10 理解力が迷子です
ここだよと示された家は、グレイの外壁の2階建てだった。
室内は1階にキッチン、リビング、個室、2階に個室が2つの3LDKで、バストイレはユニットタイプのものが各部屋に備えられている。家具は備え付けと自由設置のどちらかを入居前に選べるのだそうだけれど、今回はあたしが何も持っていない状態なので、予め備え付けをリオネロさんが申請してくれたのだそうだ。
おかげで見て回ったどの部屋もホテルのようで、着替えさえあれば身一つで生活が始められる。大変ありがたいことである。
彼らがあたしの住む場所をマトリモニオに決めたもう一つの理由が、このいたれりつくせりの住居提供だったらしい。
均一に並んだ建物を見てもわかるが、この区画にある家々はどれも仮住まい。子供が生まれるまで限定でしか居住することができない。そのため入居する男女はそれぞれの性別の街に元の生活(アパートや家)を残してくる人が多く、結果、建物や内装にこだわる人が少ないんだとか。
まあ中には結婚前提の人たちもいるんで、その人たちは家具自由設置の空っぽの家を選ぶんだってさ。最終的にはそこに置いていた家具を持って、ファミーリャにお引越しとか、羨ましい。
地球の結婚制度の慣れてたせいか、この話を聞いたときはいやだなとか思っちゃったけど、その後の離婚率を聞いて成程合理的だと納得もした。
ここの離婚率は8%。1割切ってるってすごい。それだけ覚悟して結婚するってことだって彼等は当然のように言っていた。たった一人と一生添い遂げる心づもりをするって、すごく大変なことなんだって。
なにしろこの星の未婚率は80%前後で、未婚の母や父(女の子は母親が男の子は父親がそれぞれの性別の街で育てるから、未婚の父も多い)も同じくらいいるっていうんだから、ほとんどの人が結婚せずに子供だけ持つことになるのが主流らしい。
そこから考えたらわざわざ結婚せず、子孫繁栄だけするのは理に適ってるんだろうな。
育てられなくなった子供を社会全体で育てようって制度も整ってるし、それぞれの街にはおひとりさまの素敵な老後を支える仕組みもきちんと構築されているって話だから、やいのやいの煩い家族もいなくて、自由気ままに人生を謳歌できるってことだよね。
ただ一つだけ納得いかないのは。
「は?多夫?多妻?え?」
居心地のいいリビングのソファーでココアを啜っていたあたしは、今聞いたことが信じられなくてまじまじとフロリードさんを見てしまった。
女性も男性も、一生を通して複数の異性と交配する、っていうのは理解できた。結婚制度がこれで将来子供を育て上げる生活の心配も少なければ、ありだよね。恋人が何人もいた男女は、どこにだって普通にいるだろうから。
ただ、ハーレムってあり?なんか一人の夫に複数の妻、もしくは一人の妻に複数の夫って聞こえたよ?
「みんながみんなってわけじゃないけどね。もともと狼族は一夫一婦制が当たり前だから、結婚もそうなるのが普通なんだ。でも、ごく稀に1人を争っていた異性同士が誰も引かない状態で、争われていた渦中の人物が複数の伴侶を得ることを同意するとそういう結婚形態になることもある。同族同士、長く揉めることを好まないからって事情もあるけれど、どちらかというと他種族の影響が強いかな。ライオンなんかとはよく雑交配してるからね、狼は」
彼等は雄がハーレムを作るでしょ?なんて笑顔で聞かれても、どう返事したらいいんだろう。凄いですねぇ?ありえない?それとも意表をついて、ライオンは猫科で狼は犬科だから、普通は交配できませんよとツッコむ?
全くどこで話がこんな方向に逸れたんだか。リオネロさんが帰ってから一通り家の中の説明をしてもらって、眠る前に少し話しでもって所まではよかった。住宅事情を聞いてたはずなのに、いつの間にかそれが結婚・恋愛事情になり、果ては知りたくもなかった結婚形態にまで言及されてしまって。
別の星に来ちゃったことも受け止めきれてない頭で、あまりにも違いすぎる習慣の数々を理解しろとかむりむりむり…。現状はもう、お腹いっぱいです。
「あの、その…その辺のことはまた後日詳しく教えてください」
そんなわけで、限界を悟ったあたしは頭を下げ、早々にベッドに逃げ込んだのだった。
どうでもいいけど、やたら寝心地のいいマットレスでした。さいこー。
で、少しも脳みそがリセットできていない翌朝。
パジャマもどきと下着(ブラがなくて困った)はクローゼットにあったけど、外出着と思われる物が1枚もなかったので、昨日中央塔を出る際に支給された薄青い丸首ロンTとレギンスを着て階下に降りたら、女性がいた。
リビングのソファーでリオネロさんの隣りに座り、長い足を惜しげもなく晒している色っぽさに、同性なのに思わず生唾を飲み込むところだった。
男性2人も綺麗だと思ったけど、この人の女性的な美しさはまた、色気が加わって思わずぼーっと見惚れちゃうレベルだ。
スクエアに大きくくれた襟ぐりは、最早襟なんてレベルを超越している。胸の谷間を惜しげもなくさらして、どんぶりを二つくっつけたレベルのお肉を半分露出させたうえ、シャツの裾はへそ上というとんでもない表面積の少なさなのだ。下はパンツが隠れるギリギリレベルのショートパンツ。どっちも体にぺたりと張り付いて、非常にいかがわしい。あたしだって彼女と同じノーブラだって言うのに、色気の差は歴然だった。
加えて緩やかに波打つ茶色の髪とか、肉感的な唇とか茶色の犬耳とか、凶器だから。あれにやられない男なんていないに違いない。
それにそれに!さっきから彼女とリオネロさんの間で右に左に機嫌良く揺れている、あれ!長い長い綱のようなあれ、尻尾でしょ、尻尾だよね!
わーい、獣耳に獣尻尾はやっぱデフォだよね、綺麗な人がやると威力倍増だね!狼と言いながらフロリードさんにもリオネロさんにもないから、退化して消えちゃったのかと思ってたよ!
触りたいなぁ…とか考えてたら、笑顔のお姉さんにちょいちょいと手招きされた。
「マイ、待って」
横にいたらしいフロリードさんに止められたけど、走り出したら止まれない。短い距離を小走りに尻尾の…違った、お姉さんの元まで駆けていったら…
「へー…あら本当。面白い耳ね」
「いたい、いたい、いたいっ」
耳を引っ張られました。あたしこそが触りたかったのに、何この扱い。力任せはやめて、上に引き上げちゃダメっ。とれるとれるっ!!
「離せ、オルガ」
涙目になって吊り下げられてたら、お姉さんの隣りに座ったリオネロさんが手首を掴んでこの暴挙を止めてくれました。あ、ぽてっと解放されたみっとも悲しいあたしは、フロリードさんがささっと向かいのソファーまで回収してくれたおかげで、それ以上の醜態晒さずにすんでます。ナイスフォローありがとうございます、と隣りに目礼しときました。
「ちょっと触ったくらいで、リオもリードも大げさね」
で、お姉さんは。
美しいお顔を顰めて、ちょっと不機嫌になってました。リオネロさんから手首を取り返すと、赤くなったそこをさすりながら男性2人を変わるがわる睨んでる。
「おおげさじゃない。異星人は体力的にも筋力的にも我々から劣っているんだ。鼠ほど小さく、鼠よりひ弱だとさっきも説明したのに、聞いていなかったのか?」
うわーひどい言われようだなぁ、とは思うけど、何一つ間違ってないので反論のしようもない。
微妙にへこんでたら向かいからお姉さんの視線が飛んできた。それはもう、同情と憐れみに満ちた、可哀そうな子を見るような視線が。
「聞いたけど、まさかと思うじゃない。だって、鼠よ?彼等より軟弱な存在って、ペットにもならないと同義語じゃないの。どうやって生活するのよ、その子」
えー、安全なお家の中で引き籠るって手があるんじゃないでしょうか?残念ながら自宅警備もできないか弱さなので、ニートというよりパラサイトですが。
面倒見てくれるって言いましたよね、とフロリードさんを見上げたらにっこり笑顔が返ってきた。
「心配には及ばないよ。マイの面倒は僕がみる」
保護者さんがこう言ってますよとお姉さんに視線で訴えたら、複雑そうな顔で彼女は言いました。
「ペットを飼うなら死ぬまで面倒みる覚悟をしたの?」
…うん、いい加減ペットから離れてみようか。




