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14 希少価値が上がって、ヒットポイントが下がる

 可愛いは正義のペットがちょっとうらやましくなっていたら、あたしの価値を問われた白髪のお兄さんが意外なことを言った。


「ある特定の病に対する抗体だ」

「は?」

「へ?」


 フロリードさんは寝耳に水とばかりにすっごく驚いているし、当然役立たずのポンコツだと自分を評価していたあたしもびっくりした。


「検査した時には無害で無価値な生物ってことじゃなかったの?」


 ひどい言われようだけど、事実である。おかげでフロリードさんに保護してもらえたんだから、文句なんて、文句なんて…あるけど、ない。ちょっぴり目から汗が出ただけだ。


「あの時点ではティエラと我々にとって脅威はないか、身体能力と病原菌の有無に重点を置いて調べたからその結果しか出ていなかったが、時間を要するゲノム解析を終えてみるとその異星人は我々が喉から手が出るほど欲しいものを持っていることがわかった。それが数種の抗体だ」


 …頭が悪いせいか、ちっともぴんと来ない。地球でもよく聞いたけど、ゲノムってなんだっけ?遺伝子がどうとかスーパーコンピュータがどうとかいう時に出てきた言葉だったような…抗体はあれだよね、ウイルスに対するなんたら的なお医者さんがよく使う言葉。詳細はきちんと説明できなくても、何処となく意味は分かる。それがあると病気にならないとか、だったよね。としたらもしかしてあたしってば、貴重な動物?

 おお存在意義があるっと密かにガッツポーズしていたら、フロリードさんがちょっと驚いてあたしを見ていた。でもその表情はすぐに消えて。


「…そう、それはマズイね」


 低い声と難しい表情をされて、悪い想像をしない人間はないと思う。やっぱり実験動物フラグだったんだろうか。檻のある研究所でしか飼育しちゃいけないとか?

 行く末が不安になってびくびくしながら何が良くないのか尋ねると、教えてくれたのは客観的事実を淡々と語れる、白いお兄さんだった。


「ただのペットとして扱えなくなったことだろう。お前の存在に我々が脅かされることはないが、お前の存在が我々を助けることはある。いやむしろお前から採取した抗体を研究すれば特効薬の開発につながる可能性が高いのだから、非常に貴重な生きた検体ということだ」

「いいような、悪いような、ロクでもない新事実ですね」


 もしもガンの特効薬になる薬を作るのに必要なものを持った異星人が地球に現れたらと想像して、複雑な気分になった。空調も食事も徹底管理された、大抵の望みは叶うけれど自由に外は歩けない檻の中で管理飼育されるのがオチだろう。

 異星人てだけで野放しできないのに、存在そのものが自分たちに利益をもたらすとなったら、殺すわけにもいかないから閉じ込めるよね。そこに倫理が無かろうと道徳が無かろうと、異星人てだけで人権は無視されるのが決定だろうし、ほとんど抗議する人間なんかいないはずだ。

 同じことが己の身に起きているんだと、ぞっとした。ペット扱いするなとか、文句を言える立場のほうがずっといい。


「お前にとってどちらだろうと、私の結論に変わりない。検体は研究所で、即刻管理飼育すべきだ」


 素早く伸びた手に痛みを感じる強さで腕を引かれて、体勢を崩したあたしは無様に床に転がり落ちた。

 高身長の力持ちが自分の腕の高さまで座り込んでいる脆弱な地球人を無理に吊り上げたらどうなるか?おかしな方向に肩を捻ることになり、床に向かって投げ出された自重によりぶちっと関節あたりからいやな音が聞こえることになります。

 

「いっ…!うっあぁ…っ」


 息が詰まって声も出なかった。

 できるなら右肩を抑えて丸まって鈍痛をやり過したいところだけれど、膝立ちさえできない現状では身動きできない。


「マイっ!!」


 呻いたきり歯を食いしばって顔を歪めるあたしに、フロリードさんはすぐ異常を悟って頭上でひと揉めしたあと白いお兄さんの手を放してくれた。


「いっ、痛ーい!!!」

「マイ、マイ?!」


 その際、急激に元の位置に戻った腕がだらりと力なく床に落ち、激痛を産む。

 火がついたように痛む肩は、痛覚以外が麻痺して他の感覚がない。指先は細かく震えるけど少しでも動かせば激痛が走って、全く力が入らないのだ。

 折れたのかな?それとも肩が外れた?

 苛む痛みに持っていかれそうな意識は、どこか冷静にそんなことを考えていたんだけど。


「おい、どうした」


 無造作に痛む方の肩を掴まれた瞬間から、後の記憶がない。




 呼吸をして、その微かな動作で生まれる爆発的な痛みに目が覚めたのは、初めての経験だった。

 瞼を上げることでさえ痛みにつながる気がして、そっと息を吐きながらゆるゆる目を空けたあたしは白い天井にデジャブだ。

 ここ、あれだよね。人生最初の気絶から目覚めた部屋だよね?


「マイ!よかった、気づいて」


 医務室かな、それとも病室?考えていた視界いっぱいに心配そうに顔を歪めたフロリードさんが写り、それに付随するように、オルガさんの顔も続く。

 みんな一様に表情を曇らせて、大丈夫かとしきりに確認してくれるのに思わず平気と返そうとして失敗した。

 ”へ”って言った時点で痛くて黙り込むんじゃあ、ちっとも平気じゃないと証明したようなものだ。当然全員一致であたしの状態を察してくれて、揃ってベッドサイドを振り返る。

 まだ誰かいたのかと、そっと視線だけ巡らせると白髪の上、白衣まで来てもう真っ白のお兄さんが注射みたいなものを手に立っていた。


「っ!!」


 瞬間に体が竦んだのは、条件反射だ。

 なにしろ意識が途切れるその理由を作り出した人で、この痛みを感じる原因になった人を目覚めて一番に見ちゃったのだ。覚悟して会うのなら身構えることもできるけど、こんな状態であったら怒ったり叫んだりする前にまず怯えてしまう。それほどこの人との力の差が歴然で、扱いの容赦のなさはまるっきり害獣などと同じだったのだ。

 また手荒にされたら、今度はどこを痛めるのだろうと思うだけで恐ろしい。


「ほら、だからここにいるなと言ったのよ!あんた見ただけでこんなに怯えているじゃない」


 オルガさんが低くお兄さんを威嚇して、さりげなくあたしと彼の間に立ってくれる。

 ショッピングとお泊りで随分仲良くなれたお姉さんは、怒りに尻尾を逆立ててぴんと立てていた。あたしを庇ってくれてるんだと思うと、がちがちだった身体から徐々に力が抜けていく。


「問題ない。治療にその生物の感情は左右されないからな」


 だけど安心は一瞬だった。オルガさんを押しのけた大きな手が、あたしに向かってのばされたのだ。

 さっきと同じように唐突に、さっきと同じ無造作さで。


「いっ、いや~~っ!!!やだ!やだっ!!」


 そこからは、無我夢中だった。動かない痛む腕を引きずって左手一本で身を起こし、死に物狂いでベッドを這い出す。アッと思う間もなく狭いマットレスは行き止まりになり、空を切った腕の勢いそのままに床を見たあたしは、ああまた落ちるのかとぼんやり考えていたんだけど。


「っぶない!」


 反対側にいたはずのフロリードさんが、間一髪受け止めてくれて事なきを得て、その覚えたてのムスクの薫りに安堵して震える左手で縋りつく。

 もう、肩が痛いとか忘れるほどほっとした。暖かくて、優しくて、守ってくれるけど傷つけることはないと優しく回された腕に、涙が出るほど安心する。


「泣かないで。ごめんね、もう何にもさせないから、今度こそ手出しさせないから」


 ポンポン背中を叩かれて、本当に泣いていたことを知った。子供みたいに誰かにしがみついて泣くなんて、いつ以来だろうとか思うけどそれどころじゃない。とにかく止まらない涙にみっともなくしゃくりあげるだけだ。


「ねえ、学者先生、あんた本当はバカなんじゃない?医療過程でも生体の授業でも、精神状態は医療行為に影響するって習ったわよね。それとも31期はこれ必修じゃなかった? マイを”貴重な検体”呼ばわりするなら生かしておくことも重要なんでしょうに、このままあんたに渡したんじゃ遅かれ早かれ衰弱死するわよ。この子の精神構造は狼と同等かそれより脆弱だって、いい加減理解できないかしら」


 嘲る口調で叩きつけられたオルガさんの言葉を背中に聞いて、一層フロリードさんに身を寄せる。

 日本で生きているだけなら、あたしはこんなに弱くなかったはずだ。中学以降はめったに泣いたりしなかったし、嫌いな物には怯えるより先に嫌悪を示していた。

 なのに、一人ぼっちになった途端、涙腺は決壊、子供みたいに震えて丸まる情けない状態が続いている。きっと環境の変化も大きな要因なんだろうけど、気の持ちようで何とかなるとわかっていても実行できない心が一番の原因なんだと思う。

 それでもフロリードさん達が優しくしてくれるから、落ち着いていられた。笑いながら文句だって言えたけど、もしも研究室で飼われることになったら。


「死んじゃう…かな?」


 案外順応して楽しく暮らせるのかもしれないけど、そうなる前にご飯食べられなくなるかもしれない。だってお兄さんは喋れることは邪魔だって言ってた。この状態で意思の疎通までできないとか、もうそれは拷問だと思うんだ。


「大丈夫、死なせないよ」


 そんな状態だと、笑いかけてくれるフロリードさんは天使のように見えた。

 たとえケモミミでも、天使です。


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