのごたごたに巻き込んだせいで、心なしやつれた感のある美貌を引きつらせて、つかつかと中に入ると睨みあう2人を睨めつける。
「リオからも言ってください。マイを退院させるなんて馬鹿げている」
「馬鹿はお前だ」
ごちんと音がするほど勢いよく拳骨を貰ったジャンノットさんは、予想外の衝撃に首を竦めて痛みをこらえていたが、リオネロさんの後ろから反対がのベッドサイドへ現れたフロリードさんは気にした様子もない。弟が殴られているというのにどこ吹く風で、あたしを抱き起すとスリッパを履きやすいように体を支えてくれてる。
「え、あの、ジャンノットさんが…」
「うん、自業自得だよね。マイの退院許可が出てるのに僕たちにそれを隠したりするから、制裁されるんだ」
ま、あの程度じゃ子供が怒られてるようなもんだけど。そう言って笑ったフロリードさんは、さっさとあたしを立たせると動きが鈍くなっているのをフォローしつつゆっくりソファーに移動して座らせてくれた。ここはみんなが揉めているのをとばっちりを受けることなく眺めるのに向いている距離である。なんというか、脱・寝たきり、めでたい。
「カードたちにもまだ退院許可を出すなと脅しをかけたそうだな?レリーから知らせを受けなければ、我々はマイが未だに起き上がることも叶わない病人だと信じたままだったんだぞ?」
青筋立てる勢いで起こっているリオネロさんには申し訳ないんだけど、毎日ここに顔出していて元気なあたしを見てもそう信じていたのだとしたら、ちょっとばかり観察能力が欠如していると思わなくもないんだけど、どうだろう?
「それはお前たちの目にも問題があるんじゃないのか…」
ほら、アウレリオさんも同じ考えでしょ?!あ、睨んでる。
「マイは、とてもか弱い生き物です。もし何かあっては取り返しがつかないと判断したまでです」
「医者でもないのにか」
開き直って自己判断の正当性を堂々と主張したジャンノットさんは、呆れた口調の所長兼お医者様に一刀両断されてしまった。
そりゃ、そうだよね。プロは寧ろ起きて歩けと言ってたんだから。
全員の冷たい視線を受けて非常に居心地の悪そうな彼は、ここ数日の過保護な看護師さんから一変、ちょっとかわいそうなお兄さんに成り果てていた。
ま、だからなんとなく、言っちゃったんだけど。
「あのー、もういいじゃないですか。ほら、誤解も解けたわけですし」
誤解、誤解か?
自分でツッコミを入れながら、それでも他にいい言葉が浮かばなかったもんだから日本人お得意の笑って誤魔化せを発動したわけだけど。
「…庇うの?あれ、マイはジャンが好きになっちゃったとか?」
隣りから漂ってくる殺気含みの気配に、口は災いの元だよねぇと、思わず冷や汗を流したり流さなかったり。
ぎゃふん。
アウレリオは果たして味方になったのか否か。
詳細は次話。




