19 純粋なる階級性
満腹になったらお家に帰ってお風呂に入って眠りましょう…どこで?って、話ですよ。先ほど処遇に大きな変化ができたあたしとしては。
ジャンノットさんが片耳につけるインカムっぽいもの(犬耳にインカムってちょっと不思議な光景でしたよ)と、腕時計な携帯電話を駆使しておじ様に確認してくれたところによると、まず第一にできないのがあたしを一人で生活させること。すなわち必然的に護衛のジャンノットさんが入れないドンナチッタでは生活不可となる。
これはマッドな研究者さんが教えてくれた『金持ちに攫われて虫ピンで刺したコレクションにされちゃうかも』って恐怖が付きまとう限りイヤでも納得しなきゃいけない妥協ポイントだ。オルガさんと回った町は綺麗で、お店も好みの物がたくさんあった分悔しいけれど、命の方が大事なのでしょうがない。
それじゃあいっそのことファミーリャに住めないかと聞いてみたんだけど、伴侶がいない子供がいない状態では許可でないそうです。もちろん異星人特権の発動もなかったです。諦めよう。
ならばチェントロで働くからチェントロに住めないかと聞いたらば、基本、チェントロに居住しているのは同性愛者だけなのであたしに付き合って同じ町に住むジャンノットさんが危険らしい。確かに、そんな後ろの危険を命綱である護衛さんに犯させるわけにはいかない。さっさと頭切り替えましたとも。
ま、一番は研究所にほぼ寝泊まりしている某氏は、90パーセントチェントロに拠点がありますと教えてもらったことだけど。そんな怖いところにいられない。
結局、おじ様、リオネロさんがここしかないと決めてくれたのは、マトリモニオだった。それも、通常ならば短期滞在しか許されないここに長期滞在(一生でもいいと言われちゃいました。結婚できない前提です!)の特別許可を取ってくれたんだってさ。嬉し悲しい…。でも繁殖目的で異性を伴って生活している男の人は、他の女にとって一番安全な存在らしいので、まトリモニオは現実問題一番居住に適してはいるのだ。
警護や諸々の手配があるからしばらくは昨夜移動したお家にいるよう指示があったと、お兄ちゃんと小競り合いしながら報告してくれたジャンノットさんは、現在進行形でフロリードさんと喧嘩中です。まだまだ揉めてます。
「だから、もう帰っていいよ、兄さん」
「い・や・だ。元々ここは、僕がマイと住むために用意した家なんだぞ」
「事情が変わったのは知っているでしょうに。ここには今日から俺とマイが住む。彼女の安全の為なんだ」
「マイの安全くらい僕一人でも守れるよ」
「兄さんは護衛官の経験ないじゃないか。僕は本職だよ」
「騒々しいわね」
戻るための車の中からずっと、同じことを繰り返している兄弟にオルガさんは鼻の頭に皺を寄せた。
結局、揉めっぱなしの二人とあたしを残していくわけにいかないと、リオネロさんとオルガさんが付き合ってくれて、現在リビングでお茶飲んでいるのだけれど、家に着いたあたりからジャンノットさんのお仕事仮面も綺麗にひっぺがれ敬語が取れた素の状態で不毛な言い争いは続いているのだ。
…渦中のあたしを置いてけぼりで。
「あんなのに付き合ってたら、夜が明けるわね」
終わるどころかますますエスカレートする争いにいい加減見切りをつけたオルガさんの言葉に、頷いたリオネロさんがもう休むといいと二階の寝室を指差した。
「今晩はオルガが泊まるつもりだろうから、一緒に行きなさい。眠れば傷の回復も早まる」
「そうね。お風呂は止められているけど、体は拭きたいでしょ?手伝うわ」
あたしの保護責任者ではないのに、この二人はまるで両親のように世話を焼いてくれて本当にありがたい。
本来こうであってほしい自称保護者と、護衛の止まない口喧嘩にため息をつきつつ、立ち上がるのを支えてくれるオルガさんに左腕を預けたところで体がぐんと宙に浮いた。
「~っ??」
「ちょっ、バカっ?!急に抱き上げたら危ないでしょう!」
いきなり高くなった視点と不安定な体勢に、手に触れた髪を容赦なく掴んだあたしはオルガさんの声で自分がどうなったのかを知ることができたんだけども、見下ろした先でにこりと微笑んだジャンノットさんに首を傾げずにおれなかった。
テーブル向こうからどうやってきたわけ?瞬間移動とか、そのレベルの早さだったよね??
「こらっマイに触るな!」
だけどその疑問は振り返った先でフロリードさんが解決してくれたわけで。
ひょいっと、こともなげにね、幅一メートル高さ五十センチはあろうかという障害物を飛び越えて隣に降り立つとか、狭いとか危ないとか以前に地球上の常識を廃棄したくなる一瞬だよねぇ…。
「こんな些細なことでも出遅れるんだから、兄さんじゃ護衛は無理だってわかるでしょう」
しかしあたしの心情などお構いなしで、お兄ちゃんに勝って得意げな弟君はドヤ顔で更なる挑発をするもんだから、むきになったフロリードさんが獲物を取り返そうと腕を伸ばして、払おうとしたジャンノットさんと揉み合いになって、間に挟まれた怪我人は踏ん張りも効かずぐらんぐらんと不安定に揺れて…夕飯がリバース寸前なんですがっ。
「いい加減にしろっ!!」
恫喝とわずかな衝撃と、気がついたらリオネロさんの腕にこれまた瞬間移動していたあたしは、ただひたすらに助かったと呟いていたわけです。
マジありがたい。冗談抜きにトイレに駆け込む一歩手前だったんだぞっ!
なんなのさ、あんたたちはと睨めば、腰と背中を押さえて蹲るご兄弟がばつが悪そうにリオネロさんから視線を外している所だった。
「ガキじゃあるまいに、いつまでくだらない喧嘩を続ける気だっ!玩具の取り合いならば放っておくが、マイはか弱い女なんだぞ。お前たちのバカ力で引き裂くつもりか」
事実、落ち着いてよれた入院着を観察すれば所々に指一本が通る穴が空いているから怖い。これってあれだよね?爪とか、そういうのが原因なんだよね?脂肪八割で覆われてる二の腕なら、簡単に穴開くレベレルの攻撃なんだけど!
これ以上の怪我はごめんだとリオネロさんの首にぎゅっとしがみつけば、背中をあやす様に撫でた彼が冷たい声音で兄弟に宣言した。
「今晩マイの面倒は私とオルガでみる。護衛も我々二人がいれば必要はない。お前たちはここで、明日から彼女とどう接するかきちんと考えて明日の朝報告に来い。納得がいけば彼女を再び委ねよう」
しゅんとしょげ返った耳を揺らして、フロリードさんとジャンノットさんは素直にイエスと項垂れる。
この瞬間、なんとなく理解していたケモミミさんたちのルールを目の当たりにしたあたしは、アルファってすごいんだなと変に感心してしまったのだ。
首座のおじ様の言う事が絶対なのは見て知っていただけど、あれは地球人の感覚でも十分理解できる上司と部下の関係だった。だから群れで一番偉いとか何期で一番の人とか、知識でしかわかってなかったんだ。
順位が上なのに白いお兄さんを『知力に僅かの差しかない』と言い切ったフロリードさんは、彼を恐れていなかったし服従するつもりなんかこれっぽっちも見せなかった。
でもリオネロさんには反抗するつもりがないことは、垂れた耳と尻尾でわかる。ジャンノットさんにしても自分より彼のほうが優れてるって、本能的に認めているのが様子でわかる。
これまで強く相手に物を言わないリオネロさんだから知ることはなかったけれど、これは格好いい。すっごくいい。いうなれば水戸黄門効果。印篭は一番最後に出すから効果的なんだよね。
「帰るぞ」
「はい」
それまで静かに成り行きを見ていたオルガさんまで、リオネロさんの一言に丁寧に頷くのを見たあたしは、すっかり虎の威を借る狐気分でお隣のお家まで運ばれていったのだった。
ええ、そこでちゃんと思い出したよ。誰より最下層なのが自分の地位だって。だって、お風呂やベッドの介助を受けるあたしは、まるでペットのようだったからね。
いいけど。オルガさんのペットなら、願ったり叶ったりだもん。くすん…。




