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21 軽く死にかける

 よく効いた痛み止めのおかげで十分な睡眠が取れ、翌日には届いた解熱剤は使わなくてもいい程度に回復していたあたしだったけど、何故か微熱と倦怠感が続いて既にベッドの中で過ごして五日を数えていた。

 激変するような容態じゃないけど、何かあった時にすぐ対応できるようにとチェントロの医務室に泊まり込んでいるので、必然的にジャンノットさんもお家に帰れない。


 幸い病室はソファーセットが完備され、パストイレ付き、壁からベッドも出てくる個室なので生活に支障はないみたいだけど、着替えの都合なんかもあるので、フロリードさんとリオネロさんまで動員して交代で付き添ってもらっている。

 当然そこまでしてもらうのは申し訳ないから、夜は一人でも大丈夫だと言ってみたんだけど、白いお兄さんがいるんだから油断したら駄目だとオルガさんに諌められて考え直した。


 マッドサイエンティスト、怖い。


 そんなわけで本日も三七度五分より下がらない体温にだるおもぉ~とだれだれしつつ、高層階ならではの景色をベッド脇の窓から日がな一日眺めて過ごしたあたしは、果たして自分はこんなに軟弱だっただろうかと首を傾げずにおれないのだった。

 昔は滅多に学校を休まない、健康優良児だったのに。ちょっと怪我したくらいでベッドから起きられないほど辛いとか、おかしいな。


「何か食べませんか?」


 ソファーでこなしていた書類仕事に一区切りついたのだろうか、いつの間にかベッド横に立ったジャンノットさんが綺麗にカットされ盛り付けられた果物を差し出してくる。色とりどりの一センチ角の果肉は、瑞々しくてどれもおいしそうだ。そう思うのに全く体を動かしていないせいか、いまいち食欲が沸いてこない。

 申し訳ないと思いながらも、透明な器に小さく首を振ってしまった。


「ごめんなさい、いらないです」

「そう言って、今日はほとんど食事をとっていないでしょう?それでは治るものも治りませんよ」

「…そう、ですよねぇ…」


 やんわり叱られて朝食、昼食と思い返し見るが、確かにあんまり食べた記憶がない。

 果物のジュースを数口とレタスに似た葉っぱを少し、お昼はデザートのシャーベットみたいなものを半分でギブアップしているじゃないの。いくら動いていないとは言え、これはあまりに食べなさすぎだ。しかもそれをまずいと思わないこのぼんやりした思考、あまり良好とは言えない。


「なんだか…ぼーっとしてるのが楽っていうか、お腹空かないしご飯食べるのも面倒で…」


 よくよく己の状態を確認すれば、投げ出した腕を持ち上げることもできないほど、疲弊していた。寝ていただけなのに、どうしてだろう。

 重い頭を巡らせてぼんやりジャンノットさんを眺めると、顔を顰めた彼はすぐに戻りますと言い置いて病室を出て行ってしまった。

 どこへ行くんだろう、どうしたんだろう。

 そう思うことはできるけど、それを止めようと声を上げることができない。高熱を示す体温計見た途端に辛くなる現象に似てるなぁ、ゆっくり落ちてくる瞼を意識しながら最後にそんなことを考えて、意識が途切れた。





「お前が毒を盛ったんだろう!」

「バカなことを言うな。そうすることでわたしに何のメリットがあるんだ」

「ならばどうして、どんどんマイの具合が悪くなる!!」



 ゆらゆらゆらゆら。漂う頭上で怒号が飛び交う。



「こうして見ているだけでわかるわけがないだろう。血液のサンプルを、」

「医者でもないのにそんなもので何がわかるのですか」

「こいつは医者でもあるんだよ。だからってマイを任せる気はないけどな」



 煩いなぁ、静かに寝かせてよ。



「無暗に騒ぐな。アウレリオに立ち入りを許したのはマイを診察させるためなんだぞ。ぐずぐずしている時間が惜しいのではないのか」

「それは…」

「いいから診せてくれ。これに死なれて困るのは、お前たちだけではないんだ」

「怪しい真似をされたらすぐにも拘束させてもらいます」

「勝手にしろっ」



 冷たっ急に首を触らないでよ。ちょっと、ちょっと、無遠慮にあちこち指を這わせないでっ



「…これは、なんだ?」

「発疹?何か触ったのかな。手首にあるなら、手にもあるんじゃないか?」

「いや、ない。一か所だけで、他に患部はないな…経口摂取によるアレルギーではなく、何かに接触したことでかぶれたように見えるが」

「…まさか、ラーダの香水?」

「ラーダ?」

「はい。丁度、肩を脱臼した日にマイにラーダの香水をつけてもらったのです。手首の、そこに」



 …痒い。ムズムズするから、あんまり撫でまわすな。



「…まさか…いや、でも…」

「アウレリオ?」

「おい、それなんだ?何を投与する気だ」

「解毒剤だ。ラーダは狼にとって無毒な植物だが、鼠など小型な連中は有毒だと言って口にしない。本来はもっと激しい症状、嘔吐や熱性痙攣、呼吸困難が現れて摂取が疑われるんが、こいつは異星人だし多少の耐性があるのかもしれない。とにかく、発疹が出ている時点で体が拒絶反応を起こしていることは明確なんだから、これは多少なりとも効果があるはずだ」



 うわ、ちくちくする。なにしたの?首、ちょっと痛かったんだけど…。



「………覿面だな。呼吸が安定しだした。きっと気管も腫れていたんだろう。徐々に熱も下がっていくはずだが、原因を探るために採血を…構わないか?」

「何に使う」

「解毒効果の解析だ。もちろん投与前との比較も必要なんだが、そちらでこの状態になってからの血液は保管しているんだろう?」

「…あるはずだ。必要であればカードとエリカに頼むといい。採血も許可しよう」

「恩に着る」



 ちょっと、今度は腕?すっごい痛いわけじゃないけど、微妙に突っつくのやめてもらえないかな。



「もう、大丈夫なのか?マイは、死ななない?」


 大きな手が頬を滑る。フロリードさんの心配を含んだ声は、耳のすぐそばで聞こえた。


「断言はできないが、おそらくは。できるならばもうしばらくここで様子を見させてもらえるとありがたいんだが」


 微妙に笑いを含んだ柔らかな声を、この人から聞いたのは初めてだ。何しろ白いお兄さんは、あたしと会う度に氷みたいな喋り方、してたから。


「それがいいだろう。お前がマイの人格を否定するのは気に入らないが、カードやエリカでは彼女を助けられなかったのは事実だからな」


 カードとエリカって、名前だよね?だとするとあの斑耳のお医者さんたちかな?そっか、あの2人は無理だったのに白いお兄さんはあたしを助けてくれたのか。ちょっとすごい人、だったりする?


「ラーダの毒性を知っていたのは、たまたまだ。狼の医師が得る必要のない知識だからな、彼等が対処できなかったのも無理はない。毒耐性が我々と違うとわかったのなら、今後同じ間違いはないだろう」


 尊大なイメージしかなかったのに、そう言って他のお医者さんを庇うお兄さんが心底意外だった。だってフロリードさんやジャンノットさんにもきつめだったもん。


「…珍しいな。まだ彼等にマイを診せるつもりなのか?お前のことだからてっきり、だから管理飼育が必要だと騒ぎ立てるのかと思ったが」


 そしてそれはリオネロさんも同じだったらしく、訝しむ口調で相手の真意を量っているようだった。


「そうしてくれれば苦労はないが、な。会ったばかりの異星人の生死をお前たちがあまりに気にかけるので、これ以上検体として扱えと主張するのは無理だと諦めたんだ」


 面倒な連中だと言い捨てる癖にどこかお兄さんの声は笑い含みで、理解できないと言いながら許容を心に決めているのが透けている。


「脆弱で保護しなければすぐにも死にそうな悲壮感が庇護欲をそそるのか?フロリードだけならば酔狂だと笑い飛ばせるが、お前たちまで雁首揃えて…これに利用価値以外何がある?」


 問われてしばしの思案に間があり、そして。


「「「匂いがない」」」


 それ、そんな重要なファクターでしたっけ?!


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