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がじゅまるさま 第一話

それは私が小学校を卒業する少し前のことでした。


私はいつも都心に住んでいるんですが、お母さんの実家が離島にあります。夏休みになるとたいてい毎年、飛行機に乗ってお母さんの田舎に帰るのです。私は島帰りが毎年楽しみでした。

島というのはまるで外国のような南の島で、道端に椰子の木が植えられ、青緑の海岸がずっと広がっていて、海に入ると岩場の近くを熱帯魚みたいな魚が当たり前のように泳いでいる、世界的にもリゾート地として有名な場所なのです。

私は島に帰るのが自慢で、夏休みが近くなると今年も島に行くんだと、得意気に話していたものです。はたから見たらとても嫌な子だったかもしれません。


私が島を好きな理由は、リゾート地だからだけではありません。島には親戚の子共たちがいて、この子たちと遊ぶのが楽しくて仕方がなかったんです。田舎の子供たちって凄いエネルギーに溢れてて、異常なくらい元気なんです。

(都会の常識じゃ考えられないくらい、イタズラも物凄いですけど)

特によく遊ぶのは、年の近い四人の子供でした。大の仲良しクミちゃん、ガキ大将のナオくん、小さなショウちゃん、木登りが上手なミキくん。みんな個性的で、一緒にいるといつまでも飽きないのです。

島は私にとって、夢のようなところでした。美しくて、楽しくて、まるで宝物のような時間を過ごしてきました。


私の小学校最後の夏休みとなった、あの日までは。





その日は、お盆の二日前のことでした。

名目上、両親は御先祖様のお墓参りのために島に帰ることになっています。実際はお祖母ちゃんを始めとする親戚に会うことと(お祖父ちゃんは私が生まれる前にお墓に入っていました)、古酒(クース)というお酒を飲むために来ているようなものです。

お墓参りの後は、親戚が集まって宴会が開かれるのです。お母さんは四人いる姉妹の一番上で、三つもの家族が集まる盛大な(うたげ)になります。子供の私にとっても、とても楽しいお祭りのような宴なのです。


でも、その年は最初から少しだけ雰囲気が違いました。

私たちはいつも空港からバスを乗り継いでお母さんの実家に向かいます。バス停からお祖母ちゃんのお家は近いので、いつも自分たちで歩いていくのです。

でも、その日は小さなお迎えが私たちを待っていました。

それはお祖母ちゃんのお家で暮らしている、小さなショウちゃんでした。たった一人で、道路脇の砂利道に立っていたのです。




「あら、ショウちゃん。お迎えに来てくれたの?」

お母さんはニッコリ笑ってショウちゃんの毬栗頭(いがぐりあたま)を撫でました。ショウちゃんは普段からムスッとしているときが多く、その日も機嫌が良くなさそうでした。

「……イクコ、話がある」

ショウちゃんはまだ小学校に入ったばかりなのに、五つも年上の私を呼び捨てにします。しかも私はイクコではなくヤスコと読みます。杦田育子と書いて、スギタヤスコと読むのです。読み方を完全に間違ったまま覚えられているのです。

でも私はお姉さんなので

「なあに、ショウちゃん。内緒のお話?」

と、大人の対応をするのです。

ショウちゃんは黙って首を縦に振りました。そして、私の指を握ってどこかに連れて行こうとするのです。

私が振り向いてお母さんに目配せすると、笑顔で手を振っていました。きっと、無邪気な子供の遊びだと思っていたのでしょう。

私も同じことを考えていましたから。私が家に来るのが楽しみで待ち切れなかったのかと考えると、むしろ可愛いとさえ感じました。口調が生意気なショウちゃんですけど、こういうところが憎めないのです。





ショウちゃんに連れられた私は、林の奥まで歩きました。

多分、秘密基地でも作ったのかなと思いました。以前も樹の上に作られた小屋を自慢げに見せつけられたことがあったのです。(でも小屋を実際に作ったのはナオくんとミキくんだったというオチがついていました)


ところがショウちゃんは何もないところに立ち止まって、キョロキョロと周りを見渡し始めたのです。どうやら本当にお話だけのようです。

田舎の林って、誰も人が入って来ないんです。それで道に迷ったりしても危ないので、深くまで踏み入ることはダメだと言われています。これ以上深入りして大人に見つかったりしたら叱られるかもしれないところまで行って、ようやくショウちゃんは足を止めたのです。つまり、人なんてまずいるわけがないのです。

でもショウちゃんは用心深く周りを見て人がいないのを確認してから、ようやく口を開きました。


「今年は、お母ちゃんの墓参りをする……」


それは、呆気にとられるくらい当たり前のことのように思いました。

ショウちゃんには両親がいません。この子が生まれてすぐにお父さんは行方をくらましてしまい、お母さんは亡くなってしまったと聞きました。そんなわけで、ショウちゃんと姉のクミちゃんはお祖母ちゃんのお家に住んでいるのです。

でも、お母さんのお墓参りは他の御先祖様のお墓と一緒にお参りしているはずだと私は思っていました。



「そうね。みんなと一緒にお墓参りに行こうね」

私は思い出しました。島のしきたりで、お墓参りには小さな子供は連れていけないのです。ショウちゃんはまだ小さいので、まだお墓参りに連れていってもらったことがないのです。お家で子守役に選ばれた大人とお留守番しなければならないのです。

何歳からお墓参りが許されるのか、ちゃんと覚えていなかった私はそういう意味かと思いました。ショウちゃんは今年からお母さんのお墓参りが出来るのかと、そう思ったのです。たしか七歳からだったと記憶していたからです。


ショウちゃんは少しびっくりしたように、目を大きく開けていました。私がすんなりOKしたのが、意外なようでした。

私はクスリと笑ってショウちゃんの手をとり、お祖母ちゃんのお家に向かいました。いつも通りの砂利道を過ぎると、砂糖黍(さとうきび)畑のそばに差し掛かり(一本泥棒しようとするショウちゃんを叱って)、パイナップルの木を過ぎたところにお祖母ちゃんのお家がありました。

昔ながらの石垣には『上原』という表札がかけられています。普通に『うえはら』と読むのですが、昔は島の言葉で『ういばる』と読んだそうです。

縁側でお父さんとお母さんと一緒に固いパイナップルの皮と取っ組み合っている女の子の姿を見て、私は大きな声をあげました。

「クミちゃ~ん!」

そうすると、元気な声で返事が返ってきます。

「やっちゃ~ん!」


クミちゃんはさっき書いた通り、お祖母ちゃんのお家でお世話になっている子です。

私のお母さんのお姉さんの子供なんですが、両親がいないのです。でもクミちゃんは明るくて、そんな物悲しい様子は絶対に見せない強い子なのです。

しかも私のことを「やっちゃん」と呼んでくれるんです。私の名前がイクコではなくヤスコだとわかっているのは、田舎ではお祖母ちゃんとクミちゃんくらいのものです。


「クミちゃん、今年はどんなことして遊ぼうか?海行こうお魚とろう山に行こう探検しよう」

私はクミちゃんに会うのが楽しみで仕方がありません。長く綺麗な髪と、細いけれど穏やかな瞳をまじまじと見つめてしまうのです。

「やっちゃん。あたしたち、来年は中学生なんだから遊ぶことばかり考えてちゃダメよ」

クミちゃんはいつも口で言うことは立派です。


「クミちゃん。それ、パインの皮をおでこにつけて言うセリフじゃないよ」

どうしてそんなところにくっついたのか私には全くわからないんですけど、クミちゃんのおでこにはパイナップルの茶色い皮がくっついていました。これはクミちゃんの得意技で、食べているものがあらぬところにワープするです。

去年はショートケーキを食べていたときに、クミちゃんがイチゴを落としてなくして泣きべそをかいていました。後で布団に入って遊んでいたら、パジャマの胸ポケットから出てきたという奇跡がありました。

(そのイチゴは捨ててくると言ってましたが、外に出て帰った後、口がモゴモゴしてたのを私は見逃していません)


「クミコはいつまで経ってもガキだな」

ショウちゃんが五つも上のお姉ちゃんに向かって生意気な口をききます。いつものこの姉弟のやりとりです。

クミちゃんが顔を真っ赤にしてパインの皮を捨て「こら、ショウ!」と叫ぶと、ショウちゃんは飛ぶように逃げていきました。追い駆けっこで弟にかなわないクミちゃんは、ホッペタを膨らますことしかできません。

クミちゃんは可愛い過ぎるのです。将来は結婚したいとおもいます。イトコ同士の結婚は確か法律で禁止されてなかったはずです。



そうこうしているうちに、お祖母ちゃんが顔を覗かせました。背後にショウちゃんが隠れています。生意気なくせに優しいお祖母ちゃんにいつもベッタリなのです。お祖母ちゃんにわからないよう、ショウちゃんはクミちゃんにアッカンベーをしました。クミちゃんは口パクで(甘えっ子!)とやり返します。優しいお祖母ちゃんは滅多なことでは怒りませんが、だからこそお祖母ちゃんを困らせるようなことを避けているのです。でも喧嘩はやめられないのです。つくづく見ていて飽きない姉弟だなあと、改めてクスリと笑ってしまいました。

「やっちゃん、来たか~。綺麗になったな~」

お祖母ちゃんに撫でられて、私は上機嫌でした。

お祖母ちゃんはとても面白い人です。お墓参りをするときはジューシーという炊き込み御飯をお供えするのですけど、お墓にしばらくだけお供えをした後に自分でパクパク食べてしまうのです。

去年はそれでお腹を壊して半日ほど寝込む始末です。うちのお母さんの方が迷信深いので「うかあさんったら、うとぅさんのバチが当たったんだ」と言われてしまう有り様でした。


やっぱり島はいいなあと思いました。

私には密かな夢があります。大人になったら、島に越してこの家を継ぐクミちゃんのお手伝いをして過ごすのです。眼下に広がるパイナップル畑で働くのです。そのために農業大学に入って勉強するつもりでいます。そうすれば、お祖母ちゃんとクミちゃんとずっと一緒にいられます。

お父さんやお母さんには反対されそうなのでまだ話していませんが、そのためにちゃんと勉強していれば反対もできないはずです。


「……そういえば、お祖母ちゃん。ショウちゃんは今年からお墓参りに行けるのね」

私はショウちゃんの言っていたことを思い出しました。暴れん坊のショウちゃんがどんな事件を巻き起こすか、私はいまから想像するだけで噴き出してしまいそうです。

「ショウヘイは、ダメだあ。まだ七つになってねー。来年からだあ」

お祖母ちゃんの答えは、意外なものでした。そういえばショウちゃんは早生まれなので、まだ七歳の誕生日を迎えていないことになります。私はクミちゃんと一緒に五年前の夏休みにお墓参りをした覚えだけあって、そこまで厳密な決まりのことまでは知りませんでした。

「あれ?でも……」

私はそこまで言って、口を(つぐ)みました。クミちゃんの目配せに気付いたので、無理矢理話題を変えました。

「……まあいいや。お父さんお母さん、今日はクミちゃんと寝るから」

私は夜にクミちゃんと密談することを、暗に提案しました。

「うん、そうしよう」

クミちゃんは快く承知しました。何も言わなくても、私の意図したことをしっかり理解してくれています。やっぱりこの子をお嫁さんにしようと改めて思いました。


「この子ったら、まだまだ子供ね。はしゃぎすぎて夜更かししたらダメだからね」

何も知らないお母さんは、ただの子供の我が儘くらいにしか考えなかったようでした。

でも、私は気付いたのです。私がショウちゃんに言った「みんなでお墓参り」は、ショウちゃんには違う意味で認識されていたことに。私は大人たちも含めた上で「みんな」と言ったつもりでしたが、ショウちゃんは子供たち「みんな」という意味だと思ったのです。



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