9 嘘も方便
「さて、そろそろ行こうか」
食事を終え、すっかり日が暮れた店の外で相変わらずあたしを抱っこしたままのフロリードさんが、微笑んだ。
「そうだな」
あまり遅くなってはいろいろ面倒だと、リオネロさんも同意する。
…たぶん当事者であろうあたしのことは、無視でね。
ドームの意味やざっとしたこの星の歴史は学んだけど、今後の身の振り方は一切聞いてない。
話の流れからしたら独身で女のあたしは、ドンナ・チッタとやらに住むのが一般的だと思われるけれど、異星人が移住できるのかとか費用はどうするんだとか、これらの問題はどうするのかと。このあたりの説明が欲しいところなんだけど、彼らは道端に止まってた車と思しき箱にさっさと乗り込んじゃったのだ。あたしを連れたまま。
2人乗りっぽい車しか見たことなかったのに、これは違って大人が5,6人余裕で乗れちゃうなって室内は、運転席がなく側面に向かい合わせにシートがある、電車みたいな作りになっていた。長さは違うけど、テレビで見たリムジンみたい。
充分広いこの場所で、だけどフロリードさんはあたしを膝に乗っけたままなのは、どうなんだろう。ここは外じゃないんだから、誘拐の心配はないと思うんだけど。
疑問だったけどもう、聞いたり意見を言ったりはしない。気にしたら負けと呪文を唱えながら、自分の今後にだけ思いを馳せる。
「えーっと、ドンナ・チッタって女性だけの街、ですよね?お二方は入れないでしょうし、あたしはどなたを頼ればいいので?」
まさか右も左もわからない哀れな異星人を、突然他人だらけの世界に放り出す気じゃあるまいなと訝しんだら、一瞬の沈黙のあと首を傾げられた。
「マイ、ドンナ・チッタへ行きたいの?」
「は?いえ、行きたいとかじゃなくて、あたしは女ですよ?」
「?うん、そうだね」
「?はい。だから住むならドンナ・チッタですよね?」
「??いや、別にドンナ・チッタにしか住めないわけじゃないでしょ」
「??え、じゃあどこに住むんですか。またあの塔に逆戻り?」
「???チェントロ自体には住めないよ。周りに小さな町はあるけど」
「???だったらやっぱりドンナ・チッタじゃないんですか」
「まて、お前たち。なんだか激しくかみ合っていない会話だぞ」
ほっとくとどこまでもクエスチョンマークに占領されそうだった会話を、割り入ったリオネロさんがすぱっと止める。そうしてどこまでも平行線なあたしたちのすり合わせを、始めてくれた。
「マイ、何故ドンナ・チッタに行くのだと考えた?」
「えっと、さっきの話からすると独身女性が住むのがそこだからです」
街の名前は間違ってなかったはずだけどと眉根を寄せたら、重々しく頷いたリオネロさんはさっきの会話を思い出せという。
「女性が住める町は、他にもあったろう」
「ファミーリャと、マ?マ…」
「マトリモニオだ。君はそこに住む」
それって、交配…つまり子作りの街。
わかったなとでも言いたげな素晴らしい笑顔のリオネロさんに、勿論首を振りましたとも。ちぎれるかと思うほど振ったね。
「わかりませんが、まったく意味不明ですが!どうして?誰と一緒に住むんですか!」
この流れで、さっきから激しすぎるボディランゲージで示している相手がいる状況で、何となくでも交配する予定の相手が誰だかわからないほどあたしはアホじゃない。アホじゃないけどアホでいたい場合だってある。
だから隣の人物を押しやりながら聞いたのだけれど、返事は予想を裏切ったりしてくれなかった。
「ひどいな、マイ。僕とに決まってるじゃないか。まさかリオの方が良かったなんて、言わないよね?」
「言いません。どっちもイヤですから!」
フロリードさんの声が低くなろうが、笑顔から黒い何かが滲み出ようが、そんなことは知ったことじゃない。ここには譲れない異星人の主張というものがあるんだ!
顔を顰めた男性2人を睨み付けながら、どうにか逃げ込んだ車の隅で、あたしは冗談じゃないと叫びを上げた。
「全然違う星に来ちゃっただけでもキャパオーバーなんです!それなのに子、子作りとか!馬鹿じゃない?!生活する方が先で、そんなの後回しに決まってるのにっ」
混乱しないとで思ってたんだろうか?それとも拾われたんだから、言うこと聞いて当たり前?確かにペット扱いが普通だって言ってたし、そうなのかもね。でもでも、どのみち尊厳を踏みにじられるのだとしても、反撃くらいしておきたい。ただでやられてなるものか!
びっくりした様子の二人を尻目に、あたしは怒っていた。虫けらにだって尊厳はあると、意味不明に喚いていた。
しばらくはその、癇癪を起こした子供と困惑する大人な図式だったんだけど、何とかそこから離脱したフロリードさんが、興奮するあたしに注意深く近づくと優しく何度も髪を撫でてくれた。
「ごめんね、僕たちの説明が良くなかった。あのね、マトリモニオは確かに交配中の男女が住む街だけど、それだけじゃあなくて相手との相性を確かめるために同棲を始める街でもあるんだ。君が言うとおり、マイは本来ドンナ・チッタに籍を置くのが正しいんだけれど、いろいろイレギュラーだろう?初めから経緯を知っている僕たちが近くにいた方が何かと都合が良いと思う。それで男女一緒に住めるマトリモニオに住居を申請したんだけど、君がそんなに嫌がるなら今からドンナ・チッタに申請を出し直そう」
優しく心地良い声は、あたしの良心に大きな衝撃を与えた。
は、恥ずかし…全部早合点だったって事?婚姻って言葉で勝手に答えを出して、親切で同居を申し出てくれた相手に怒鳴り散らして。
そりゃそうだよね、あたしが世界を代表しちゃうような美女ならともかく、並な上に並な容姿で、あまつさえ目が痛くなる美貌持ちの彼等と種族も違うんじゃ、恋愛や結婚の対象からは真っ先に外されてしかるべきだって言うのに。
うわぁ~…ちょっと、穴!誰か穴掘って-!!埋まるからっ。
「い、いえそんな、問題ないですっ!いろいろお気遣いいただいたのに、勘違いして滅茶苦茶言って、寧ろ恥ずかしいです、すみませんでしたっ」
己の自意識過剰に真っ赤に染まった顔を隠しながら頭を下げたあたしは、だから知らなかったのだ。
「勘違いしたんじゃなく、させられたんだがな」
ぽつりとリオネロさんが、こんな事を呟いていたことを。ん?知らぬが仏、だったのか。全部知ってるって良いことばっかりじゃないしね。
などと、どうでもいいようで、結構大事な遣り取りをしながらほんの数分で着いたマトリモニオ・チッタは、碁盤の目状に分けられたブロックに、同じ建物がずらりと並ぶ方向音痴に優しくない造りの街だった。
「ま、迷いますね確実に」
2階建ての戸建てで造りはどれも同じ長方形。辛うじて違うのがブロック毎に分けられた薄い色の外壁だけとくれば、どれが誰の家だか区別のつけようがない。たまに大きな建物が紛れ込んでいるけれど、雰囲気からしてショッピングセンターか何かなんだろうか。それもまた同じ様な造りをしているもんだから、目印にもならない。
これじゃあ注意されるまでもなく、一人で街なんか歩けたもんじゃないと軽く涙目になってたら、車に住所を言えば勝手に連れて行ってくれるってリオネロさんが教えてくれた。激進化している車とカーナビすごいと思わず呟いちゃったけど、地球人ならこの反応普通だよね?まさに、某有名漫画家が夢見た未来予想図そのものじゃない!




