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ニート姉さんとキャラメルマキアート(3)

閉店の音楽が流れるコーヒーショップで、多恵子さんと僕はしばらく無言のままだった。

「来年の桜を…きっと…」

 多恵子さんはそこまで言って、声が崩れた。

「あの子は見ることができないのね…」

 それから多恵子さんは思っていることが吹き出したかのように静かにすすり泣いていた。店員が訝しむようにこちらを見ていたが気にするようなことではなかった。

 ずいぶん長いことそのままでいた。


 最終的には店員が申し訳なさそうにおずおずと閉店だということを告げにきたので、僕たちは席をたった。

 そのあと、僕は近くの駅まで多恵子さんを送ることになり、自転車を押しながら暗い道路を歩いていた。最近はいつも吹いていた強い春の風は、今日はうそのように止んでいた。暗い田んぼを突っ切るアスファルトの道は歩く僕たち以外に音を立てるものがなく、町を覆うほどに大きな金魚鉢の底にいるかのように時間の流れが止まってみえた。

 多恵子さんの中に降っていた雨はいつの間にかあがっていて、いつも通りにすっかり戻っているように見えた。

「美人薄命とは、まさにこのことね」

 歩きながら多恵子さんは話しはじめた。

「別に皮肉で言っているんじゃないわ。沙絵は見かけだけじゃないから心からそう言えるのよ。昔から本当に、何でもできるような完璧人間だったのよ。羨ましいくらいに」

「姉さんが、ですか」

「そうよ。あなたも多少は知ってるでしょ。花札が強い。投資で負けない」

「それ以外はダメなようにしか見えませんが」

「それは沙絵がどうしようもなく面倒くさがりだからそう見えるのよ。料理作らせてみなさいな。あの子なかなか筋がいいわよ。洗濯も掃除もちゃんとできるし、アルバイトで働いたことだってある。ただ面倒くさくて君に頼っているのよ」

「呆れましたね」

「まあ、やる気になったら何でもできるけど面倒だからやらない、ってのが曲者ね。どうしようもなく面倒くさがりってところ以外は欠点らしい欠点はないわ。何をさせてもそつなくこなせる完璧人間。だから高校でも部活に入ると同時に結果を出せたし…まあ全部続かなかったけど、勉強もできてあの顔でしょ。男女問わずものすごい人気があったわ。高飛車な性格はその頃からで、それに似合った能力があったから「女王様」と呼ばれていつでも話の中心にいたのよ」

「信じられない話です」

「その頃の様子を勝彦君にぜひ見せたかったわ。

 友人として私が一番近いところからその様子を見ていられたのは面白かったのよ。ものすごい人気を持ちつつ、裏の表情としてはものすごい面倒くさがりなんだから。そのギャップがね。『ビルゲイツなんて超えて見せるわ!』とかたまに言うのに、技術書を買い込むだけ買い込んで3日で『面倒くさい』って捨てるし、『ウォーレン・バフェットみたいになる!』ってインターネットで投資シミュレーションに参加して、ものすごく稼いでたのに『飽きた』って言ってそこそこの利益で手じまい始めるし。…昔からあの子は勝ち逃げがうまかった。

 その“表面的にはすごい人”というイメージが私には羨ましくてね。ずっと嫉妬していたの。その後に沙絵が引きこもるようになったと聞いたときも嫉妬した。何より腹が立った。なんであれだけうまく立ち回れる能力を持っていながら、それをゴミ箱に捨てるようなことをするのかってね」

 多恵子さんはそこで一旦話を打ち切った。僕は何も言わずにいたのだけど、多恵子さんも何も言わず、またしばらく無言の時間が続いた。

「勝彦君にお願いがあるのよ」

 少し風が出てきた。

「沙絵とできるだけ一緒にいてほしい。私があえて言うようなことではないと思うけど、残りの短い間、沙絵を寂しがらせることをしないでいて欲しいのよ」

「ええ。もちろんです」

「…あなたはまだ分かっていないようだけど、沙絵にとってあなたは本当に重要な存在なのよ。頭がおかしくなるくらいにね」

 僕はその意味の含むところを図りかねて、生返事をするくらいしかできなかった。

「今までもやもやしていたけれど、これではっきりと言うことができたわ。勝彦君、頼んだわよ。密着するくらい一緒にいなさい。それでたくさん会話をしなさい」

 言うまでもないようなことを、多恵子さんはあえて言っている。僕はどう反応してよいのか分からず、でもあまり問い返すようなことはせずにいた。


 やがて駅に着いたので、多恵子さんとは別れることになった。

「今日は時間取ってもらってごめんなさい。沙絵には本当に悪いことをしたわ。じゃあね。おやすみなさい」

「いえ、おやすみなさい」

 多恵子さんは駅に向かって歩いて行ったが、しばらくして立ち止まり、何か言った。

「全部あなたが悪いのよ」

「えっ」

 たしかにそう聞こえたが、それが聞き違いなのか、腹立ち紛れに言ったのか何なのかはよく分からないが、多恵子さんはそれだけ言って、歩いていってしまった。

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