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ニート姉さんと米袋(2)

 先輩と姉さんの最悪の対面があって、それからよく分からないうちに10分という時間が過ぎた。嬉しくない匂い付きの米袋たちは、今はダイニングの奥に押し込まれている。


「勝彦に聞きたいことがあります」

 さっきの風呂上がり直後の姿から、髪を乾かしてパジャマ姿に変わっている姉さんに呼び出された。

「僕も姉さんに聞きたいことがあります」

「そんなことは聞いていません」

 さっきの謎光景について聞くべきか聞くまいか、いつもの姉さんの奇行の一つとしてスルーして良いかどうか決めかねて何も言わずにいたのだけど、姉さんの方から話をふってきたので僕も返す刀で話を切り出した。

「さっきの人は誰ですか?」

 姉さんは僕の質問を遮って尋ねた。

「僕の質問に答えてくれたら答えますよ」

「いや私の質問に答えてもらってからよ」

 話は冒頭から平行線だった。僕は単に姉さんの質問に、彼女がただの職場の先輩であることを答えればいいだけだ。でも、どうもそのまま答えるには悔しい気がして僕は何も言わなかった。

「花札で勝負します?」

「よかろう」

 負けた方が勝った方の質問に答える、という条件で花札勝負が始まった。

「ほれ、こいこい」

 喧嘩ともいえない喧嘩に、花札で決着を付けるというとても地味なことが繰り広げられている。初戦は姉さんが優勢だったが、僕も途中から巻き返しにかかり五分五分の勝負が続いた。

「で、あの人は誰なの」

「あっずるいです。それは勝ってからの質問でしょう」

「もしかして、勝彦のいい人?」

 姉さんは構わず尋ねてきた。そのとき姉さんは笑顔ではなく、見方によっては寂しそうな表情をしていた。

「だとしたら、どうします?」

「だとしたら…何だか無性に腹が立つから、花札でけちょんけちょんに負かすかな」

 姉さんは役を完成させた。「こいこいだ。」

「そりゃどうも」

 僕は札をとったが、あまり良い札ではなかった。

 そして姉さんはそこから怒濤の攻めを行い、膠着していた勝負は一気に姉さんの勝利へと移っていった。あれよあれよという間に点差が開いていった。

「姉さん、怒ってます?」

「ナンノコトカナ?」

 姉さんは膨れていた。僕が試すようなことを言ったのがまずかったのかもしれない。

 もはや点差は巻き返しができないほどに開いていた。完全に姉さんの圧勝だ。

「分かりました。もう降参です」

「よろしい」

 姉さんは膨れたまま札を置いた。


「じゃあルールですから答えますね。あの人は…」

「ちょっと待った」

 姉さんはこちらを見据えて言った。「質問を変えます」

「えっ?」

「答えるべき質問までは条件で決めなかったでしょ。だから質問を変えます」

「別にいいですけど…」

 姉さんは一呼吸置いてから言った。

「勝彦は、私のこと好きなの?」

「へ?」

 僕はたぶんその時、目が点になっていたんだと思う。姉さんはもう一度言った。

「答えて。私のことを好きかと聞いている」

 それはどのような意図で言ったのか分からない。でもその質問に僕の答えは決まっていた。どのような意味であれ、僕が姉さんのことを嫌いなわけがないのだ。かつて避けていた時期があったとしても、物心ついたときから一緒にいてそばで見てきた姉さんについて、僕は自信を持って言える。小っ恥ずかしい言い方かもしれないが、他の答えなど見つからなかった。

「好きですよ?」

 姉さんは表情を変えなかった。パジャマを着てラグの上でぺたんと座っている姉さんはしばらく静止していた。会話が消えて静まった部屋には壁掛け時計が秒針を刻む音だけが聞こえ、何度かのその音がしてから姉さんは膝をついて立ち上がった。そして「ぬ…」と声を漏らしながらこちらに近づいてきた。

「ぬ?」

「ぬぁぁぁァァァ…アホ――――ッッ!!」

 繰り出された姉さんの右ストレートは床に座っていた僕の腹部を適確にとらえ、僕は不思議な空間で悶絶することになった。衝撃の瞬間、床に揃えられた花札たちは散らばり、あるものはひっくり返り、あるものは舞い上がった。

 理不尽な暴力に腹を押さえてうずくまる僕。

 それを尻目に姉さんは立ち上がり、寝室へと消えていった。勢いよく閉められたドアの向こうで、ぼふり、とベッドに慌ててもぐりこむような音が少しだけ聞こえた。

 その日はそれっきりだった。


 翌日の朝、姉さんは起きてこなかったが、夜に仕事から戻るといつも通りの機嫌に戻っていた。

 これまで照れ隠しで姉さんに軽く頭を叩かれたり、機嫌を損ねて尻を軽く蹴られたりすることはあった。でもここまで直接的に理不尽な暴力が出たのは珍しかった。僕は『たまたま虫の居所が悪かったのだろう』と結論づけて、その日の出来事はうやむやにすることにした。

 ちなみに、米袋を運んできたのが職場の先輩だったという事実は、できるだけ姉さんを刺激しないよう遠回しに伝えておいた。


 それから、職場ではその先輩が僕と顔を合わせるたびに微妙な表情をして避けるようになったのだけど、なんかもう何を誤解しているのかよく分からないし、正直に姉のニートっぷりや奇行について話してもまたややこしくなりそうなのでそのままにしている。

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