ニート姉さんとキャラメルマキアート(5)
知ってたんですか。
「知ってたよ」
いつから。
「入院するもっと前。この分だとあまり長くないだろうなあって」
そうですか。
「あと、酒が悪いんだろうなあってことも」
そこまで知ってたら、なんで。
「ほかにやり方を知らなかったんだよ」
どういうことです。
「私は、寂しがり屋なんだ」
知ってますよ。
「それで、勝彦にどう接していいか分からなかった」
もしかして、昔の話ですか。
「そう。勝彦が私に反抗していた昔の話。私ははじめから、一人で生きていく自信がなかった」
僕にはできる姉さんにしか見えませんでしたけど。
「取り繕うことだけは上手かったんだよ。心の中ではいつも寂しくて、埋め合わせをするものを探していた。高校や大学で素晴らしい友達にも出会ったし、部活なんかも一生懸命にやった。アルバイトもした。でも、寂しかったんだ。私は自立できない子供だったんだね」
そう、姉さんは子供ですよ。
「父さんも母さんもいなくなってお前はこれから一人で生きていけと言われたようで、でも、一人で何かする自信がなかった。そうするうちに、頼りにしていたつもりのお前もどんどん離れていった。それで、どうしていいか分からなかったんだ。
一人で生きていこうといろいろなことを試したけど、結局わたしはひとりぼっちになってしまった。
自棄だったんだ。わたしは努力をやめて、ある日から家に籠もることにした。大学に行かず、友達との関係も一切無視して家でじっとしていた。一週間くらいそうしていると心は軽くなった。そのうち酒を覚えた。1ヶ月がたって、私はほんとうに他人から見ても一人きりになってしまった。でも、心の中は何も変わらなくて、いろいろな面倒ごとから解放されてむしろすっきりしていた。
酒は心を埋めてくれる。寂しさを誤魔化し、過去の思い出に浸ることができる。酒は私の薬だった。
その時すでに、こうやって命を縮めるということは決まっていたんだよ。
なぜなら、そうしなければ生きていけなかったから」
「その頃の私はもういつ死んでもいいやと思っていた。狂いたくなるほどの孤独感に襲われて、もう生きていく希望などないと思っていたから。わずかな貯金を取り崩して、それが尽きたときに私は苦しみながら飢え死ぬんだろうなと思ってじっとしていた。夢なのか現実なのか分からない中で壁を眺めて、生きているのか死んでいるのか分からないような状態であの部屋にずっといたんだ。
そこにどういうわけか勝彦が現れた。
当時、私の部屋はゴミ屋敷のように散らかっていた。そんな、ほとんど人が寄りつかないはずのところになぜか勝彦がやってきたんだ。もう数年来会ったことのない私の弟が。
そこで半死半生の私を見つけて、どういうわけか泣きながら『生きててよかった』なんて言うじゃないか。
そのとき私の意識はずいぶんと朦朧としていたんだけど、その言葉を聞いたときにどうにもおかしくてね。私は家族を失って、孤独に絶望して命を捨てたというのに、どういうわけか逃げていったはずの家族が土壇場で戻ってきてその命を拾おうとしていることがね。
なぜ今さら、と思った。そして同時に、なんだかそういう存在が身近に居るということが懐かしく感じられた。それで私は命を捨てるのをやめた。酒の量だけは減らせなかったけど、私はその時まともに生きていこうと思ったんだよ」
いまの姉さんは、全然まっとうに生きているようには見えませんけどね。
「そこはまあ、あれだ、やっぱり私はずぼらだったんだよ。
でもね、私は一度、勝彦に命を拾われたんだ。勝彦がいて、私はこの場所につなぎ止められたんだ。だから、残りがやっぱり長くないとしても、それは別に構わないんだよ。人にあげた命などもう惜しくはないよ」
姉さんが構わなくても、僕が悲しいんですよ。
「すまん。本当にすまんね。
私はこうやって好き勝手することしかできない性格なんだ。お前のために何もできないでいるのはどうにも不甲斐ないんだけど、お前を悲しませることしかできなくて申し訳ないんだけど、やっぱり私は勝手な人間なんだ。
そういう懐きの悪いペットがいると思って、見逃してくれないか」
はは。ペットですか。本当に姉さんはダメ人間ですね。
「ああ。私は本当にダメなんだ。そして我が儘なんだ」
「ちょっと飴を取ってくれないか」
歯磨きはちゃんとしてくださいね。
「我が儘なペットは面倒なことをしないんだ。そうそう、そのパイナップル味のがいい」
これですか。
「ありがとう。それで、そのまま食べさせてくれ」
はずかしいですね。
「照れるな。なんだか無性にそうしてほしいんだよ。我が儘な私のお願い」
しょうがない子供ですね。
「それで、ひとつ大事な頼みがある」
なんでしょう。
「死ぬまでの間、好き勝手に生きたい」
今までと変わりませんね。
「そうかもしれん。でも」
なんです?
「私のやり残したことに、少しだけ付き合ってほしい」




