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1 結構厳しいトリップ事情

 知らない街、だった。

 田舎の寂れた感も、都会の乱雑さもない、小奇麗な街。

 見慣れぬ文字の並ぶ看板が立ち、地面は土じゃなくかといってコンクリートでもない、つるりとした質感の不思議な素材でできていて、建物も同様にプラスチックみたいな光沢ある素材でできている。

 道を行くのは、たぶん車。随分小さくて1人乗ったらいっぱい感が漂ってるけど、タイヤがついてなくて、なのに滑るように道路を流れるただの箱にも見えるけど、あれは車。


 目につく大きな違いはそんなもの。でも、いちばん驚いたのは自分の周囲にいる、数人の人間、らしき人たちについて、だ。

 顔の造作で言えば整ってて、いわゆる美しい。カラフルな色合いと浅黒い肌で、少なくともアジア系の人種じゃないんだとぼんやりわかる。

 でも、決定的な違いがあった。あたしの知ってる人間と、すっごい違うところ。

 耳が獣。マンガやアニメに出てくる頭の上についてる獣耳じゃなく、人間と同じ位置についてるこれは、人間本来のものより倍くらい大きい。色は髪の毛に準じているのかカラフルだったり斑だったりするけど、形はほぼ同じ熊?みたいに丸っこい獣耳…。

 

 空が青く雲が浮いていることに安心するくらい、それほどこの光景はあたしが住んでいた場所とかけ離れた風景だった。全部が全部、拒否反応とパニックを引き起こすに十分な。

 

『DŽȂββՂՄलीत…?』


 で、これが決定打。全く聞き覚えなのない言語で話しかけられて、これが現実だって悟ったあたしは思わず叫んだ。


「ここ、何処?!!」


 人間、あまりに混乱すると気の利いたことが言えなくなるらしい。




 不運の始めは、じゃんけんに負けたことだ。

 友人たちと部屋飲みしていたはいいけれど、カレシが浮気したと嘆く1人が多めに用意した酒を飲みつくし、更によこせと要求したことが発端だ。いくら近くのコンビニとはいえ、そこそこアルコールを摂取した体で夜歩くのはダルイ。で、じゃんけんで負けた2人がその任に就くことになったのだがあたしは見事敗者となり、両手にコンビニ袋を抱えるはめになった。

 そして、重さに指が千切れそうになりながら、瓶やら缶やらを抱えてアパートの階段を上がっていたのだが、足を踏み外してまずいと思った瞬間、こんにちは別世界、である。誠に不可解なことに。


「にわかには信じがたいが…現状から見て、君が嘘をつく要素はないだろうな」


 吐息と共に頷いたのは、執務机の前に立たされたあたしから『事情聴取』をしていた偉そうなとんがり耳のお兄さんである。

 そして、周囲には臙脂の詰襟をがっちり着こなした、明らかに公僕なおじさんが3名ほど怪しい人間を警戒なさってらっしゃる。


 怪しい人間=自分


 こんな扱いを受ける日が来るとは、20年生きてきたがついぞ考えたこともなかった。ましてや後ろ手に手錠をかけられ、更には地球じゃない場所でなんて、想像すらつかないに決まってる。

 すっかり酒気の抜けた頭で考えながら、あたしは目につくものを見るとはなしにぼんやり眺めていた。


 訳の分からない言語で悲鳴じみた叫び声を上げパニックに陥った女は、明らかに不審人物だ。

 近づきたくなかった皆様は、速やかに警察らしき方々に通報したらしい。ものの数分で(自分の感覚だから本当はもっと時間がたってたかも)駆けつけたむくつけきおじさん方に取り押さえられたあたしは、手錠というより手枷といったほうが良い幅広の腕輪で手首を繋がれ(鎖がなくて輪っかが2個連なったタイプ)、あれよあれよという間にこの何処だかわからない建物に連れ込まれたのだ。


 で、こちらのお兄さんの前に引っ立てられ、1センチ角の何か(よく見えなかった)を側頭部に、留め金がない金属の首輪をのど元に装着されたら、あら不思議。会話ができました。

 正確には同時通訳がされてるような状態で、本来喋ってる言葉と日本語が一緒に聞こえるからちょっと聞き取りづらいけど、正直助かってるんだよね。

 だってどこだかわからない世界に、誰ともわからない人(?)といるだけで、普通なら悲鳴を上げたいくらい辛い状況じゃない。その上、意思疎通が不可能ならもう、泣き暮らすしかないわよ。だって、現状は犯罪者と同じ扱い受けてるんだから。

 手錠に尋問って、あたしが一体何をした。


「ではこれは、本当に飲用に適している液体なんだな?」


 お兄さんが掲げたのは、日本が誇るビールメーカーの名が燦然と刻まれた銀の缶である。

 他にも執務机にはチューハイの缶やらカクテルの瓶やらが整然と並べられていて、胡乱な目でそれらを眺める彼はまるでテロリストでも相手にしているかのように、あたしを爪の先程も信じていないご様子である。

 そりゃあね、ピンクやら水色やらの液体が瓶詰めされて、見知らぬ言語のラベルがついてたらさぞ疑わしいでしょうよ。自分が同じ立場なら、どんな危険物だって思うよ、やっぱり。

 だから疑われても凹まず怒らず、素直に頷いて肯定はする。


「証明できるか?」


 しかし、こう言われると打つ手がないのが現状だ。

 無害の証に飲んで見せようかと提案したが、毒物に耐性があったり中和剤を先に服用していれば意味がないと否定されてしまったら、あたしには他の方法が思いつけなかった。

 俯いて現状を打開する手を考えても、何もでない。むしろなんでこんな理不尽な状態になっているんだとか、ここは何処だとか、夢なら早く醒めてくれとか、現実逃避的な方向に思考がどんどん展開していく。悪循環である。


 沈黙が室内を支配し、時間だけが過ぎていくことにじわりと嫌な汗をかき始めたときだった。

 音もなくこの部屋の自動ドアが開いて、入室した人物が部屋の主の隣りに並び立つ。

 お兄さんと同じとんがった獣耳を持つお兄さんは(ややこしいな)、にこりと柔和な笑みをあたしにくれると持ってた書類を机の上に滑らせた。


「転送ゲートがこちらに開くとき、同時におかしなエネルギーの介入があったようだ。世界中に存在するどれとも波長の違うそれは、どうやら外銀河から到来したもののようで、似た波形を出しているのはマルテ裏のブラックホールだと分析官は言ってたから」

「…まさか地上にブラックホールが開いたとでも言うのか?」

「いや、そうじゃなくて。ブラックホールが続いた先からなにかの弾みで落ちてきたものが、偶然同時に開いたゲートに転送されてしまったんじゃないかと」

「ばかな。もしそれが真実なら、一体この星にはどれほどのゴミが溢れ出ると言うんだ」

「ブラックホールから何かが飛び出す確率は、天文学的だよ。寧ろ限りなくゼロに近い。なにしろあれは吸い込むのが専門なんだから。その上、同じ瞬間に地上でゲートを使うなどという偶然自体が既に奇跡なんだ。ましてそちらのお嬢さんが五体満足で生きているんだよ?研究者達が解剖させろ、サンプルを寄越せと騒ぎを起こしそうなことは想像に難くないだろう?」

「か、解剖っ?!」


 犯罪者の次は実験動物?!冗談じゃないんですけど!!

 お兄さん方の話しは半分も理解できなかったけど、自分に関する不穏な発言だけは高性能な耳がきっちり拾っておりましたとも。

 怯えて後退ったあたしを、無情に引っ立てようとしたおじさんを制したのは、柔和な方のお兄さんだった。視線だけで彼等を下がらせると、机を回って隣りに来て、恐怖に戦くあたしの頭を優しく撫でる。


「もちろんそんなことはさせないから、安心して。君は自分で思ってるよりずっと、貴重な存在なんだよ。何処ともわからない場所から突然現れて、この星で僕たちと同じ方法で生命維持ができている。もちろん未知の病原菌を持ち込まないとも限らないから、それなりの検査はさせて貰うけれど決して命を奪ったりしないし、非道い扱いもしないから安心して、ね?」


 どんな状態が安全で、どんな扱いが安心か、それはわからないけれど。

 取り敢えず当面の命の保証だけはして貰ったとわかった瞬間、あたしの緊張の糸は切れた。

 つまり、女子が一度は憧れたことがある気絶というものを、実体験してしまったのである。

 …できるならこれ、元の世界で好みの男の子の前でやりたかったなぁ…。



 

ノリと勢いではじめてしまいました。

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